問壱
【くの群】【みの群】【かの群】 【いまなき村】はこの三つの地域に分かれていた。くの群は時代の流れの中で劣悪に扱われ、まともな家も与えられる事は無かった。特に、王位にある【かの家】は穏便であったが、【みの群】からは激しい批難を受けていた。食料は盗まれ、豆すらまともに口にする事も出来ず、火を起こせば水が空から降ってくる。そんな毎日であった。それでも民は、安心して眠る事が出来るだけマシと自分に言い聞かせていた。だからこそ、この村の中で、五体満足で、比較的綺麗な容姿に生まれた高丸という存在は時に、く、み、か、どの村からも邪険にされる存在でもあったという。
そんな暮らしが終わり、よもや火を浴びる事が赦されるとは思わなかった。というよりも、火を浴び、これに身を委ね抜け出せなくなる事が怖かったのだ。まるで、裏切るような気分もあった。
「…………」
だがそれでも快楽には拒めない。顔の表面にパリパリと汗が乾いて鱗のようになってゆく。服の上から感じる熱がしっとりと身体の芯を温めると、もう少し歩けそうな気さえしてきた。民はよく、この周囲で肉や魚、果実などを火で炙り口にしていた。
まだ、太陽の頭が隠れ切らない暮れ泥む夕刻に、空は森に入った。動物を獲って来るという。高丸は『北が吉』と言って、空はそれに応じる。どうやら、動物たちもまた高丸の占いを理解しているのかもしれない。この村の周辺は安全で、鹿やイノシシ、兎の姿が多くあって、木々の枝葉の隙間から差し込む月の光が溜まる小さなスポットに集まっている。
クナイを一本投げる。眉間を貫かれたイノシシは横に倒れ、危険を知った動物たちは突如跳ね跳んで逃げた。
「ただいま」
パチパチと音が鳴る焚き火の奥から空が帰って来る。
「……ああ。イノシシか」
「ああ。結構なサイズだ。二人でも食べ切れないね」
「……大丈夫かな」
「何が」
「肉なんて滅多に食べたこと無いんだが……」
「え?」
「下さねぇかな。もっとヘルシーなの無かったの?」
「………………大丈夫だろ。お前、図太そうだし」
「関係ないしな」
「それより、ちょっと聞いて良い?」
「……まぁ。俺も聞きたい事がある」
「そ? それから聞こう」
空はイノシシの首の断面から皮と肉の間に刃を滑り込ませて下処理の最中に耳を傾ける。
「今の時代、言語はどうなってるんだ。君と話していてまるで支えないのって不自然じゃないか?」
「あぁー……。そっか。そういうのも知らないか」
「外の事は何一つだ」
「魔物と魔王の間に、もう一つ、言語を話す種族が居るんだよ。それが、【魔族】だ」
【魔王誕生】 それは旧日本、小笠原によって起きた世界秩序を一転させる事件だ。人々は残り少ない技術を以て、学者達を携えて現場に向かう。そこに現れた魔王は、人間に赤い物体【ハミダシ】を植え付けた。この最初の犠牲者は、日本人だった。
ハミダシは凡そ1年を掛けて身体の中を侵食し、心臓と癒着し生物のあらゆる自由を奪う。そうなった個体を【侵食度0】と呼び、そうなった者は新たにハミダシを他者に植え付ける能力を獲得するという。だがそうなるのは極めて稀とされた。それは、ハミダシが植え付けられた直後から引き起こされる身を裂かれる激痛は、瞬く間に身体を壊し死に至らしめるからだ。
しかしそれを耐え抜いた人間が居た。それが最初の被害者だった男。
【甲斐 圭介】という物理学者である。
それは海から現れた。皮膚は黒紫に変色し、イルカのように滑らかに変化していた。そして、日本語を話した。
『魔王が為に……』と。
しかし、当時の言語は多岐に渡る。言語を話す魔物の登場により、旧日本の治安維持を行うあらゆる部隊が一丸となり他国に赴き言語を伝えた。いずれそれが浸透し、この世界の言語は『日本語』に統一された歴史がある。
「魔物の上位種が日本語を使っていたから、その内容を知る為に世界が日本語を話すようになった、か」
「ただ、それに抗って独自の言語を使う民族もそれなりに多いよ」
「じゃあ魔族は、一人二人じゃないんだな」
「ああ。それから何体も目撃されてるよ。歴史上、100体以上は」
「勝てるのか?」
「デカい動物よりマシとされてるね」
「要は指揮系統で戦闘向きじゃないってことか」
「そういう事。まぁだから、他国に言っても言語の問題で支障は出ないよ」
「そっちは?」
「ん。あのさ。お前、そんなに強いなら、黒蜜って子と一緒になって反旗翻すみたいな事、出来なかったの? お前なら、なんなら正面堂々、先陣切って殴り込み、みたいなタイプだろ?」
「……そんなことか」
「だって、お前なら絶対出来るし、それをしてたら、俺はもっと早くお前に会えた」
「…………キモチワル」




