【彼女が行く・星空観測編】
後書きには登場人物のまとめもあります。
タイトルにある通りですが、七夕に因んだ番外編です。
【彼女が行く・星空観測編】始まりマース!
「…それで、この変な木はなんだ?」
頭にネコ科動物の耳が付いた、一見青年のようにも見える少女…セルナが言った。
「これは笹と言う植物ですよ。裏にたくさん生えていたので採ってきました。」
緑色に青々と生い茂る笹を肩に担ぎながら、眼鏡をかけた黒髪の少女…イーナがサラリと言った。
この少女は小学三年生程度の身長しかなかったが、自称二十歳以上であった。
まあ、初対面の人は大抵そんなこと分かりはしないので低く見られがちだが…
「ふーん…で、なんでこんなん採ってきたんだ?」
「ええ、昨日夜空を見上げたら星が綺麗でしたので、ふと思い出しました。」
イーナが未だ晴れ渡る青空を見上げながら言った。
「今日もきっと、夜まで晴れるでしょうね。いい機会ですから、みんなで星見でもしましょう。用意はしておきますから声をかけておいてください。」
笹を地面に突き刺しながらそう言い残し、イーナは家の中に入っていった。
「星見、ねぇ…」
自分の身長を優に超えているほど大きな笹を見ながら、セルナが言った。
「…星と笹と、なにか関係でもあんのか?」
そう呟きながら首を傾げ、イーナの後を追い家の中に入っていった。
閑話休題
蛍光灯の灯りなど存在しない、自然が跋扈する深い森の中のただ一部。
そこに存在する一軒の家の窓からは、穏やかな灯りが漏れていた。
玄関の扉が開き、そこからはイーナとセルナが何かを抱えて出てきた。
「さ、セルナ。机はそこで組み立てておいてください。中から持ってくるものもありますから。」
そう言ってイーナは再び家の中に入っていった。
「…ねえ、セルナ。あの【人間】なに考えてんの?それにこんな変な木なんて採ってきて…」
緑色の髪が目に優しい女性…メリアが憎たらしげに呟く。
街中ですれ違えば、十人中七人は振り返ってしまうほどの美貌を持っているこの女性は、この世界では最強種と謳われている竜の一角だ。
その擬態を解いてしまえば、天災とすら伝えられ、一つの国を滅亡寸前にまで追い詰めたその姿を現すことになる。
まあ、本人に国を亡ぼすつもりなどほとほとないだろうが…
そもそも、その国を滅亡寸前に追い込んだのも、数百年も以前の話である。
「ん?なんか星を見たいとか言ってたけど。まあ、こんなこと言い出すのも初めてじゃないしな。」
セルナはテキパキと机を組み立てながらそう言った。
「それにしても、こうやって改めて空を見ると…」
セルナの目には星空が映っている。
数百数千の星々が煌めき、大きな丸い月が一際と目立っていた。
「ん…まあ、イーナの言うことも分かるか。」
こうやって星空をじっくり見るのも、意外といいもんだとセルナは思った。
「ちょっと、聞いてんの?」
「ああ、悪いな。ちょっと
その時、扉が静かに開き、髪の白い一人の少女が歩いてきた。
「お兄ちゃん…」
「お、リリウムも来た…って、なんだその服?」
リリウムと呼ばれた、光を発しているような白い髪の少女は、この世界では最強種と呼ばれる竜…その中でも隔絶された力を持つとされる【白竜】の幼体だ。
色々な理由があり、擬態が解けなくなってしまって【人間】の姿のままでいる。
本人はいたって気にしてはいないようだが…
「うん…お姉ちゃんが…作ってくれたの…」
リリウムが着ている服は、生地が薄く開放的で、今までに見たことのない形をしていた。
元々イーナのいた世界でも滅多に見ることの出来なかったその服は、やはりこの世界でも珍しいものだった。
しかし、薄緑色の生地にほんのりと薄く色付いたユリの花が乗ったその浴衣は、どうしようもなくその少女に似合っていた。
「へぇ…よく似合ってんな。それにしてもイーナが…あいつは何でもできるな。」
「その通りですよセルナ。イーナさんに出来ないことなんてありません。」
「いえ、私にだって出来ないことの一つや二つありますよ?」
開いたままだった扉からイーナと、赤い髪で長身の女性…ルビアがゆっくりと歩いてきた。
このルビアも最強種である竜の一角の【赤竜】だ。
【赤竜】の吐く炎の息は地を融かし、空気を焼き、骨すら蒸発させるほどの威力を持っている。
前例に漏れず、この【赤竜】もやろうと思えば一国を壊滅させる程度の力は持っている。
そして擬態をしていても、杖を持てば【魔法】を使う事もできる。
擬態を解いた時の炎の息よりは威力は落ちるが、ルビアはそれを収束させてレーザーのように扱うことも可能だ。
それは【霊力障壁】をも紙のように容易く貫く。
この世界の【人間】の【魔力障壁】など水で濡れたオブラートも同然だが、死力を尽くし、その一瞬の防御にのみ全ての【魔力】を【魔力障壁】に集中すれば、多少減衰することも可能…かもしれない。
…あれ?倒すの無理じゃね?
「で、お前もそれ着てんのか。」
セルナの目線の先には、薄水色の生地に赤い花…サルビアが乗った、リリウムが着ている服と同じ形の服を着ていた。
「ふふん、イーナさんに作ってもらったんですよ。セルナとメリアの分なんてありませんよっ!」
ドヤ顔でそう言ったルビアだが、その憎たらしい顔すらも男性を惹き付ける魅力に溢れていた。
「あ、あの、イーナさんっ!」
閉じかけている扉の影から頭にはイヌ科動物の耳がついた【亜人】の少女が、少しだけ顔を出している。
その顔は赤く染まり、なんと言うか…母性本能を揺り起こされそうな姿をしていた。
「…行かないの?」
その後ろからは【人間】と比べて耳が長い、その【エルフ】は、その幼い姿に反して完成されたような美しさを持っている。
リリウムとは違う、光を反射したような銀髪を持ち、左右で色の違う両眼は【魔力】を物質化させることの出来る【魔眼】と呼ばれている。
「えっ、あ、おっ、押さないで―――きゃあっ!」
後ろから【エルフ】に押され、さすがに焦ってしまったのか、足を縺れさせて転んでしまった。
「…あなたが出ないと、私も出られないの。」
転んだ【亜人】の少女を尻目に【エルフ】の少女はスタスタとセルナの方へ歩いていく。
「うぅ…恥ずかしいです…」
なにやら足をモジモジと動かしながら赤く染まった顔を俯かせ、涙目になった顔を必死に隠していた。
話しは変わるが、そもそも浴衣と言う和服は、着用するときに下着を穿かないのが主流である。
これは湯上りの汗を吸収する事が目的の為だ。
目的通りに作ったため、麻と似たような繊維で作り、お風呂に入った後にイーナが浴衣の着付けをした。
そのため、もちろん…
「な、なんでリリちゃんとルビアさんは平気なんですか!?こ、こんな薄い服で…そ、それに…」
それから先を言おうとすると、ルビアが【亜人】の少女の前に立った。
【亜人】の少女はルビアを見上げた。
「る、ルビアさん…?」
「服が薄い?恥ずかしい?下着を穿いてない?そんなの…イーナさんの前ではご褒美ですっ!」
ルビアがドヤ顔でそう言うと【亜人】の少女の顔の赤みが更に深まり、目の端には涙が溜まっている。
ルビアの後ろにいたリリウムが【亜人】の少女に近づき、手を繋いだ。
「ほら…行こ…?」
「う、うん…」
リリウムに手を引かれ【亜人】の少女がイーナの前に立った。
「お姉ちゃん…」
「ええ、よく似合ってますよ。」
イーナがそう言いながらリリウムの頭を撫でると気持ち良さそうに目を閉じ、イーナに体を預けた。
「そうだ、リリウムも髪が伸びましたから…ほら、これで…」
イーナがリリウムの髪を手際よく後ろで纏めた。
それはポニーテールと呼ばれる髪型だ。
少女らしいその髪型と、色っぽさを強調するような浴衣との相性は抜群で…
「り、リリウムちゃん…!ぐっはぁ!」
「ちょ、メリア!?大丈夫か!?」
今まで静かだったメリアが、盛大に血を吹き出しながら倒れた。
「どうした!?ど、どっかから攻撃でも…!」
慌てふためくセルナに【エルフ】の少女はメリアの顔を覗き込み、冷静に応えた。
「…大丈夫よ。メリアさん…鼻血出しただけだから。」
「…は?」
口元を抑えたその手を剥がすと…
「か、可愛すぎ…」
「おぅ…」
鼻から愛を噴出させたメリアの顔は、今までに見たことが無い程の笑顔だったとさ。
閑話休題
「さて、色々と騒ぎはありましたが…」
イーナがメリアを見つめながら、そう言った。
「私のいた場所では、七夕という日がありました。」
イーナが机に置いた短冊を手に取り、サラサラと何かを書いた。
「その日に、こうやって願い事を吊るして、それが成就するように祈るんですよ。」
【霊力浮遊】を使ってふよふよと浮かび、短冊を笹の天辺に結びつけた。
「それでは、結んだら食事にしましょうか。短冊の用意はしておきましたから、終わった人から食べ始めましょう。」
そう言ってイーナが家に入り、カチャリと扉が閉まった。
「…これだけ?」
「…みたいだな。ま、とっとと書いて飯にしよーぜ。腹減っちまったよ。」
セルナ、メリア、そして【エルフ】の少女はいつも通りの服装で集まり、リリウム、ルビア、そして【亜人】の少女は浴衣を着て、うんうんと唸っている。
「願い事ですか…そんなの決まってます!」
短冊を手に取り、サラサラサラと筆を走らせた。
「ふふふ、これが叶えば…イーナさーん!」
短冊を一瞬で笹に結びつけると、猛スピードで走って扉を開け、家の中に突貫していった。
「ルビア早ぇな…メリア、お前は…」
もう考えたか、と言おうとして隣を見ると…
「なにしてんのよ。もう結んできちゃったわよ?」
「え!?早いなメリア…ってお前もかよ。」
メリアと手を繋いでいる【エルフ】の少女を見ると、願い事を書き終えて笹に吊るしてきたのだろう。
「ほら、セルナも早く書きなさいよ。リリウムちゃん達も書き終えたみたいよ?」
リリウムと【亜人】の方を少女を見ると、短冊を持って笹の方へ向かっている。
「なぜに!?なんでそんなに書くの早いんだよ!」
「セルナが遅いのよ。あたしたちはご飯食べてるから、セルナも早く来なさいよ。ああ、それと…」
メリアがセルナに顔を近づけた。
「あたしの短冊を見たら…分かってるわよね?」
セルナの胸倉を掴みながらイイ笑顔でそう言うと【エルフ】の少女の手を引いて、家の中に入っていった。
閑話休題
「くそ…何も思いつかねえ…」
元来、深くは考えない正確なのだ。
だから、こういった自分のことを書くことが苦手だった。
「てか…願いってなんだよ!誰か叶えてくれんのか!?」
机にグテッと俯せると、目の端には笹が見える。
「…うん、参考にするだけだ。」
椅子から立ち上がり、短冊が吊るしてある笹に近づく。
一番下、自分の胸元程度に結んであったのは、二つ並んだ白い短冊とオレンジ色の短冊だった。
「これは、リリウムとあの子のか…」
その短冊を見てみると…
『お姉ちゃんとずっと一緒にいられますように』
『イーナさんとずっと家族でいられますように』
「はは、あいつら似たようなこと書いてんだな。まるで姉妹見たいだ。」
自分の肩口程度の場所には、赤い短冊が吊るしてあった。
「これは…ルビアのか?」
それがルビアの短冊にだとあたりを付け、何を書いているかを覗き見ると…
『イーナさんと【自主規制】できますように』
「うん…見なきゃよかった…」
ルビアの短冊を見たことを後悔しながら、別の短冊を探した。
リリウムと【亜人】の少女と同じくらいの場所に、虹色に染められた短冊が結ばれていた。
「これ、あいつのか…」
そこには、震えたような掠れたような文字で。
『許されますように』
そう書いてあった。
「…ま、誰に許されたいのかなんて書いてないけどさ。」
セルナは、深く考え込まない質だ。
だからこそ感情のままに動くことができる。
果たして、それが良い結果を齎すのか、悪い結果を齎すのかは分からない。
しかし、それ故に自分の行動を後悔したりはしない。
例え、自分が殺されそうになってもだ。
「…お前は、とっくに許されてるよ。」
最後の…緑色の短冊に手を伸ばそうとすると、突風が吹いた。
周りの木々を揺らしたその突風は、短冊が吊るされている笹を大きくしならせた。
「あ…」
結ばれていたはずの短冊は今は一枚もない。
突風に煽られ、すべて飛んで行ってしまったのだろう。
パサ、と一枚の短冊が落ちてきた。
その短冊の色は、灰色だった。
さっきまで見た、どの短冊の色とも違う。
つまり…
「これ、イーナの短冊か?」
地面に落ちている短冊を拾う。
「あいつの願いって…」
短冊を裏返すと、そこには…
閑話休題
「おう、まだ寝てなかったのか?」
灯りは既に消され、星からの光のみが部屋を照らしていた。
「ええ、なんだか寝付けなくて。そういうセルナもですか?」
眼鏡を外し、ゆったりをした服に着替えたイーナは窓から星空を眺めていた。
「いや、ちょっとお前に聞きたくてな。」
セルナが懐から灰色の短冊を出す。
「それは…」
「ああ、お前のだよ。で、なんで何も書いてないんだ?」
その短冊には何も書かれていなかった。
願いも何も、何もかも、それは白紙で結ばれていた。
「…まったく、人の願いを覗き見るなんて趣味が悪いですね。どうせ、他の短冊も見たのでしょう?」
「う…それは、な。」
図星を突かれ、セルナは言葉に詰まってしまった。
「まあ、いいでしょう。それで、何故白紙だったのか、ですか?」
「ああ、そうだよ。」
イーナは満月を見つめながら、セルナに言った。
表面的には変わらない、しかしセルナにはどうしてか、いつもと違うように感じられた。
「そうですね…ではセルナ、一つだけ聞きます。」
星明りに照らされたイーナの顔には、何も浮かんでいない。
「願いというのは何でしょう?」
「いや、そりゃ…本人が望んでいる事じゃないのか?」
セルナは少し考え、そうイーナに答えた。
「ええ、概ねそれで合っています。そしてもう一つだけ聞きましょう。」
雲に隠れたのか、星明りが途絶える。
イーナの表情は、暗くて見えない。
「願いとはなんでしょう?」
先程と似たような質問をセルナに問った。
しかし、二つの質問は天と地ほども意味が違う。
「いや、だからさ。本人が望んでいる事…だろ?」
「いいえ、最初の質問は願いの意味を、今の質問は願いの本質を。それを聞いています。」
表面的にか、内面的にか、その認識によって意味合いが全く違う。
「いいですか。願いというのは、誰かに頼んで成就させてもらうものではありません。願いとは…自分で叶えてこそ、意味があるんですよ。」
再度光が途切れる。
暗闇は長く続いた。
それがセルナにとっては、どうしようもなく長く思えた。
「私は自分で願いを叶えました。だから…もう願う必要はないんですよ。」
再び星明りが戻った時には、いつものイーナに戻っていた。
「さて、もういいですか?そろそろ眠たくなってきました。」
返事も聞かずに、セルナの横を素通りして自分たちの部屋に戻っていった。
部屋にはセルナだけが残された。
「願いは叶った、か…」
手元に残された、灰色の短冊を見つめる。
「…ま、いいさ。」
星明りが差し込んでいる窓を開け、灰色の短冊を外に放る。
先程から強まっていた風に乗ったのか、あっという間に彼方へと飛んで行った。
「んじゃ、俺の願いは…」
懐から出したブロンドの短冊にサラサラと文字を書き、それを風に乗せた。
灰色の短冊に追従するかのように、その紙も彼方へ飛んで行った。
「さて、俺も寝ますかね。」
彼女の願いは簡単なことだった。
『いつまでも、幸せでいられますように』
イーナ・人間
【家族】大好き、大大大好き、もはや家族愛ではなく、家族狂愛。もちろん互換性はありません。
ラスボスではなく、条件を満たすと現れる、理不尽な強さを持った隠し裏ボス。
ルビア・【赤竜】
イーナさん大好き、イーナさんとのラヴラヴ生活を求め、日々アプローチ中。
正真正銘のラスボス。但し、ただストーリーを進めただけでは到底敵わないような、圧倒的な力を持ったラスボス。圧倒的火力で勇者を撃退するけど、お城も全壊させちゃうドジッ娘。それと変態淑女。
リリウム・【白竜】
お姉ちゃんさえいてくれれば、他には何もいらない。必要ない。極限的に依存中。
四天王の一人の片割れ。但し最弱。しかし、例え掠り傷一つ付けようものなら、イーナがあらゆる手段を以て殺しに来る。癒し系担当。
セルナ・猫の【亜人】
イーナにため口で話せる唯一の生物。そんなに強くないけど、弱いわけでもない。中の上くらい?圧倒的猫力。
四天王の一人。魔王一行の最初で最後の良心。常識人。胃薬が手放せない。
メリア・【緑竜】
セルナに想いを伝えられず、つい強く当たってしまう。ツンデレ。
四天王の一人。魔王に忠誠を誓っているわけではない。もともと魔王に殺されかけたが、最初で最後の良心に命を救われ、恋した。マジ一途。
【亜人】の少女・犬の【亜人】
特に特筆すべきところがない。平凡、凡庸。しかし実直。
四天王の一人の片割れ。魔王の気紛れで命を救われ、以後忠誠を誓う。リリウムとは仲がいい。母性本能を擽る。癒し系担当。
【エルフ】の少女・【エルフ】
強い。四天王の中では上から二番目。但し立場的には下から二番目。
四天王の一人に助けられたが、誤解もあり殺しかけてしまう。魔王にお説教をされ、罪滅ぼしのために魔王一行に加わった。【魔眼】が使える。ついでに参謀も担当。