【少女が行く・深夜蜜月編】
時間軸で言うと六十五話の直前です。
もっと詳しく言うと、七十六話後半の主人公と【白竜】が、部屋から出ていった直後です。
【赤竜】と犬の【亜人】が眠っている中、二人きりで何があったのか。
果たして、主人公と【白竜】の少女との関係は…?
殺してやりたい。
心の底からそういった感情を抱いたのは初めてだった。
初めは目を疑った。
あり得ない、あり得てはいけないはずだ。
次にはこう思った。
殺してやりたいと、純粋に。
―――
目の前で眠ろうとしている、自分と瓜二つの少女を殺してやりたい。
思い付く限りのありとあらゆる無惨な拷問で、悲惨に凄惨に残酷に殺し尽くしてやりたい。
すぐに殺してはダメだ。じわじわと骨を溶かすように、じっくりと脂を搾るように、ゆっくりと押し潰すように。
ありとあらゆる痛みとありとあらゆる苦しみを与え抜いた上で、心臓を握り潰してやりたい。
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
けれど、ダメだ。
【家族】だ。
彼女は【家族】だ。
【家族】だから、殺してはいけない。
殺すな、殺すな、殺すな、殺すな、殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな。
「お姉ちゃん…?」
こちらを見ている。
昔の自分とは違う赤い瞳で。変わらない眼で。
「…どうしました。眠れませんか?」
殺すな、殺してはいけない、ダメだ。
「ううん…あのね…」
そっ、と私の手が握られる。
温もりのある、血の通った【家族】の手だ。
パタン、と引っ張られる形でベッドに倒れ込む。
「お姉ちゃん…」
その小さい手が動き、私の手が動かされる。
「リリウム…?」
「…いいよ」
私が覆い被さる形に。
自らの首を私の手で絞めさせる形に。
私の手には、スベスベとした肌、柔らかい肉、細い首の全ての感触が。
目の前には、この世で一番殺してやりたい。
憎んで憎んで憎しみ抜いてもまだ足りない。
そんな昔の自分と瓜二つの少女が。
全てが、整った。
少しずつ力を込めればじわじわと殺してやれる。
「なにをしているんですか?」
殺せ、殺してやれ、殺し尽くせ。
「お姉ちゃんに殺されたいの」
「何を言っているんですか」
ありとあらゆる痛みを、ありとあらゆる苦しみを。
「あなたは、私の大事な【家族】ですよ。そんなことできるわけが」
「嘘だよ」
さわり、と私の頬を撫でる。
「私には分かるよ。だって、お姉ちゃんと一緒だもん。お姉ちゃんと同じだから」
頬からうなじに手を廻され顔が近づく。
互いの距離は、もはや数センチに満たない。
「お姉ちゃんは私を殺したいから、私はお姉ちゃんに殺されたいの。だって―――」
【家族】だから。
【家族】だから殺されたくて、殺されたいから【家族】であって。
歪な関係で、狂った【家族】
「ふふ…」
【家族】だから。
【家族】だからこそ。
「リリウム」
「なぁに?お姉ちゃん」
「私は、あなたの事が大好きです。だって、リリウムは【家族】ですから」
そう囁く。
「私は【家族】がいなければ生きていく事ができません。ルビアもヒナも、セルナもカンナも。誰一人欠けてもダメでしょう。もちろん。リリウム、あなたもです」
無価値である私が、僅かにでも価値を持つことが出来る瞬間が【家族】を守ること。
「だから、何があろうと【家族】を守ります。私の【家族】に手を出そうとするモノは、何が相手であろうと殺します」
ゆっくりと、リリウムの手から力が抜けていきます。
「もしも私が【家族】を手にかけたら、私は死ぬでしょう」
私が崩壊して、この世界の全てを破壊するでしょうね。
「うん…」
リリウムの首を絞めている手を外し、髪を撫で付けます。
「今は眠りましょう。あなたが寝付くまで隣にいますから」
「うん…お休みなさい…」
リリウムが眼を瞑ると、すぐに寝息が聞こえてきました。
…ごめんなさい。
私のために縛られて、私なんかに縛り付けられて。
…本当に、ごめんなさい。
【赤竜】と主人公は間違いなく【家族】です。
【赤竜】が主人公を(肉食的な意味で)食べてしまいたいほど愛している。
なんという家族愛なのでしょう。
【白竜】と主人公はどういった【家族】なのでしょうね。
可愛さ余って憎さ百倍とも言います。
主人公から【白竜】へ向けられる殺意は、憎さ余って可愛さ百万倍とい言った所でしょうが。
ああ、なんという愛情なのでしょう。
主人公が【家族】を愛する心は本物ですし【家族】が主人公を愛する心は(ほんの僅かに方向が違いながらも)間違いなく本物です。
素晴らしいですね。