掴めなかった手
「……どうして、そんなことをしたんですか、隊長。」
目の前にいる人物が、軽々しく実行する事ではない。
何か理由があるのだと、分かってはいる。
それでも、青年の喉からは冷え切った声しか出なかった。
隊長は、特に驚くこともなく、眉を寄せた。
「お前らを、あの村に連れていく前日に手紙が届いた。しっかり住所付きでな。」
伏せていた視線が、ゆっくりと青年に向かう。
「……妻と子供を攫って、危害を加える。それが嫌なら同封している魔石具を荷物に入れて村に向かえ、と。」
そんなことで?なんて青年には言えなかった。
隊長が大切なものは“家族”だと、あのコテージで聞いていた。
愛する人を盾にされたら、自分だってそうするかもしれない。
……本当に?
「――……自分の愛する人間の為に村の奴らを売ったって事かよ、あんたは。」
「……結果的にそういう事になるな。魔石具の逆探知で賊の位置を特定して、中央に救援要請する手筈だった。」
隊長は頭を垂らすと、唇を噛んだ。
「だが、奴らが襲撃するタイミングが、俺の予想より早かった。……完全に俺の不手際だ。本当に、本当にすまなかった。」
膝に置いた手が震えながら結ばれ、頭を深々と下げる。
その姿に、青年は歯を食いしばった。
怒りがないと言えば嘘になる。
一連の事件は目の前の人物が悪いわけではない。
過ぎた事を今更責めても、変わらないこと。――それは、頭の片隅では分かっていた。
「……あんたのそんな姿、見たくなかった。どうして、どうして言ってくれなかったんだよ……。」
感情に任せれば怒鳴りそうな心を、押さえつけた。
絞り出したような震えた声が、わずかな椅子の軋みと共に部屋に響いた。
隊長は、額に手を当てると顔を覆い、かすれた声で答える。
「……この魔石具は場所を特定する機能のほかに、盗聴する機能も仕込まれていた。話なんかしたらバレるだろ。……お前らを巻き込みたくなんかなかった。ただ、それだけだ。」
その理由に、青年の焼けつくような喉の痛みが引いていく。
(本当に、どうにもならなかったのか……?)
強くは責められなかった。
誰が悪いかなんて、分かっている。
だが、納得ができない。
「……隊長、俺は人が死ぬことは良いんだ。事故だろうと、病気だろうと、寿命だろうと人は必ず死ぬんだから。」
押さえつけていた気持ちが堰を切ったように、青年の口から言葉が漏れた。
「ただ、問題なのは死に方なんだ。あいつらは……あんな最後になってほしくなかったんだよ、俺は。」
孤児院の子どもたちや職員、村の人々の姿を思い出して、彼の目から音もなく、涙が溢れていく。
涙をぬぐう事もせず、青年は赤くなった目で、隊長をまっすぐに見つめた。
「家族は、無事だったのか?」
眉を軽く曲げながら、優しい声色で青年は聞く。
それを困惑しながら、隊長は答えた。
「……あぁ、無事だった。」
青年は、一瞬、言葉を探す様に目を伏せた。
「……そりゃあ、良かったな。」
涙を流しながら、どこか諦めたように微笑んだ。
彼は、視線を上げると思い出したかのように、涙を指先で拭っていく。
軽く鼻をすすり、一息置くと、独り言のように話し出した。
「……あんたを見ていたらさ、“好き”に順番をつけて救う順番になるくらいなら、俺は一生一番なんてつけられないと思った。」
拭い損ねた涙が一筋、青年の頬をなぞる。
「一番好きなものの為に他を犠牲にするなんて、俺には出来ない。」
痛々しいほど無理矢理作った笑顔を隊長に向ける。
「……俺、不器用だからさ。だからあんたの事、すげぇと思うよ。結果はどうあれ、自分の愛ってやつを貫いたんだから。……でも」
そう言った彼の笑顔は微かに歪んだ。
喉が張り付いた様に、言葉が出てこなくなった。
口が僅かに開き、口角が下がった。
自分は悲しいんだと、青年は初めて自覚した。
「……でも、村の孤児院の奴らのこと、俺は好きだったんだ。……それだけは覚えててくれ。」
涙を乱暴に拭うと、青年は足を揃えて、椅子から立ち上がった。
指を揃えて、礼儀正しく、深く頭を下げる。
「お世話になりました。」
僅かな寂しさと、深い感謝と、喪失感を胸に、噛みしめながら言う。
目の前の男は顔を上げ、立ち上がり、何かを言おうと口を開く。
けれど言葉は見つからず、呼吸だけが漏れた。
「……待ってくれ、」
青年が振り向くこともなく去っていく姿に、思わず手を伸ばし、声を張り上げる。
「待ってくれ!ロウェル!!!」
その声は、ドアが閉まる音にかき消された。
伸ばされた手は空を掴み、力なく降ろされた。
自分のしたことで、彼の何か、大切なものを諦めさせた事に、何も言えなかった事に後悔の念が押し寄せる。
「ロウェル……、違う、違うんだ……。」
ただ一人残された男は、手を握りしめながら、蹲った。




