資格
【心得 稲光】と呼ばれる占い師が居た。それは確かな実力を有している。目の前でカードを広げれば、現れる魂が全てを見通し突き付けてくる。天気も、進路も病気も恋も、あらゆるものを、ピタリとまではいかずとも、それは確かに心得の一族を導いてきた。彼女は間違いなく本物だ。故に、彼女が【勇者候補】を導く占星術師に選ばれることそのものに不満は一切ない。
彼女は正々堂々、他の占星術師をねじ伏せそこに居るのだから。実際の儀式を見てもそう。彼女の実力は圧倒的で彼女の占いだけは確かに視える。カードゲームをやっていれば召喚した魂、使用した呪詛が視える事などままある事ではあるが、それはまさしく本当にそこに居ると錯覚するレベルのもので、当時の感動を忘れる事が出来ない。いつか彼女に導かれ、魔王を倒しに行くのだと誓った日の事でもある。
それが霞む。
三匹の獣は殺意を以てこの地にこびり付いた呪詛と対峙している。獣の毛並みは針のように硬く、風を纏えば笛のような音を立てる。目が金色に輝きを放ち、遥かに大きな鬼を前に恐れもせず牙を剥き出しにして流れる涎が地面に染み込むところまで、鮮明に、獣の臭いすらも感じ取る事が出来る。
「【流星手裏剣】」
宙へ跳ぶ三匹の獣。尾から放たれる煌めく白銀の刃が空を切りながら大多鬼丸を斬り付ける。出血、叫声、たじろぐ地鳴り。霧となって消えると、周囲を取り巻いていた霧が掃け、暗澹とした雰囲気に包まれた森が目の前に広がる。今まで視えていたものが現実のものでは無いと確証付ける鮮明な景色だった。もうすぐ日が暮れようとしているのか。若干だが太陽が傾き、陽光に淡いオレンジの色味が増している。
「急ごう」
「ああ」
凡そ3mほどの小さな櫓門が細い道を跨いでいる。空はそれを目の当たりにして足が竦んだ。櫓の窓に張り付く【妖怪】が視えるのだ。蜘蛛のように張り付いた人型の何かは長い舌を伸ばして窓の中を覗き込んでいる。
「【天井舐め】だな。瀬戸丸はよく使ってたようだった」
「此処は?」
「此処が、いわゆる儀式場だよ。先祖代々、この奥地にこれに似た櫓を建てて儀式に臨んでいたが、弱くなった王はその地から離れた場所に新たに櫓を建てた。此処はその中でも最も遠い場所だ。そもそもこんなところまで逃げた奴に、負けるはずがないよ」
手を翳す。櫓の最上階に向けると闇を放った。
「【闇星熱穿】」
手のひらの前に現れた黒紫に光る星の輝きが無数の光線となって櫓を襲った。それだけで、瘴気に包まれていた櫓から、気配が消える。
「なんで視えるんだよ……」
「これも言った。自分の占いを信じない奴に、占い師の資格なんて無い。ましてや、占星術師などと名乗れるはずもない」
「なんで、此処に在ると思うんだ? 本当に在るのか? お前のカード」
「……今までの俺が近づけなかった場所。そして今の俺なら分かる場所。もう此処しかない。そして隠したのはきっと、黒蜜だろう」
「…………」
「怖いか?」
「それなりにね」
「餅は餅屋だ。心配すんな。そこまで遠くは無いよ」
一門、二門、三門。目の前に現れる十を越えるの妖怪纏う櫓門を潜る。そして、より強い呪詛を纏う門が現れた。それは、高丸の瘴気によく似ている。何より深い。元の櫓の色すら分からないほどネットリとした油のような瘴気が柱を伝い地面を濡らす。もはや潜る事を考えようも出来ないほどだ。
「入ろう」
「マジぃ?」
「マジだよ。ほら行くぞ」
べちょっと音がした。足の裏が地面から離れず、それでも上げてみれば糸を引きながらベッタリと張り付いている。
「うえぇ……」
「気のせいだ気のせい。そんな事無いよ。君、影響されすぎ」
「んなこと言ったって……」
「俺のオーラってそんなイメージ?」
振り向く彼は自らの瘴気を帯びて、更に深く、怪しく笑う髑髏を纏っているように視える。
「…………うん」
「最高だな」
そこは最上階。畳が敷かれた一室には、座布団が一つあるだけで、その他家具の類は何も無い。瘴気の源は座布団の前。闇に濡れた木箱が沼に溺れているように視える。
「…………アレ?」
「ああ。俺のカードだ」
恍惚としている。もはや夕暮れの空すら見えなくなるほど濃い邪悪な瘴気の中で、高丸は躊躇も無く近付き膝を落として木箱を開いた。
「う゛っ!!」
なんとも言えない異臭。そして形容し難い悪寒に空は飛び退いて壁際に逃げた。高丸は溢れ出すドブのような闇に手を入れる。そして取り上げたのは、髑髏。そう視えたが、カードの束だ。
「久しぶりだな。俺の魂。戻ってこい」
周囲に渦巻く瘴気が高丸という一点に集まってゆく。全てが身体の中に納まった。すると立ち上がった高丸は空の前にまでやって来る。
「改めて訊こう。【心得 空】 君はこの【悪路王 高丸】に、何の用で此処まで来た」
一瞬だった。一瞬、迷った。彼は明らかに、正義とは真逆。邪悪な、人ならざる存在である。だがしかし、先祖はこれに導かれ、安住の地を手に入れた。次は、攻める番だ。
「俺は、【勇者】に成りたい。勇者になって、魔王を倒したい。俺を、導いてくれ。悪路王」
「……悪くない」
勇者候補 【心得 空】
占星術師 【悪路王 高丸】




