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メビウス  作者: ののせき
妖怪
26/51

籠城

 世界は恐怖に溢れている。かつて大きく栄える兆しを見た町があった。そこに数多の冒険者が集まり、魔物と、魔王への反攻を目論む大規模な拠点となるはずだった町だ。だがしかし、隆盛の兆しを皆が感じ始めた頃。隆起した大地の中心から現れた魔物が町を滅ぼしたという。

 民間人も冒険者も何一つ関係はない。巨大な魔物の前には飛んでいる埃も虫もゴミも何も変わりは無い。ただ蹴散らされるだけだ。人々は空にも大地にも、あらゆるところに恐怖を感じながら生きている。だがそんな暮らしの中にも幸せというものはある。

 森の中で火を囲み野生動物の肉を食べる。見知らぬ木の実を発見して丸かじりして糖分と水分を獲得する快感は、何物にも代え難いと冒険者は語る。

 空もまた、そんな奇特者の一人だった。村を出て此処に至るまで。苦しい修行の末に手に入れた自由のようなものを感じていた。


 だから、彼を連れ出したい。彼に知ってほしいとそう思った。その果に、きっと『生きていて良かった』と思える日がやって来る。


 冒険は楽しい。外の暮らしも悪くない。人との関わり、出会い、小さくとも目的を達成してゆく快感。魔物に襲われながらも生き延びまた生を楽しみ、肩を抱き合う瞬間。


 そんな刹那の幸せを感じながら空を眺める一日を彼も感じるべきだ。


『旅は楽しい』


 だから、もっとこの(たたか)いも楽しみ、占いの中で互いを理解し合うべきだと、ついさっきまで確信し、心得たものだ。


が、無理かもしれない。


 現れた【妖怪 悪路王】が放つ圧倒的な気配、それは高丸の魂そのもの。ただ表しているだけではない、高丸の化身である。彼の魂はもうほぼ、死んでいるのと変わらないのである。


 本来ならばすぐにでも飛び退き、刃を振るい逃げ道を開き、森の中に逃げ込むべきだ。ところが、床から尻が離れない。当然の事だ。此処は今、占いの儀式の最中。一度植えられた花が土壌から逃げる事など出来るはずもない。水が無ければ雨を待つか、枯れるか。そのどちらかしか無いのだ。例え真の力が無くとも、カードという武器に対しそれに抗う術はカードだけだ。僅かだ。ほんの僅かに視えた。勝利では無く、耐え忍ぶ為の術。


 攻めではなく、防御である。


「…………」

(青……青青青……)

「青。【根性(こんじょう)】 青にカードセット。もう一度青。【パンプアップ】 もう一度青。【回復役A】 青。【避雷針】 はぁ……はぁ……。よし……。根性とパンプアップ、避雷針の効果で火力は800。そして、これを狙ってた。【シールド】 シールドは青。場面も青。【相乗効果】だ」


 【シールド】 属性【青】 相乗効果【《活着》 相手から受けるダメージを三回防ぐ】


活着(かっちゃく)の特性によって、コイツは青の場面に留まり続け効果を発揮する」


「…………バカバカしい。ただまぁ、受けて立とう」と彼は言う。開かれたカードもまた怪しく光を放ちながら、白い閃光が空を襲う。背後に目を向ける。そこに白装束の骸が刀を納める。


「【白夜辻斬幽霊びゃくやつじぎりゆうれい】 属性は黒。相手に500のダメージを与える。まず、1回」


「チッ!!」

「そして」

「!!!」


 花びらが舞う。縁が銀色に光りを放ち、風に乗ると光速に回転しながら敵を襲った。


「【華舞連投刃(かまいれんとうじん)】 火力100で二回攻撃する。これで、三回目」

「いいや! まだあと三回!! 緑の場面!! 【降り注ぐ光】」


 【活着】という特性は、通常呪詛は使用後すぐに【ロストゾーン】に落ち、二度と使用する事は無いのに対し、これは場面に留まり続ける性質を持つ。これが場面から離れるのは、魂が消滅するか、呪詛そのものが攻撃を受け消滅する時のみだ。そして【活着】の呪詛は効果を発動すると【消耗】し、効果を失う。再び使用するには、この呪詛を回復させる必要がある。

「【降り注ぐ光】は回復カード。これを、シールドに充てる事で呪詛の効果が回復。もう、三回だ」


 ヒュッと、風が頬を裂いた。後方にタンッと音が聞こえる。視線を向けるとそこに銀色の刃が突き刺さっていた。


「【超肺活鋼鉄吹矢ちょうはいかつこうてつふきや】 300のダメージを与える。まず一回。そして緑の場面から【赫炎】を発動。火力が1000上がる。【攻撃】で、二回目」


「……今だ」


 悪路王が天高くに跳んだ。一本の刃を地に向け落下する。そこに、一枚のカードに指を添える。


「【汚名返上スウェッジスローイング】 カウンターだ」


 カウンター、それはこの、攻撃時に火力の全てを消費するという特性上、最も相手への有効手と成り易い効果の一種。ところが、発動直前、カードの背に刃が突き刺さる。

「!?」


「悪路王の能力発動。コイツの能力は【相手の場面を攻撃出来る】」


「…………」

(俺は何をやってるんだろう……)


 これは、ただのカードだ。


 見る人によっては、なんなら、つい数カ月前の空でさえ、これを何の意味も無い紙切れだと思い込んでいた。使う人が使えば相応に魂が宿ったようにそのカードが現実に視え、他者の道を塞ぐ武器となり、人を導く光とも成る。高丸にとってそれは、例え古紙に描いた贋作でも、確固たる武具と成り得ている。


 突然、自分がやっている事がバカバカしく感じてきた。今、この時初めて気付いた事である。そもそも自分は占い師ではない。占いを勉強した訳でも、修行した訳でもない。


 そもそもこれは、儀式になどなっていないのだ。


「なんで、【シールド】を壊さなかった?」

 だからこそ、それが不思議だった。彼はそもそも、こんな遊び染みた勝負に付き合う必要すらもない。空の手を待つ必要も無く、ただカードを広げ、視せつけるだけでいい。それでも彼は、勝負をしている体裁を崩さず対応している。

「…………」

「お前、ホントは知りたいんだろ。心残りなんだろ。そんだけ、なんなら最強だとか言えるくらいの実力がありながら、当たらなくなった理由。ずっと探してるんだろ。その理由を」

「ああ。そうだよ。俺はずっと探していたし、今も尚、何処かにその理由があるんじゃないかと探している。だがもうこれ最後。そしてそれを見つけ出すのは、君じゃない」

「俺が探すさ。一緒に。俺達は争うべきじゃない。お前は俺と一緒に旅に出るべきだ。此処で死ぬべきじゃない」

「君は、そのカードを使いこなせているか? 君が俺を占うなど、千年早い」

「……お前はどうだ」

「あ?」

「【妖怪】だ【悪路王】だと言いながら、さっきから妖怪の姿が視えないな。沢山入ってんだろ? デッキの中にも」

「……ああ。そうだな。本当に……何処に行ったんだか……。俺達占星術師は文字通り、カードを手足と等しく使うよ。だがな。どうもあの日から、心に身体が付いていかない」

「……あの日?」

「フラれた日だ」

「まだ分からない」

「もう分かってる」

「いいや。お前が決めつけているだけだ」

「君に何が分かる」

「理解しようとはしている。後はお前が行動するだけだ。俺が付き添う」

「なら、勝ってみせろ」

「………………」

「もう聞き飽きたよ。君の泣き落としは。好きなだけ立て籠もるといい。壊れるまでやってやろう」

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