風化
長いトンネルを歩き続けて、遠くに見える小さな光を目指した。光が強く、大きくなって、外の風景がより鮮明に見える。太陽の温もりを感じて暗いトンネルの中で冷え切った身体は誘い込まれるように外へ出た。そこに町があった。それは、絵巻に描かれた1000年前のものとそっくりだった。
トンネルと同じ材質で造られた建造物が一本道を挟んで並んでいる。灰色の壁に囲まれた直方体の建物にはいくつも窓が取り付けられ、中の床には木板が敷かれている。家具などは無く、誰かが使っている様子は無いが、壁も、外から玄関に繋がる階段も、罅割れた箇所を補強して保存してあるようだ。
経年劣化に耐えきれなかった建物もいくつかあるようだ。壁の中に埋め込まれた金属が露出し、錆びついて触れるだけで指の平に赤い粉が付着するほど脆くなってしまっている。それでも、この壁に使われる材料も、金属もどれも、この時代に類の無い技術だ。
何よりも凄いと思えたのは、窓枠だった。それは銀色の金属で構成され、未だ健在。顔が映るほどキラキラと輝きながら、他の建物の窓枠は全くと言って良いほどムラが無く、まるで、コピーしたかのように見分けが付かない。指で抓めば簡単に拉げるほど脆く、それはかつての人間の弱さと、人間の多さを意味している。
「…………コピー能力、というよりも、大量生産技術って言えば良いのかな」
この土地では、1000年前まで存在した建物を保存し続けていたようだ。だが妙なのは、その立役者となったであろう人間の姿、気配がまるで無い事だった。
「誰か居ないのか!!」
叫んでみたが、返ってくるのは自分の声のみ。足音、話し声、視線、何一つ鍛え抜いた五感が感じ取る事が出来ない。だがしかし妙な生活感は残されている。そして人が住んでいたであろうこの時代よりも遥かに古い藁と土で構成された建物の玄関に立て掛けられている、使い古して斜めに削れた箒。手入れされた痕跡はあるが雑草に侵食された花壇。そこで取れた花を活けていたのだろう花瓶には枯れ果てた一輪の花だった茶色い茎が悄気ている。人が居た事は確かだ。
「誰も居ないのか!?」
その時、卓越した聴力が確かに捉えた。
ギッ
床を踏んだような音が聞こえた。そしてもう幾度か。ギッ、ギッ、これは確かに人間の足音だった。音のした方向に走る。そこには、過去の遺物。他の建物とは一線を画す豪邸があった。
土の塀に囲まれ、錆びついた金属の塀の奥、飛石の道の奥にある玄関には扉は無く暖簾が垂れている。灰色の壁は罅割れているが頑丈そうで、二階にはバルコニーがある一軒家。間違いなく、この街を象徴する建物だ。その玄関の奥に、人影がある。
「お前! 此処の者か!!」
「…………」
「答えてくれ!!! 悪路王に会いに来た!!」
柵を飛び越え、暖簾を潜る。薄暗い闇の中、継ぎ接ぎだらけの床の上に座り込むボロ雑巾のような着流しを纏う人物が一人、壁に寄り掛かって座っている。
「叫ばなくても聞こえるよ」
今にも死にそうなくらい華奢な人物。乾き切りパサついた髪の毛が全身を覆い隠し、今にも死にそうなほどか細い声を発して、髪の隙間から銀色の瞳で睨む、怪しい男だった。声からして若そうだが、その姿は宛ら老人のようでもある。
「…………アンタは」
「こっちのセリフだ」
灯火のような枯れ果てた薄い声が、風に乗ってギリギリ耳に届いた。




