到着
国名【冒険者ギルド Cドライブ E】
そこは【人間の領域】の玄関となる要衝の一つ。それも、本部【冒険者ギルド ASL】から派遣される数多の【冒険者ギルド】の中、最強とされる最大の国である。魔王の領域に程近く、海から数多くの魔物が襲ってくる中にありながら、そこに存在する冒険者達は怯むこと無くそれらを駆逐し治安を護り続ける事が出来る戦力を有している。
それらが護る美しい砂浜に、一隻のボロ船が打ち上がった。
「着いたぁ!」
砂浜に降り立った空は大きく背伸びをした。だがしかし高丸は降りる事が出来ず、船の縁に頭を乗せたまま、あんぐりと開けた口から胃の内容物が流れ出している。
「……勇者……様……助けて……」
痙攣する指が助けを求めて上がっているが、「早く降りてよ」と催促するとパタンと倒れる。だが無理そうだった。死んだようにもうピクリとも動かない。空はもう一度船に飛び乗る。僅かな揺れを感じると、高丸の胃がまたグジュッと音を立てる。
「うっぶっ……」
「おいおいおいおい……。勘弁してよ? ほら行くよ?」
膝の裏に手を入れて、背中を支える。
空は船の床を踏み抜くほどの力で跳んで砂浜に降りた。頭が揺れる。内臓の上下にもう堪える事が出来ずもう砂浜に頭を落としたまま、動けない。
「お前すっげぇ臭いだぞ? 取り敢えず身体洗えよな?」
生温い風が身体を襲う。むしろそれは気持ちが悪くて、衣を締めるが意味が無い。
「こっちは……温暖……なんだな……」
「湿度も高いから、お前この気温だともっと臭い酷くなるからな?」
「じゃあ、服、買ってくれ……」
「なんとかしないとな……。動ける?」
「無理……」
空は高丸の襟を掴んだ。砂浜を引き摺って、向かう先は断崖の麓。そこに、洞窟がある。
「此処は?」
海を前にしながら、背後から水音を聞いた。それは空洞の中で良く響き、ひんやりとした空気を背中に感じる。
「俺が出発前に隠れ家にしてたところ。此処で船を作って、海を渡ったんだ」
「……そうか」
「今日は此処に泊まったら、明日はこの国を出て、いよいよ俺の村に向けて出発しよう」
「はあ!?」
思いの外、大きな声が出る。そんな突き刺すような声に空はぴょんと跳ねて目を丸くする。
「え?」
「いや、無理だって……。いや、せめて、ちょっと、明日一日くらい、ちょっと休ませてくれないか……。動けないよ……」
「いや、お前動いてなくない?」
「日頃からな? 動いてないんだ。だから、無理なんだって……。ちょっと……」
「とは言ってもな……」
人間とは窮地ほど頭が回るものだった。
「あのな。俺が万全で無くてどうする? 今からアレだろ? 君の兄姉に? 認めさせに行くんだろ? 俺が万全じゃなかったら、その道中ですら何も出来ないぞ」
「また言い訳を……」
「言い訳じゃない。そもそも俺はな、常識が無いんだぞ? 今、この時代の常識を何も知らない。買い物だって一人で出来ないんだぞ? むしろ、ちょっと慣れさせてくれないと、何も出来ないって……」
「…………まぁ」
「だろ? だから、取り敢えず、落ち着かせてくれ……。頼むから……」
「ったく。分かったよ。明日、明後日くらいまでは此処に居よう。やっぱり足が必要だな……」
「当たり前だろ。歩いていける距離なのか?」
「俺は走ってきた」
「化物村基準で俺の体力を考えないでくれ」
洞窟内は気温が低く、火照った身体が少しずつ平熱を取り戻して、横になっていれば自然と気分が落ち着く。そして内臓のムカつき、吐き気が納まったのはもう夜が完全に更けてからの事だった。真っ暗闇の洞窟の中、外からの風に誘われて砂浜に入った。
すぐに草鞋の中が砂に覆われて、歩くことも面倒になるから脱ぎ捨てる。波の音を頼りに真っ直ぐ進む。裸足の裏に水を感じて、繊維質の海藻が指に絡まる。それを波が攫った。
「……悪くない」
「最高って言えない?」
空もまた追随してやって来た。顔を傾けて鼻を釣り上げて微笑んでやる。
「そう言ってやっても良いくらいだな」
「生意気言って……。月」
「え?」
「満月だな。今日は」
「……そうか」
大きな月が浮かんでいた。海を銀色に照らしながら、砂浜に散らばる貝の破片が星のように輝いている。
「綺麗なもんだな」
そんな二人が黄昏れる背中を、物陰に隠れていたもう一人の人物が洞窟の奥から見つめていた。
「あの男は……一体……」




