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メビウス  作者: ののせき
勇者
7/9

希少

 波は穏やかで、月明かりが白銀に照らす海原に、一隻の巨艚が浮かぶ。金属に覆われた頑強な船には船員凡そ300人。その9割は男性で構成される海賊船の夜は、至って静かなものだった。そのほぼ全員が甲板に集まり立台を目の前にしている。

 彼らは、行き場を失った浮浪者。冒険者として仲間を失った者、家族を失い絶望に軋む者。希望を失った者。この船は、そんな者達の元に突如として現れて拾い上げ、希望を与えた。

 火薬の爆発音が響くと同時、立台に金色の吹雪が舞う。現れた赤、青、緑、白、黒の光沢を放つボディースーツを纏う女たちが踊り、アクロバットなダンスで魅せる。立台の中心から迫り上がってくる一人の少女はマイクを手に、瞼を降ろしている。

 ピンク色の髪の毛を二つに束ねた少女は、一息に瞼を開き潤々の瞳が月明かりを跳ね返し、皆に与え、そして歌う。空に向ける月より明るい光が螺旋を描き、彼女のステージを彩った。


「みんなー!!! 今日も来てくれて!! ありがとー!!!」


 響き渡る声に応え、それに負けないくらいの声援を彼女に送る。豊満な胸を揺らし、計算し尽くされた服の丈を靡かせ腹部を露わにし、艷やかに潤う肌が汗で更に綺羅びやかに輝く。彼女はまさに星そのものである。

 誰もが彼女に希望を見出し、明日もまた生きていこう。今日も大変だった。全ての疲れも悩みも吹き飛ばす彼女の歌と踊りに酔いしれて、涙を流す。決まって一時間のステージは、いずれ終わりを告げる。その時彼らはまた僅かな絶望の時間が訪れる。刻々と、刻々と、時間の進みが憎らしい。最後の曲が終わり、皆の心が沈んでゆく。すると、ステージもまたシンと静まり光を失う。通常、此処で彼女の舞台はこれで終わるはずだった。しかしこの日、彼女は俯いたままマイクを手放さない。また彼女のライトが当たった。

「実はさ……」

 皆が想起する最悪の事態。彼女を失えば全てを失う者達ばかりのこの船で、皆が耳を塞ぎたくなった。

「世界が、【勇者】を選ぶんだってさ」

 違ったらしい。彼女はギンッと力強く鋭い目付きで皆を睨んだ。

「私以外誰が居んのぉ!? 私、勇者になりたい!! 魔王を倒したその後の、新しい世界で輝く一番星。それって誰? 私しか居ないじゃん?」

 『そうだ』、と確信しながらも、それを両手を上げて賛美することが出来ない。当然それは、危険な旅路となるからだ。だがファンならば、それは応援するのが道理だ。そのはずだが、沈黙は長い。

「私って誰?」と彼女は問う。彼女が望むならば何処までも付いてゆく気概を抱く熱狂者が彼女に言葉を伝えた。

「勇者です」

「…………」

 だが、また別のファンが声にした。

「アイドルです!!! 貴方は、アイドルです!!!」

 それが正当であるとばかり彼女の綺羅びやかな満月の如き瞳がその一点に向く。

「そー! お前いい奴だね」

 鼻血が吹き出すほどの快感が女ファンを襲いぶっ倒れた。


「そう。私はね? アイドルなの。でも勇者にも成りたいの……。だからさ……。皆が私の武器になってよ。私はアイドル。ファンの皆が居てくれなきゃ何者にも成れない駄目な子。皆に守られて、皆に応援されて、それで初めて私はアイドルで、勇者。道は私が占ってあげる。きっと皆に辛い事をお願いすることもあるかもしれない。でもね? 私の占いは、私に勇者になれって言ってるの。だから皆、お願い」


 『お願い』


 その言葉が脳裏を支配する。そこに居る全員が、両手を上げて大声を響かせる。


 占星術師(スターライト) 勇者候補(ゆうしゃこうほ) 【アイドル】

 (ファン)ネーム 【アイドルメイト】



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