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手を伸ばして、掴めたものは  作者: えるま


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8/8

エピローグ

「――……ル隊長!!!」


「……ロウェル隊長!!」

 吹雪で微かに聞こえた声は、自分の名前を呼ぶ声だと気づいた。


(……こうも白いと、余計なことを思い出して良くない。)


 ロウェルは、気を引き締める様に首を振り、声の方に顔を向ける。


「……悪いな!!それで、なんだって?」

 吹雪に負けないように、彼は声を張り上げた。


「もう少しで、例の現場に着くので!!頑張ってくださいと!!」


 見れば、案内の為に駐在所から派遣された兵士とロウェルは数メートルしか離れていない。そんな距離でも、声が散り散りにしか聞こえない状況に、ロウェルは自然というものを思い知らされる。


 風の音、防寒具に掛かる自分の息遣い、足音。

 目の前にある筈の自分の体と兵士を結び付けた命綱は、白いモヤで見えない。


「……ったく、一応こっちは療養中だってのに。」

 ロウェルは、一人毒づくと前方の兵士の足跡に重ねる様に、歩みを進めた。




 あの出来事の後、ロウェルは1ヶ月の休職を終え、現場に復帰した。


 兵士をやめても良いんじゃないかと、一瞬頭をよぎったが、彼にはそれができなかった。

 親族に文句を言われて、面倒臭い事になるだろうという事も、もちろんあった。

 だが既に、それをどうにでもできる年齢にはなっている。


(……将来、自分の作った武器を俺に使ってほしい、か。)


 孤児院の子どもとの約束が、心に引っ掛かっている。

 今となっては、まるで幻のような約束が、あれから何年か経った今でも、彼をここに引き留めていた。



「ロウェル隊長、お疲れ様です。ここが現場になります。」

 肩で息をして、汗まみれになった兵士が、ロウェルの方を振り向いた。

 同じく疲労困憊のロウェルも、息を整える。


 周りを見渡せば、そこは雪山の頂上付近のなだらかになっている場所だった。

 標高もそれなりになる為、景色も良い。

 先ほどまで大吹雪だった天気が、今では気持ちが良いほどの青空で、少しだけ腹が立った。


「……お疲れさまと言うより、これから始まるんだよなぁ。」

 頭を掻きながら、ロウェルはぼやく。

「まぁ、そうなんですよね。」

 ハハハ……と兵士が乾いた笑いを漏らした。


 痛いほど冷たい空気を大きく吸って吐く。

 ロウェルは、伏せていた目を開くと、兵士に顔を向けた。

「……じゃあ、さっそく始めるぞ。魔力の気配はあるか?」

 兵士は、分厚い防寒具から方位磁針のような形の魔石具を引っ張り出した。

 目を魔石具に向けるが、針に動きはない。

 兵士は顔を上げる。

「ありません。」とロウェルに報告した。


 ロウェルは、軽く頷くと口元の防寒着を少しだけ下ろす。

 白い息が漏れた。

 手袋を取り、記録用の魔石具を発動させる。


「周辺1キロ以内に魔力の気配なし、これより現場検証を行う。」






「これは……死体か?」

 ロウェルは息を呑んだ。


 周りを見渡した時、溶けた雪の隙間から見える無数の岩肌。

 しかしそれは、近づいてみれば全て魔族の死体だったのだ。


「鳥型、兎型……、っ!……小型の人型もいますね。」

 もれなく炭と化している状態に、兵士は「うわっ……」と小さく声を上げた。


(……少なくとも、俺たちみたいな、武器で戦う兵士の仕業ではないな。)


 相当な高熱だったのだろう。

 手首が丸く、ひしゃげた形になったもの。

 小さい塊を、大きい塊が覆う様になっている形のもの。

 ばらばらに砕け散ったもの。


 ロウェルは、その惨状に敵と言えど悲惨過ぎると、眉を顰める。

(……普通に考えれば、魔族同士の争いってところか。)

 むしろ、そうであって欲しいとすら、彼は思った。


 基本的に個人主義の魔族が、集落を作っていたというのも信じられない話だった。

 だが、死体の数々を見る限り、老若男女問わずいる事から、本当に集落だったのだろう。


「……目撃証言の詳細を教えてくれ。」

 ロウェルは目を細めて、周りを見渡した。

 黒い物体は、広範囲に広がっている。


「はい。1ヶ月ほど前、麓の住民からの証言で、山が燃えていたとのことです。」

「……その頃だと、この辺りの天気は?」

「今日と変わらず。雪も残っていました。爆発音もしたそうで、この季節で余計不自然だったと。その影響か分かりませんが、丁度同じ時期に広範囲の雪崩を観測しています。」

(そのおかげで調査は遅れ、来れた人間が、近くの病院で療養していた俺だけだったと。)

 ロウェルは、薄ら息を吐く。


 しばらく探索を進めると、周りの死体とは明らかに違う、黒い柱のようなものが見えた。

 それなりに距離が離れているにもかかわらず、他の死体とは大きさも、雰囲気も異様だと肌で感じる。


「あれか?」

「はい、魔王だと思われる、魔族の死体です。」



 ザクザクと雪道を踏み鳴らしながら進んでいく。

 高い寒風が吹き抜ける音と、わずかに雪が擦れる音。


 歩き続けて、徐々に上がる体温。

 しかし、防寒着の隙間から当たる寒風が、痛いほど寒い。

 いつしか、聞こえてくる音は自分の心臓の鼓動と、息遣いだけになっていた。


「……移動中、すいません。いいですか?」


 ロウェルの前にいる兵士が、静けさを破る様に話しかけてきた。

「記録は止めてある。……いいぞ、どうした?」


 兵士は安心したように、肩の力を抜いた。

 歩みを進めつつ、息を荒げながらも口を開いた。

「いや、少し、聞いてみたくて。」

「何を?」

 ロウェルは首を傾げた。


「ロウェル隊長は、魔王と対峙したことがあるんですよね?どんな魔族なのかな、と。」

 雪道を進む足音が響く中、ロウェルは苦々しく笑う。

「……さっきから思っていたんだが、その隊長ってのはやめてくれ。」

 嘲笑するように、鼻を鳴らす。

「……俺は自分以外の奴らに、重軽傷負わせちまったからな。隊長なんて立派なもんじゃない。」

「あ……すいません、そういう意味じゃなかったんですが。」

「分かってる。……それで、魔王だな。」


 ロウェルは空を見上げた。

 いったん止んでいた雪が、寒風に流されながら、再び降り始めていた。

 白く染まった吐息が、空に昇る。


「……そうだな。」

 足を雪に取られつつ、慎重に歩みを進めながら、数週間前の事を思い出していく。


「正直、よくわからない奴だった。」

「それはどういう?」

 兵士は頭を僅かに左に向けた。

 歩みを進めながら、興味深そうにロウェルに言葉を促す。


「俺たちの小隊に被害が出たのは、数週間前の魔族だった。普通の個体だったが、なかなか容赦なくてな。あいつら特有の魔力を集める能力を最大限に活かして、誘導されたんだよ。魔力の濃い場所に。」

 それを聞いた兵士は、恐ろしそうに体を震わせた。


 人間の魔術師は、身体で魔力を溜めるのに対し、魔族は周囲の魔力を集める能力があった。

 魔力が薄い環境でなら、勝機はある。


 だが逆に、魔力の濃い場所での戦闘となると、魔術師でもない、ただの人間にとっては、ただの地獄でしかない。


「……よく、生きて帰ってこれましたね。」


「まぁな……。」

 ロウェルは、その後の悲惨な状況を思い出し、深くため息を吐く。


「……それで肝心の魔王だが、あいつはどちらかと言うと俺たちとの争いを避けるような戦い方をしていた。」

「争いを、避ける?」

 兵士は白い息を漏した。


「あぁ、前者は俺たちを完全に叩きに来ていた。魔王はどちらかと言うと牽制だった。」

 ロウェルは自身の顔の傷を、手袋越しになぞった。

「まぁ、至近距離に持ち込んだら、叩きこまれて顔面に怪我をしたが。」


 向こうも、近距離戦に持ち込まれると思っていなかったのか、反射的に手が出たような瞬間の、目を丸くした魔王の顔を思い出し、ロウェルはおもわず笑った。


 反射的に繰り出された攻撃は大したものではなかったが、それでも、巨大な狼型の魔族である魔王の鋭い爪に、左頬部分を思い切り引き裂かれ、痕に残る傷をつけられたのだ。


 ロウェルの話に、兵士は表情を引きつらせた。

「……むしろ、よく近接戦闘に持ち込もうとしましたね……。」

 あまりにも無茶なその戦い方ぶりに、尊敬と呆れが混ざった声を漏らした。


「それにしても、魔王って言うと、人里を襲って蹂躙するとか……、そういうイメージですが、今のロウェルたい……ロウェルさんの話だと、全く逆ですね。」

 雪に足を取られながら、先導する兵士は息を荒げながら言った。

 ロウェルも、思いのほか深い雪に四苦八苦して、額から洩れた汗を腕で拭う。


「魔族の組織構造なんて知らないが、今回の代になってから若干数、人間を襲う数は減ったんだが。……どうやら一枚岩って事ではないらしい。」

「……一枚岩ではない?」

「そうだなぁ……。これは俺の勝手な見解だが、この現場を見た限り、この魔族の集落を襲ったのは人間じゃない。魔族の中で内部分裂して、別の派閥から奇襲を受けた……ってところが落としどころだな。」


 ロウェルは立ち止まり、歩いてきた方向に目を向ける。

 後方から強い風が一瞬吹き抜け、流れていく雪を見送る。

 視界の先の、黒い塊たちは静かに佇んでいた。


(きっと、あの遺体たちは雪に埋もれていくんだろう。誰にも知られずに。)

 それがどこか、あの村の事を彷彿とさせ、ロウェルは物悲しさを感じた。



「――……こちらです。」

 ようやくたどり着いた大型魔族の死体をみたロウェルは、息を呑んだ。


 それは、顔は狼の形で身体が鳥という異様な姿だった。

 遠吠えをしているように、上を見上げている。


 先ほどまで、吹いていた風が止み、静寂が訪れた。

 自然物の一部と化していた、先ほどの死体たちと違い、この死体はどこか空気感が違う。

 それは神聖ささえ感じさせた。


「……なんで、こいつは鉱石みたいになっている?他の死体と大違いだぞ?」

「恐らく死ぬ間際まで、魔法を使っていたのでしょう。多く集めた魔力が死体に貼り付き結晶化……魔石になったのかと。」


 二人は慎重に、その死体に近づく。

 鏡面の様に反射し、黒く輝くそれは遺体というより、芸術品の様だった。


(……綺麗だな。)

 ロウェルは、自然にそう思ってしまった。



 結論から言うと、これは魔王フェンリルではない。

 フェンリルは狼型の魔族だ。

 先程の兵士の説明を当てはめれば、この死体の頭部は、身体部分よりきめ細かい輝きを放っている事から魔力は頭部に、より集まっているのだろう。


(……つまり、本体は身体部分。この死体は鳥型だろうな。)


 ロウェルは、顎に指を当てる。

 しばらく考えていると、この死体の特徴に当てはまる一体の魔族の名前が思い浮かんだ。


(……こいつ、フギンか?)


 小隊の隊長になった時に、共有された情報の一つ。

 今代の魔王の称号を持つ魔族「フェンリル」

 そして、それを補佐する魔族が「フギン」と言う名前の鳥型魔族。

 魔族には珍しい、多彩な魔法を得意とする個体だと聞いた。


 ……それほどの魔族を殺した何かがいる。

 思わず、ロウェルの背筋に冷たいものが走る。


「……確認だ。周辺に魔力の気配はないか?」


 動揺を悟られないように、冷静な態度で、周辺を調査していた兵士に呼びかけた。

 兵士は、魔石具を取り出して確認をすると「ありません。」と短く答えた。


「分かった。引き続き、周りを頼む。」


 ロウェルは、肩の力を抜き、息を吐いた。

 再び死体を見上げる。


(……恐らくだが、魔王を狙ったであろう何かは、取り逃がしたな。)


 死体の周りを見れば、身体のいたるところに大小の裂傷は見られる。

 足や羽の欠損も見られるが、それ以上のものはない。


(……死因は致命的なものではなく、積み重ねられた小さな傷によるものだろう。)

 たくさんの傷を受け、最後にたどり着いた先がここなのだ。


(じゃあ、狼の頭に変形させたのは一体なぜか。)

 ロウェルは死体の真下から、首を上げる。

 天を仰ぐその姿を、じっと見つめた。


(遠吠えをしているような姿。……魔王フェンリルに向けた、最後の合図ってところか?)

 戦いの最中で、変身している余裕はないだろう。

(……やり合った相手を戦闘不能にさせた後、魔王を逃がし、その後に姿を変えたってとこか?)

 自分の思いを残すために、最後の姿を自身の姿にせず、相手を最後まで気にかけていた――。


(もし、そうだとしたら、フギンの仕えていた魔王フェンリルってやつは、一体どんな奴なんだ……?)


 ロウェルは、信じられないものを見るような目で、それをみつめた。

 やがて、その視線には、静かな羨望が滲んでいった。


(……俺も、こんな風に守りたかったな。)


 自分の身を呈しても、あの場所を、隊員たちを守りたかった。

 だが、強い力を持っていた魔族でさえ、これなのだ。


 隊長に言った自分の言葉が、どれほど甘かったのか。

 討伐隊の小隊を率い、隊員たちを守り切れなかったロウェルは思い知った。

 範囲を絞って、確実に守った隊長は一番利口とさえ思う。


「……あんたが正しかったのかもな、隊長。」

 ロウェルは小さくこぼす。


(けど俺は、そこまで利口じゃない。)


(俺が大切なものは、全部守りたい。)

 それでも彼は、青臭い信念を今も抱えている。

 ……それでも、間違いじゃないと信じたい。

(ただ一つだけ、言えることがあるのなら――)



「――……俺たちの、この気持ちは……間違ってなんか、ないんだ。」

 ロウェルは、絞り出すように言った。

 握った拳が、小さく震えた。




「ロウェルさん、この後のご予定は?」

 兵士は明るい調子で、ロウェルに話しかけた。


 現場検証を終えた彼らは、天気が下り坂になる気配を察し、早々に下山をした。

 今は暖をとるため、山の麓にある山小屋で体を休めている。


 予想した通り、山小屋の窓を寒風と雪が叩きつけていた。

 暖炉で体は温まってきたが、隙間風が少し寒い。


「報告は、しっかり魔石具に記録したし、正直慣れない登山で疲れた。向こうには後日、提出する事は伝えたから、今日はお開きだな。」

 固くなった体を伸ばしながら、ロウェルは答える。

 体が小さくポキポキ音を立てる様子に、彼は明日の心配をした。


「実は自分も、今日はもうオフなんですよ。」

 兵士は笑いながら、荷物に手を突っ込む。

 ごそごそ探っている手は、しばらくすると止まった。


「どうせ、外は大吹雪で簡単には帰れませんし……どうですか?」

 そう言いながら、取り出したのは、装飾の無い茶色い瓶と使い捨てのコップ。


「お前なぁ~~。」

 用意の良さに、呆れを通り越して、ロウェルは苦笑いを零した。

「もしかして、うちの隊長みたいにロウェルさんも、こういうの厳しかったりします?」

 兵士は、しまったという顔で、表情を伺うように覗き込む。


 それを否定するように、ロウェルは軽く手を振った。

「いやいや?ご相伴に預かれるなら喜んで?」

 コップを一つ手に取ると、少し傾けて兵士に向ける。


「安心してください。これであなたも共犯です。」

 兵士は笑い、瓶をコップに傾ける。

 中から赤く、少し粘度のある酒が流れていった。


「それで?お前のところの隊長さんはこういうの、厳しいのか?」

 兵士の分も注ぎ終わった後、ロウェルは何の気なしに口を開いた。

「そうですね。結構年なんで、もう交代の時期なんですけど、なんせこんな田舎でしょう?中央の方に要請しても、代わりの人が来てくれなくって。」

 兵士は、暖炉に目を向けながら、困ったように微笑んだ。


「次の隊長が来るまでに、お前らを礼儀正しくさせるぞって張り切っているみたいです。」

 悪い人ではないんですけどね。と兵士は言う。


 そんな話を聞きながら、ロウェルはコップの中身を覗いていた。

 暖炉の揺らめく光が、液体に反射している。



「じゃあ、今日の現場検証、お疲れさまでした。」

 そう言って、兵士は自分のコップを、ロウェルのコップに軽く当てた。

 中の液体は、鈍く揺れる。


(……まさか、そんなこと……ないよな?)

 そう思いながらも、ロウェルはコップに口をつけた。


 味わったことのある、懐かしい爽やかな香りが喉を通っていく。

 疑念が確信に変わった。


「……これは?」

「あぁ、この辺りで獲れる果実で作った酒です!俺が作ったんですけど、どうですか?」

 自信ありげに答える兵士に笑いながら、ロウェルは酒に目を向けた。


(この辺りに、あいつらがいるかもしれない。)


 失われた村の、あのコテージで仲間たちと飲んだ酒と、ほとんど変わらない酒だった。

 せめて弔って、一区切りつけたいと、諦めつつも長年思っていた事が、突然現実味を帯びた。



 暖炉の薪が、ぱちぱちと小さく音を立てる中、ロウェルは徐に口を開く。

「……なぁ、隊長の話だが、中央の方は具体的に後任の名前を挙げていたりするのか?」


 兵士はそれを聞いて、酒を飲む手を止めた。

「いやぁ、多分いろんな後始末で全然そんな……、ロウェルさん?もしかして……。」

 目を丸くして、見つめてくる兵士に、ロウェルは何かを懐かしむように口を緩める。


「まぁ……なんだ。ここで探し物が出来たってとこだな。」

 ロウェルは嚙みしめるように、ゆっくりと酒を飲んだ。


 外の吹雪は止む気配はない。

 今はなにも見えないが、その土の下には春を待つ種が、確かに息づいていた。


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