活着
「お前、気付いてる?」
勝負の終盤。もはや空の手の中には1枚のカードしか無い。半ば勝負そのものは諦めている。なんだかんだ言っても、彼は付いて来てくれるものだと思っていた部分があって、勝てなくても良い。心の中ではそう思っていた。今更気付く。それと同時にもう一つ。意識が外に向いた。
外。先程まで一匹だった熊の数が明らかに増えている。五頭、十頭、数多の熊の足音が重なり合って正確な数が掴む事が出来ないが、それらは間違いなく人間の臭いを感じ取り、近くまでやって来ている。
「ああ。まぁな」
「逃げないか? とりあえず一緒に」
「もう君との会話は疲れた。君はさっさと行け。何度も言わせるな」
「…………」
「そもそも君には大志が無い。碌な理念も持たず、ただ怖いから魔王を倒したいなどと抜かし、トーナメントを勝ち抜く為に強者を頼る始末。そんなにやりたいなら、自分で、そのカードで出れば良い。自分で自分を証明するくらいのこと、君には出来ないのか? 世の中の人間達が皆怖がっているなら、相応に魔王を憎み、魔王と戦う為にその身を研いだ者達が居るはずだ。君は違う。確かに君には輝くものがある。しかしそれが勇者かと言えば、そうじゃない」
「言いたい事はそれだけ? お前が死ぬ理由は? どんな大志があってその強者の命を捨てるわけ? きっと素晴らしいものなんだろう」
「……ああ。そうだよ」
「聞かせろよ。そんな下らないもの。俺はな。この勝負を捨てる気は一切ない。俺は占った。お前との出会いが、勇者となる最良の選択。最高の相棒になる。きっとこの地の王様じゃあ駄目だっただろう。【槍使いの勇者】」
【槍使いの勇者】 属性【黒】
ヒュラ……
脂のように滑らかで、途切れる事も無い黒いオーラが天に昇る。天井を覆い隠し、部屋中を黒に染め上げると外に居たはずの獣すらも恐怖して逃げてゆく。
「これがこの村を悠久の年月護り続けていた。この地は偶然たまたま安全な土地だった訳じゃない。悪路王が選び、悪路王が護ると決めた土地だ」
「!?」
「これからも護るべきだ。俺の死を以て。この地を俺の魂が呪い続ける。俺の占いだよ」
「なに……?」
「『何人たりとも近寄るべからず』 勇者だろうが、魔王だろうが。この地は俺と、彼女が共に生きるべき場所だ。いつかちゃんと、帰って来ると信じてる」
【高い山の頂。そこには誰をも退ける強大な呪詛に包まれている。一度足を踏み入れてしまえば、その地で死んだ者達の悲痛の叫びが鼓膜を破り、数多の怨念がその足を掬い上げ暗闇の奥地に引き摺り込む。自らを葬った者を護ってしまうという皮肉。敗者を踏み躙るが如く頂に棲む者は、この悪路の先に待ち続けている。自らを葬る事が出来る強者を。自らが葬るに値する武士を。最凶の剣豪。最悪の土地に棲む。その名は】
【妖怪 悪路王】 属性【白】
ボロ雑巾のような着流しを纏う、枯れ果てた髪を一つに結んだ骸の剣士が、静かに歩き、剣を抜いた。
「愚衆の決定により決まった王など知らん。初代の志など知らん。だが、俺が最もこの地を愛し、俺が最もこの地を理解し、俺が最も強い。故、俺が悪路王。故、俺はこの地を動かない」




