呪詛
空気がほんのりと暖かく、新緑の匂いに混じり、熊の腐りかけた血の臭いが漂う庭で、高丸が降りてくるのを待っていた。彼はゆっくりと階段を降りて現れる。半ば嫌々だと顔を歪めているが満更でも無さそうに見える。薄っぺらに歪んだ草鞋を履いて地面の感触を確かめているのは、なんとかどうにかこうにか、『行かない』という理由を探しているようでもあった。
「臭いな」というのが彼の精一杯の時間稼ぎらしい。
「それで、お前のカードは何処にあるんだ」
「……心当たりは一つ」
「何処」
「【いまなき村】」
「だから何処」
「さっき視せた通りだ。俺達は元々、さっきみたいに呪詛を用いて、占いを用いて、この地を魔物の脅威から遠ざけていた。それこそ1000年前から、代々力の強い占い師がこの村の王となって、日々儀式を行う。【いまなき村】はその中枢。魔物に向けて、『此処には何も無い。誰も居ない』 よって、【いまなき村】」
「…………此処が中心じゃないってことか」
「そう。1000年もの呪詛がこびり付いて、ただの村人程度ではもう近づく事すら出来なくなった。俺が生まれた時には既にこの村全体の名にはなっていたが、元々【修羅の国】とそう呼ばれていたそうだ」
「にわかには信じ難いが」
「ついさっきまでの俺なら手も足も出なかっただろう。でも今は違う。さっさと行こう」
背中が大きく視える。萎んでいた魂が、華を咲かせたように輝いている。空は高丸の背後に付けて歩いた。そこは森の中。人が通ることが出来る一本道が森の奥に向かって伸びている。異変はすぐに感じ取った。一歩、また一歩と踏み込むその足が重く、動かなくなる。胸の奥から迫り上がってくる悪寒が身体を震わせて、『近付いてはならない』と空気が伝えているようだった。
「高丸!」
「問題ない。行くぞ」
声が遠く感じると、高丸の背中がみるみる小さくなってゆく。
霧だ。
森の奥から霧が漂ってきた。それは雲のように分厚く濃く、身体に纏えば圧で押し潰されそうなほど重い。そんな霧の中、「高丸!?」 叫んでも霧の中に消えた声が響いて返って来る事は無く、遠くまで届かない。
「なんだ……」
手が視えた。イボだからけの大きく、赤く腫れたような手が横切る。それは、菰の羽織を纏う鬼が現れた。それはついさっき高丸が使ったものと同じ魂。
【妖怪 大多鬼丸】
「あれ……、たぁー…高丸くん……?」
一瞬高丸の仕業を疑う。だがしかし、どう違うと問われると答えは出ず、定かではないが、目が違う。ただなんとなく、弱い目をしていて、覇気が無い。それでも、殺意は根深く怒りに溢れ、攻撃行動を取った。それを防いだのは、透明な青い壁だった。
「【シールド】」
高丸が肩を抱き寄せて、物陰に潜む。
「お前……」
「早く来いよ」
「あれは……」
「言ったろ。此処は数多の呪詛がこびり付き、他の行く手を阻んできた。『この先進む者 命無し』とこれみよがしに馬鹿みたいに呪詛を振り撒いてる。全部、歴代の王の呪詛だ。今のは、金丸の父。戸瀬丸。此処はいまなき村の入口だよ」
「どうする?」
空の問いに対し、高丸は首を傾げてみせる。
「俺は、作戦を立てたり、裏から工作するのが苦手なんだ。力任せに押し通る。俺が出来るのはそれしかない」
「……調子に乗っちゃって」
ポンと抱いていた肩を叩くと、物陰から前に出る。
「考えたことはあるか?」
「?」
「カードゲームをやっていれば誰でも考える。『俺の考えた最強のカード』ってやつ」
「考えた事は無いけど気持ちは分かる」
「そうか。俺は考えて止まないよ。毎日寝る前にはこんなカードがあったら絶対負けないとか、ロマンがあるとか」
「痛い奴だよ。10歳で卒業しな」
「返す言葉も無い。黒蜜にも言われたな……。でも無理だ……。手相を見つめれば出てくるんだよ。新しいカードが出来上がっていく」
「……で?」
「視せてやろう。俺が信じる、俺の魂」
高丸の全身から吹き出す紫色の瘴気が天に向って渦巻いている。三つの渦は闇をかき集め球体を作り出す。それらは瘴気の波に沿って走り、高丸の周囲を駆けた。風に削れ、それはいずれ獣の形を模し、四肢を泳がせ地を疾走る。
【夜に遠吠えを聞けばもう外に出てはいけない。それらは人の臭いに反応し現れるだろう。心も持たぬ夜の風は三匹の獣の姿となって村を襲う。男も武士も女も子供も彼らには関係無い。人間という種に恨みを抱き、喰う為ではなく殺す為、怒りの牙を奮う悪しき魂 その名は】
【妖怪 犬犬犬】
黒い体毛に覆われた獣が三匹。大多鬼丸の前に立ちはだかる。
「まずは先代。お前からだ。掛かってきな」




