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メビウス  作者: ののせき
妖怪
32/51

呪詛

 空気がほんのりと暖かく、新緑の匂いに混じり、熊の腐りかけた血の臭いが漂う庭で、高丸が降りてくるのを待っていた。彼はゆっくりと階段を降りて現れる。半ば嫌々だと顔を歪めているが満更でも無さそうに見える。薄っぺらに歪んだ草鞋を履いて地面の感触を確かめているのは、なんとかどうにかこうにか、『行かない』という理由を探しているようでもあった。

「臭いな」というのが彼の精一杯の時間稼ぎらしい。

「それで、お前のカードは何処にあるんだ」

「……心当たりは一つ」

「何処」


「【いまなき村】」


「だから何処」

「さっき視せた通りだ。俺達は元々、さっきみたいに呪詛を用いて、占いを用いて、この地を魔物の脅威から遠ざけていた。それこそ1000年前から、代々力の強い占い師がこの村の王となって、日々儀式を行う。【いまなき村】はその中枢。魔物に向けて、『此処には何も無い。誰も居ない』 よって、【いまなき村】」

「…………此処が中心じゃないってことか」

「そう。1000年もの呪詛がこびり付いて、ただの村人程度ではもう近づく事すら出来なくなった。俺が生まれた時には既にこの村全体の名にはなっていたが、元々【修羅の国】とそう呼ばれていたそうだ」

「にわかには信じ難いが」

「ついさっきまでの俺なら手も足も出なかっただろう。でも今は違う。さっさと行こう」

 背中が大きく視える。萎んでいた魂が、華を咲かせたように輝いている。空は高丸の背後に付けて歩いた。そこは森の中。人が通ることが出来る一本道が森の奥に向かって伸びている。異変はすぐに感じ取った。一歩、また一歩と踏み込むその足が重く、動かなくなる。胸の奥から迫り上がってくる悪寒が身体を震わせて、『近付いてはならない』と空気が伝えているようだった。

「高丸!」

「問題ない。行くぞ」

 声が遠く感じると、高丸の背中がみるみる小さくなってゆく。


 霧だ。


 森の奥から霧が漂ってきた。それは雲のように分厚く濃く、身体に纏えば圧で押し潰されそうなほど重い。そんな霧の中、「高丸!?」 叫んでも霧の中に消えた声が響いて返って来る事は無く、遠くまで届かない。


「なんだ……」


 手が視えた。イボだからけの大きく、赤く腫れたような手が横切る。それは、菰の羽織を纏う鬼が現れた。それはついさっき高丸が使ったものと同じ魂。


 【妖怪 大多鬼丸】


「あれ……、たぁー…高丸くん……?」

 一瞬高丸の仕業を疑う。だがしかし、どう違うと問われると答えは出ず、定かではないが、目が違う。ただなんとなく、弱い目をしていて、覇気が無い。それでも、殺意は根深く怒りに溢れ、攻撃行動を取った。それを防いだのは、透明な青い壁だった。


「【シールド】」


 高丸が肩を抱き寄せて、物陰に潜む。

「お前……」

「早く来いよ」

「あれは……」


「言ったろ。此処は数多の呪詛がこびり付き、他の行く手を阻んできた。『この先進む者 命無し』とこれみよがしに馬鹿みたいに呪詛を振り撒いてる。全部、歴代の王の呪詛だ。今のは、金丸の父。戸瀬丸(とせまる)。此処はいまなき村の入口だよ」

「どうする?」

 空の問いに対し、高丸は首を傾げてみせる。

「俺は、作戦を立てたり、裏から工作するのが苦手なんだ。力任せに押し通る。俺が出来るのはそれしかない」

「……調子に乗っちゃって」

 ポンと抱いていた肩を叩くと、物陰から前に出る。

「考えたことはあるか?」

「?」

「カードゲームをやっていれば誰でも考える。『俺の考えた最強のカード』ってやつ」

「考えた事は無いけど気持ちは分かる」

「そうか。俺は考えて止まないよ。毎日寝る前にはこんなカードがあったら絶対負けないとか、ロマンがあるとか」

「痛い奴だよ。10歳で卒業しな」

「返す言葉も無い。黒蜜にも言われたな……。でも無理だ……。手相を見つめれば出てくるんだよ。新しいカードが出来上がっていく」

「……で?」


「視せてやろう。俺が信じる、俺の魂」


 高丸の全身から吹き出す紫色の瘴気が天に向って渦巻いている。三つの渦は闇をかき集め球体を作り出す。それらは瘴気の波に沿って走り、高丸の周囲を駆けた。風に削れ、それはいずれ獣の形を模し、四肢を泳がせ地を疾走る。


【夜に遠吠えを聞けばもう外に出てはいけない。それらは人の臭いに反応し現れるだろう。心も持たぬ夜の風は三匹の獣の姿となって村を襲う。男も武士も女も子供も彼らには関係無い。人間という種に恨みを抱き、喰う為ではなく殺す為、怒りの牙を奮う悪しき魂 その名は】


 【妖怪(ようかい) 犬犬犬(つむじかぜ)


 黒い体毛に覆われた獣が三匹。大多鬼丸の前に立ちはだかる。


「まずは先代。お前からだ。掛かってきな」

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