孤独
「飯は食ったか?」
男の前で首を傾げながら汚い髪に覆われた顔を覗き込んでみる。彼はムッと顔を逸らした。
「食べてない。ネズミがやって来て、食べてしまった」
「自己紹介としては分かりにくいな。それとも腹の中で飼ってるのか。どうりで痩せてる訳だ」
平気でぶっ刺してくる人物だったが、不思議と嫌な感じがしないのは相手の言い方なのか、それとも相性か、定かではない。むしろ心地が良いくらいだと男は鼻で笑った。
「……何かあったか?」
「お前の方が詳しいはずだ」
「鍵が掛かってたろ。俺は何も知らないし、話せる事は何も無い」
これには苛立ちを覚えたようだった。一歩、男に歩み寄った戦士は、男の胸を人差し指で突く。
「良いか? 俺は此処に悪路王を探しに来た。今どれだけ世界が混乱してるか分かるか」
「興味無いな」「死ぬ気なら勝手にして良い。ただ、これからの平和の為、人間の為、お前が此処で、悪路王と共に居て、悪路王の魂をほんの少しでも抱いているなら、協力してくれ」
その手を払い除けようと手の甲を押し付けたが、戦士の岩のような手は華奢な手では全く動きもしない。
「俺には関係の無い話だ。この世界が死のうが生きようが星は回っている。秩序が変わるだけだ」
「だから死ねと?」
「そうは言わない。人にはな。だが俺はこの地に没む。それだけの話しで、それは君にもまた関係が無い。だからさっさと帰ってくれ。俺は世界に関係無い。静かに死なせてくれ」
「悪いが出来ない。どうでもいいなら尚の事」「だから、俺は何も知らないと、そう言っているんだ」「なら俺の問いに関し無くて良い。お前の、そうだな。此処での暮らしを教えてくれ」
「知って何になる」
「何かになる」
「………………」
困惑しているようだった。だが彼は背中を見せ、ただ歩いた。その後に続いて歩き、外。暖簾を顔で払い除けると同時に髪の毛が分かれた。顔を覗き込んでみると、やはり想像よりも若いというのが感想だった。
「お前幾つ?」
「…………16」
「あ……あー……」
微妙なところだった。
声はまあまあ太いし、やや高慢そうだが落ち着いていて、顔だけ見れば12、3歳という予想が付く童顔だ。
「年齢で言葉遣いを変える教育、受けてないんだ」
「別になんでも良い。敬語使われるような人生じゃない」
「…………階級とかあったのか?」
「まぁあったな。農民の地位は高く重宝されていた。後は町の保存に関わる者達もな」
「じゃあやっぱりあれは1000年前の……」
「そうらしい。まぁ俺は詳しくないし、ちゃんと見た事も無い」
「此処に住んでるのに?」
「俺の家は下の方だったし、あまり外には出ない」
「地位は?」
「………………」
「下の方だったんだな」
「まぁな」
「お前の家何処?」
「………………」
「飯代だと思えよ」
「食ったのは俺の腹の中で飼ってるネズミだ」
「名前は?」
「ストマック」
「じゃあソイツに代金請求してよ」
「……足りないと言ってるな」
背後から肩を握って振り向かせる。多分そんな感じの事を言うだろうと準備していた懐からもう一つ、餅が出てくる。粒が僅かに残された半殺しの桜餅だった。
「とっておきだ」
懐かしい、というのが最初の感想だった。ほんわりとした花の香りが肺に入ってきて、全身が逃がすまいと緊張する。飲み込んでしまうのが勿体ないくらいなのに、唾液と混ざり合えば簡単に流れていってしまう。
「………………はぁ」という吐く息までもが美味で宛ら春の深呼吸と形容出来る。それが身体の中にあれば、全身が蕩けてしまいそうだった。どうやらこの身体は心底我慢し続けていたらしい。瞳が潤み、身体が熱を取り戻す。するともう、代金を支払わざるを得ない。
「家どこ?」
「…………」
また彼は無言に背を向けた。栄えた民家の間から逸れ、路地を進む。確かにと頷ける明らかに見窄らしい土のかまくらが点在している。
「【くの群】と呼ばれている」
「くの群?」
「大昔、あくぅ……この村を作った男は三人の愛人を引き連れて此処に立て籠もった。そして三人は序列を決めたが、それは長くは続かなかった。【く】はその女の頭文字。他に【かの群】 【みの群】がある。その女達の子孫が、群れて暮らしていたんだ」
「くが、当初は最も位が高かったってことか」
「ああ。だがくの女は高慢で、世代が変わる上で差別されるようになった。その後、【か】が強くなった」
「…………ん?」
「?」
「じゃあ、ちょっと待て? その三人の女全員が、悪路王の子を産んだ? そして? その中で繁栄し続けていた……?」
「…………」
「そしてお前は【くの群】で、差別を受けていた」
「…………」
「お前……置いていかれたのか……?」




