風習
階段の壁に転々と蝋燭が立っている。半分程度まで溶けたまま放置され、乾いて魚の鱗のようにささくれている。やはり、風化の具合からみても2年かそこらまでは此処に人が居た事を示しているのはもう確認するまでもない事実。後は何処に向かったかだ。
まるで、突然人が居なくなったようにも感じ取れるくらい生活感が残されたままの一室の風景。ちゃぶ台が一つ。茶が入ったまま長い時間を経て蒸発して茶渋がこびり付いたままになった湯呑みが乗っている。木の枝を裂いてインクを染み込ませて用いる簡易的なペンが紙の上に転がっているが、何も書かれておらず、ただ色褪せてしまっているだけの淋しい部屋だった。
二階の窓から遠くを見た。空を飛ぶ鳥にはハミダシが植え付けられている。それだけでこの土地がどれだけ危険な場所かは明白。ここは【魔王の領域】 それも、魔王の棲家とされる旧東京から僅か1000kmそこそこしか離れていない本丸である。
「…………」
窓から身を乗り出した。隣の部屋の、もう一つ奥の部屋。出窓がある。中に見える大きなベッドが簾の隙間から見えた。この建物の最奥に位置した場所であり、眉間に皺を寄せて更に奥を見つめたが特に何も見えない。部屋を後にし、廊下の奥に進む。この時に居た部屋と同じ、古い扉が一枚ある。その隣。物は同じだが新しく、そして、壁に杭が刺さりドアノブとを鎖で繋いでいるようだ。
「何がある……?」
槍を振るった。その一閃は意図も容易く金属を断ち切る。同時に、扉と縁の間。それもまた軽く槍を振るうだけ。遮っていた鍵を切り裂く事で開かれる。
単純に
「…………」
(すっげぇ悪趣味)
とそう思った。
イノシシの皮が絨毯として床に敷かれ、獣の骨をロープで結び付けた程度の骨組みに木板が敷かれその上に布団を掛けたベッド。イノシシの頭部を壁に飾り、妙に悪趣味な色合いの壺にはまた、枯れ果てた花が挿さっている。だが間違いなく此処は、この村の頭首の間である事は容易に想像が出来る。
ツヤのある木目に引き出しが取り付けられたそれなりに上等な箪笥がある。開いてみればそこに畳まれているのは綺麗な着物だ。艶やかな赤で染められた彼岸花の着物。金色の装飾が施された豪奢な着物。様々だ。
「奥さん……の物かな……」
ベッドの広さからしてもそう想像が出来る。だが更にその下の引き出しを開くと、驚きのあまり建物を揺るがすほどの声が響いた。
「わあ!!!」
仮面だ。真っ白な顔をした女の面がいくつも重なり合っている。木で造られているが、紐が耳に掛かるようになっている。一枚を手にして顔にはめ込もうとしてみる。その時見たのは、口紅だった。はめ込むと丁度口に当たる部分が赤く染まっている。他を見比べても、どうやら全て同じように口紅が付着している。
「女の人は、付けるルールでもあるのか……」
「なにか見つけたのか?」
「わあ!!!」
何処からか、ミシッと音が聞こえる。それは老朽した建物にはダメージを与えるほどの大声だった。ボロ雑巾を纏う男は顔を歪ませ耳をほじくる。
「くそっ……ッ馬鹿がよ……」
口と態度の悪さが見え隠れする男の人となりは、かなりの予想外だった。だが彼の言う『馬鹿』は、そういう意味ではない。
この大声は、森にまで届き、眠っていた生物の目を覚まさせてしまう。




