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映画「おんどり鳴く前に」レビュー ー本作がコメディである理由ー (ネタバレあり)

 最近、新作を読んだり観たりするのが億劫で、加齢によるものだと思いますが、あまり観ていませんでした。そういう中で「おんどりの鳴く前に」という映画は面白く観られました。アマゾンプライムで無料で観られるので、観ていない人にはおすすめです。

 

 ただ正直に言って、全体を通してとりわけ目新しいものがあるとは感じませんでした。後述するある一点を覗くと、よくあるモチーフ、よくある構成で、普通に面白いリアリズムの映画、という感じでした。

 

 こういう風に言うと批判しているように聞こえると思いますが、私はむしろ、「真面目にきちんと撮られた映画なら、目新しいものがなくても十分面白いんだ」と感じました。人間の生活というか、本質の部分はあまり変わらない部分があって、それにクリエイターが率直に向き合って作った作品なら、技巧的に新しくなくても十分、愉しく観られるのだと再確認できました。

 

 ストーリーとしては中年の凡庸な田舎警官が、殺人事件の捜査を通じて精神的に成長していく、といったような物語です。

 

 作品はサスペンス風ですが、実際はリアリズムをベースとする、地味だけど優れた純文学といった感じです。この質感というか、人々の生活の描き方も好みでした。

 

 主人公は警官として、殺人事件に出くわすのですが、その裏では、田舎の小さな村にある醜い権力が蠢いています。捜査の過程で主人公はそれに気づきます。


 また同時に、主人公は田舎で果樹園を持って、人並みに結婚して子供を作ってそろそろ落ち着きたいと思ってもいます。主人公のそうした欲求を、権力者の村長が巧みに突いてきて取引を持ちかけます。村長はこの事件に関わっています。村長は殺人事件を暗黙の内に闇に葬るように強要します。ここで主人公に良心のゆらぎが現れてきます。

 

 この作品の中心はこの中年警官の良心のゆらぎなのですが、これはそれこそ何回描かれたかわからないテーマですが、このテーマが最後まできちんと描かれます。おそらくこの作品を面白いと思えるかどうかは主人公の心のゆらぎに共感できるかどうかで変わるでしょう。

 

 主人公の良心の葛藤は、最後には正義を実行するという方向に傾き、作品のラストでは銃撃戦が展開されます。裏で汚い事をしていた村長やその仲間に、主人公は一人で立ち向かいます。

 

 私はこの映画で唯一といってもいいような、ユニークな描き方がされていたのが、最後の銃撃シーンだと思います。なのでここだけ軽く深掘りします。

 

 ※

 作品の最後には銃撃シーンが展開されます。映画というもののあり方を考えると、それまでは主人公が思い悩んだり、事件の捜査をしたりするパートなので、最後にスカッとするアクションシーンを持ってくるのが王道だろうと思います。

 

 しかし、私が面白く感じたのは、このアクションシーンがわざとかっこわるく撮られている点でした。

 

 主人公は銃で相手の敵陣に一人で突っ込んでいきます。ここは本来ならかっこいいシーンのはずです。良心の揺らぎから、主人公が「善」の方向に傾いて、命を顧みず闘いを挑むシーンだからです。


 しかし、そもそもで言うと、この主人公は貧相で猫背でかっこわるい。これは別に私が中傷しているわけではなく、おそらく監督は意図してキャスティングしていると思われます。

 

 それと主人公が背中に斧の一撃を食らって、背に斧の刃が刺さったままになる場面があるですが、そこで主人公がものすごくかっこわるい、蚊の鳴くような叫び声をあげます。

 

 相手との銃撃戦の最中でも、相手が銃を撃つのが下手で、マシンガンを乱射して一瞬で弾が空になるシーンなんかもありました。ここもわざと間が抜けた感じになっています。

 

 ラストの銃撃シーンはそんな感じで、敵も味方も両方かっこわるいアクションになっているのですが、これは監督の「良心的な悪意」とでもいえばいいでしょうか、そういうものがよく現れていると思います。

 

 何故、これらのシーンがかっこわるく撮られているかと言うと、「君らはかっこいい銃撃戦ばかり映画で観ているし、それをこの映画にも期待しているのかもしれないが、現実の銃撃とはこんなもんだ、これが本当なんだよ」という、そういう監督の意向があると私は踏みました。そういう意味で、ユニークで良いシーンだったと思います。

 

 主人公は悪と戦う事を決意して、闘いを挑み、最後には死んでしまうのですが、とはいえ主人公が正義の方に振り切れるわけですから、ラストシーンは、あまりにもかっこよすぎるシーンになる可能性もあったでしょう。

 

 ですが、この監督は、アクションシーンをかっこわるくする事によって、「かっこいい」という嘘くささを打ち消するのに成功したように思います。このあたりには監督の独特なバランス感覚があるように感じました。

 

 作品を観た後、監督のインタビューを読んでいたら、「この映画はコメディだ」と強調していました。「コメディ」というのは、最後のアクションシーンの事をさしてもいるでしょうし、作品全体の事を言ってもいるのでしょう。

 

 この作品を観た人で、大笑いした人はほとんどいないでしょうし、また笑う人がいたとしたら、それはラストの銃撃シーンのかっこわるい場面くらいだと思います。

 

 私は監督がこの作品をコメディだと言うのは、俯瞰で見ると現実というのは恐ろしく滑稽で笑えるものだという、そういう認識をベースに言っているんだろうと思いました。


 そうしたところから、リアリティを追求すると同時に間抜けで「笑える」銃撃シーンができたのではないかと思います。

 

 もっとも、間の抜けた銃撃シーンを観客が心から笑う事ができないのは、それは現実に生きている我々も画面の中で滑稽なアクションを繰り広げている彼らとあまり変わらない存在だという思考が頭の中でちらつくからではないでしょうか。

 

 監督はそのあたりまで予想した上で本作をあえて「コメディ」と言い切っているように私は感じました。本作はリアリズムをベースにした、地味ながらも優れた良作だったように思います。



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