蝙蝠
三大国が一【マッファイア】
そこは、科学の国と呼ばれている。1000年前に起こった【魔王誕生】からすぐ、人間達が身を寄せたのは偶然にも被害を逃れた未だ文明の遺された小さな街だった。そこに何千万人という人間が集まり、遺された文明をすり減らしながら、しかし知恵を出し合い後世に残すべく保存し続けた。ところがそう長くは続かない。
魔物との戦い、貧富の差、人間同士の小競り合い、差別、すれ違う思想。人間が密に成り過ぎれば必ず起こる崩壊の足音は人間達の想像以上の速度で近付いて来るものだ。いずれ人間達の文明は廃れ、まともな衣服も纏えなくなる。そんな頃、ある科学者が立ち上がった。
山奥に一人籠り研究に没頭し続けた彼は、この世界の異変にすら気付いていなかったという。よもや、文明が中世レベルにまで落ち込んでいるとも知らぬまま、50年という年月を山の中で過ごし、70歳になって漸く知った事実に驚愕したと同時に、感激もした。
彼は魔物という存在を調べた。魔物に抗う為には、まずは魔物を知らなければならない。捕獲した魔物から赤い物体を剥ぎ取り研究し続けまた、10年。
研究者はある事を考える。人間は、未知なるものが目の前に現れた時、その未知をどうにかして利用しようと考えるのは当然の筋書きである。
この赤い物体【ハミダシ】を魔物から引き剥がし、人間に新たに植え付けたなら果たしてどうなるだろうか。
科学者はそれを秘密裏に実験を行った。案の定、ハミダシは人間の身体に取り付き侵食を始めたのである。人間は凶暴化し、自傷も厭わず壁に向かって攻撃行動を取るようになり、拘束し続ければいずれ自ら命を断つ。ならば、ギリギリ理性を保っていられる程度に侵食度を抑える事が出来れば、このハミダシを植え付けられた人間を、兵器として用いる事が出来る。そう考えたのである。
人間の中、より強い個体を選び実験に及んだ。そして、完成した。
【ハミダシ兵器】と呼ばれるものだった。胸に取り付けた機械を介しハミダシを植え付け、侵食を始めたハミダシは人間の脳のリミッターを外しながらも、理性によって敵意の全てを魔物に向ける。だがしかし、大きな欠点が露呈するのは間もない事。
【ハミダシ兵器】は、人間の寿命を著しく縮める。
当然だ。ハミダシを植え付けられた者は、丸1年、激痛と戦い続ける。その痛みが、生物を凶暴化させ、脳を壊し、巨大化させる作用を齎す。実験するまでもなく明らかな事実であった。人間達がその使用を拒んだのはそれだけが理由ではない。
魔物に家族も、友も、故郷も殺された者達が、それを武器にすること、それを植え付けられた者達から救われる事を望まなかったのだ。
【命を燃やす魔の兵器】と呼ばれた兵器は、他の人間達の手によって封印された。
以来、科学者は露頭に迷ったがしかし、同じように露頭に迷う者達にとって彼は希望だった。彼は、次は医師として絶望に昏れる者達の光となった。すると、世界がそれを求めるようにもなった。兵器の事など忘れた者達は、【マジックファイア】という名に、別の意味を感じるようになる。
もう、90近い男の手を、人々は【消える命に火を灯す】と呼んだ。
これが、【マッファイア】の由来となる。彼の元に、ある占い師が現れた。そして彼に伝える。
『王になりなさい』と。
三大国の中、最高齢の初代国王 【マッファイア・ジェイク】の誕生であった。そんな90を越えた男が分けた奇跡の子供が、時代を経て尚、マッファイアを統治している。
マッファイアは、他の三大国と比べ最も栄えている。機械、電力、精密な衣服、製紙技術、1000年前に最も近い、最高峰の知能が集まる国である。
中央に聳える城という概念からは逸脱した高層建築物。そこに【マッファイア一族】は暮らしている。その、序列において最下層に位置する者達の中、過去、ジェイクが作り上げた【ハミダシ兵器】に興味を抱いた少女が居る。少女は発見した。
この建物には地下があり、そこにジェイクが遺した資料が眠っていた。資料の中には、ハミダシ兵器を惜しむ意思が克明に描かれていた。少女は誰にも告げず、薄暗い地下の洞窟の奥地にあるラボに籠り、研究に没頭していた。別段、義侠心が擽られたとか、革命を起こす為の正義感などでは全く無い。
ただ、愛する人を救う為。
「……世界が、【勇者】を選ぶんだってさ」
髪の手入れも何もしないボサボサの髪の毛をただ中央で分けて垂れ流し、地面を擦るほど伸ばしきった少女は、緑色の液体に満たされたカプセルの中に浮かぶ少年に向けて話した。彼の胸には、【ハミダシ】が植え付けられていた。
「まるで僕の研究の成功を予言しているようじゃないか……。ね。僕の【ユウシャ】」
科学者 【マッファイア・ガニュ】
勇者候補 【ユウシャ】




