恋慕
最初は【十一病】と皆が言って恐れた。分厚い雲が雷鎚を落としながら迫り来る。村人は成す術もなく、ただ祈ることしか出来ないままに時が来て、大雨による洪水と土砂災害が幾人かの村人を攫った。
王はじっと、山の方を見つめていた。何かが来ると感じ取っていたのだろう。それは、村を統括する最上位に位置する【占い】の役目を担う者達皆が感じ取っていた事だ。時はやって来た。凄まじい轟音と共に大地が揺れて、目の前の山が動き始めた。土砂が森を飲み込み、一つだった山は二つに分かれた。それにより、村によく風が吹くようになったという。最初はむしろ喜んだ。しかしある日、王が血を吐いたのだ。
病床に伏した王はうわ言に妻として迎えた女の名を呼びながら命を落としたという。それから十日に一人、血を吐いて倒れた。病魔は瞬く間に村を呑み込んだ。一人、また一人と命を落とし、少しずつ人は減り、人は建物の中から出て来なくなった。しかしそんな対策では足りなかった。
長い年月を経て人の質というものは劣化し、この村の衛生環境は極めて悪くなっていた。それが無くとも人々は日々病と戦っていた歴史がある。そこに現れた新たな病魔が村を滅ぼすには十分過ぎる力があった。日を増すごとに十日に一人と言わず、一日一人。一日で十人と、病床に伏し僅かな日数で命を落とす。絶えるに僅か、一年間で起こった出来事である。
「お前は、平気だったのか……」
「俺は……もっと前から知っていた……。身体を清潔に保ち、口に布でも当てて過ごせば被害者は減るだろう。そう知っていたよ」
「……占いか?」
「ああ」
「ならなんで……」
「俺の占いなんて、誰が信じる」
「でもその為に、儀式があるんじゃないのか。その為に、戦うんじゃ無いのか」
「ああ。そのはずだな」
「ならなんで!!」
「当たらなくなったんだよ」
「当たらない?」
「年月なんて曖昧だが、そう考えると、5年くらい前か? その頃までは、正直、俺以上の占い師は此処には居ないと俺は過信していたよ。でも、ある日を境に、俺の占いがめっきり当たらなくなった」
「…………なんで」
「君、この家を見て回ったんだろ。何か見つけたか」
「え? まぁ、その、仮面? 着物? くらいかな」
「他に、遺体とか、遺骨とか」
「いや。特に」
「……そうか」
「誰かを探していたのか」
「此処に、居るんじゃないかと思っていた。この家の何処かにな」
「……誰だ」
「許嫁だよ」
「許嫁?」
「……この村での結婚は、全て占いで決まる。俺も物心が付いた時に【タロットカード】を宛てがわれた。村人全員が持っていたよ。俺はそれで一人の少女と結ばれた。でも、あのクソ野郎は、俺から彼女を奪った」
「…………悪路王が?」
「ああ。次期悪路王となる男だ。名前は【悪路王 金丸】 父親の次に、死んだ男だったな。此処は金丸の部屋だ。数多の女を連れ込み遊び呆ける馬鹿王だよ」
「生きている、可能性があるのか」
「……さあ。彼女には伝えた。病魔が襲ってくると。この村は終わる、と。俺達は、それを望んでいたはずだった。そうすればこの村を出て、もっと静かな新しい町で、一緒に暮らせると」
「……なら探しに」「行かないよ。俺は此処に居る。此処で彼女を待つ。彼女は、帰って来るはずなんだ。俺の占いは絶対だ。俺達は、今日、結ばれるはずだった」
「……当たらない」
「それでも、俺は信じてる。自分の占いを信じない者が、占い師になど名乗って良いはずがない。例え当たらなくとも。絶対に」
「お前、名前は」
「俺はもう、この地に没むと決めた身だ。知らなくて良い」
「……お前ほんっと……捻くれてるな……」
「ああ。自負してる」
「……俺は、俺も、占いに導かれて此処に来た。悪路王と出会えると信じて」
「もう死んだよ」
「いいや。生きてる」
「なに?」
「俺が此処に悪路王が居ると、出会えると占ったのは、三日前だ。そして、今俺の目の前にその血を引く者が居る」
「下らない」
「そう思っていても良い。だけど、お前にはまだ生きる理由がある。彼女さんはきっと生きてる。俺と旅に出る理由がある!!!」
「無いな」
「俺と勝負しろ」
「………………」
「お前は俺と共に、勇者を目指す旅に出る。いずれ出会える」
何故、こんな幼い戦士に希望を見出してしまっているのか、不思議でならないが、目の前に居る者から、視線を逸らす事が出来ない。まるで、太陽。生まれて初めて暖かい太陽の光をその身に感じた。だが故に、駄目だと思った。
「駄目だ」
「!」
「彼女は、月のような人だった。美しく、奥ゆかしく。求めれば逃げてゆく。捕え難い人だった。君は俺の希望には成り得ない。君では彼女を見つける事は出来ない」
「ちょっとなに言ってるかわからないな。占い師なら、カードで語れよ」
「……そうだな。受けて立とう。【悪路王 高丸】 この名をこの地に鎮める者の名だ」
「俺は心得。【心得 空】」
二人が、タロットカードを前に掲げた。




