醜悪
彼は極めて傲慢な王子だった。村の全てを統括する占星術師として君臨する王たる父の威光を盾にして、あらゆるものを自分の物として傍若無人に振る舞っている醜悪の王子である。だがしかし、彼もまたこの村を嫌悪していた。
この村は、初代、かつて【悪路王】と呼ばれるカードを愛する占星術師【丸】という男が愛する女三人を連れ込み始まった。そこから生まれた子が更に時代を繋ぎ、この狭い村の中で子供を増やしながら1000年間、外界と断交しこの地を護り続けてきた。
完全な悪習である。
何処を見ても惨めなものだ。腐った瓜のような顔。シミだらけで、イボに侵された無様な民が不細工な顔を伏せて敬意を表す。その敬意の対象もまた、水に顔を映してみれば紛うこと無く同じ顔をしている。お世辞にも、綺麗などとは言えない顔貌を二度と見たくなくて家から鏡を消した。
何故初代はこんな場所に身を寄せて、三人だけで村を始めようなどと思ったのか。甚だ愚かで理解出来ない。祖父母も、親も、妹弟も、皆が皆、同じ顔をしていて、毎日辟易としていた頃にある人物が目に入った。
美しい子供だった。
黒く長い髪の毛は太陽の光を跳ね返し、髪の毛の鱗状まで綺麗に形成されている同い年くらいの子供だった。それはどうやら【くの群】に生まれたらしい。身分が低くとも此処に居る者達は全員、初代の血を引く者達。故、生まれながらに全員がカードを有する。あの少年の後を追い、その実力を目の当たりにしてしまった。間違いなく本物であると、金丸は自らの地位の揺らぎを感じてしまう。その頃から、金丸は【高丸】という少年から目が離せなかった。
整った顔立ちをしていて、シミもイボもない綺麗な肌。それは瞬く間に人気を博した。数多の女達が彼を影から見守るようになり、しかし彼の占いは、それを赦さない。
『ね。くの群の高丸くん』
『かわいいねぇ本当にね』
『占いも、本物』
『分からされちゃった……。私』
『えー……。私も挑占してみよっかな……。まだある? チャンス』
『ないない。無理よ。あれ。あれほら。金丸にしときな』
『ふっ……ふふふ……』
皆が口々にそう言うようになった。それが、憎かった。金丸はその中でもそれなりの美貌を持つ者を家に招くようになった。あの男の道を塞ぐ為だ。アレを繁栄させる訳にはいかない。アレに好意を抱くものを、権力を以て圧し潰すと決めた。が、例えそうでもまるで鏡映しのように似通った顔貌を目の前にすれば、意気が萎む。だから彼は、招き入れた全ての女に仮面を付けさせた。
そんなある日。
彼は見た。
見た瞬間、視界にチカチカと火花が散って、身体全身が燃えるような熱を発し三日寝込むほどだった。
信じられないほど美しい少女が、高丸の手を引いて森に入って行く姿だった。
嫉妬の念すら抱けない美しい男女の姿を目の当たりにした村の民達は、それらの行く末を見守る事に生きる希望を見出していた。この村は、まだ大丈夫だと。
高丸が家に居ると知った時、金丸は必死になって少女の姿を探し回った。村中を駆けずり回って聞き込みし、情報を集めたが、その行方は親すらも完全に掴む事が出来ないという。
そして時は遅く、二人の婚約が赦された。激しく悔いた。その許諾、その権利を群に任せていた事を。
金丸はあらゆる権力を持ち出した。仮に嫉妬だなんだと言われようとも、あの少女【黒蜜】という女を自分の物にしたいと策謀した。まず、高丸からカードを取り上げ牢屋に入れた。森の中に入り、妙な事を企てているという村への反逆を罪としたのだ。
言い訳も、民の弁護も一切聞かなかった。それでも少女は目の前に現れない。ましてや、高丸は安心している様子だった。どうやら黒蜜は影に隠れ、高丸の牢までやって来て彼に食べ物を与え、会話して、元気付けているという。
解放されたのは、父の言葉だった。彼に反逆も何も出来ないと。父がそう言えばもう、解放せざるを得なかった。だがせめてと食い下がり、高丸からカードを取り上げる事にだけは成功する。
それから、二年。10歳になった頃だった。ある事に気付いた。
高丸はまだ占いをやっている。
古紙を盗み、紙に絵を書き、記憶を頼りにカードを作り占いをやっているのだ。
盗み。それはもう牢に閉じ込める理由としては十分だと思えたが、これは、好機だとも思った。
完璧な罪。処刑にすら着手出来る十分な罪。故に、愛する者の為に自らを犠牲にも出来る。
漸く、彼女は自分の前に姿を表した。
『僕はこの黒蜜を、妻に迎える事にした』
最高の愉悦であった。




