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手を伸ばして、掴めたものは  作者: えるま


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7/8

掴めなかった手

「……どうして、そんなことをしたんですか、隊長。」


 目の前にいる人物が、軽々しく実行する事ではない。

 何か理由があるのだと、分かってはいる。

 それでも、青年の喉からは冷え切った声しか出なかった。


 隊長は、特に驚くこともなく、眉を寄せた。

「お前らを、あの村に連れていく前日に手紙が届いた。しっかり住所付きでな。」

 伏せていた視線が、ゆっくりと青年に向かう。

「……妻と子供を攫って、危害を加える。それが嫌なら同封している魔石具を荷物に入れて村に向かえ、と。」


 そんなことで?なんて青年には言えなかった。

 隊長が大切なものは“家族”だと、あのコテージで聞いていた。

 愛する人を盾にされたら、自分だってそうするかもしれない。


 ……本当に?


「――……自分の愛する人間の為に村の奴らを売ったって事かよ、あんたは。」


「……結果的にそういう事になるな。魔石具の逆探知で賊の位置を特定して、中央に救援要請する手筈だった。」

 隊長は頭を垂らすと、唇を噛んだ。

「だが、奴らが襲撃するタイミングが、俺の予想より早かった。……完全に俺の不手際だ。本当に、本当にすまなかった。」

 膝に置いた手が震えながら結ばれ、頭を深々と下げる。


 その姿に、青年は歯を食いしばった。

 怒りがないと言えば嘘になる。

 一連の事件は目の前の人物が悪いわけではない。

 過ぎた事を今更責めても、変わらないこと。――それは、頭の片隅では分かっていた。


「……あんたのそんな姿、見たくなかった。どうして、どうして言ってくれなかったんだよ……。」 


 感情に任せれば怒鳴りそうな心を、押さえつけた。

 絞り出したような震えた声が、わずかな椅子の軋みと共に部屋に響いた。


 隊長は、額に手を当てると顔を覆い、かすれた声で答える。

「……この魔石具は場所を特定する機能のほかに、盗聴する機能も仕込まれていた。話なんかしたらバレるだろ。……お前らを巻き込みたくなんかなかった。ただ、それだけだ。」


 その理由に、青年の焼けつくような喉の痛みが引いていく。

(本当に、どうにもならなかったのか……?)

 強くは責められなかった。

 誰が悪いかなんて、分かっている。

 だが、納得ができない。


「……隊長、俺は人が死ぬことは良いんだ。事故だろうと、病気だろうと、寿命だろうと人は必ず死ぬんだから。」


 押さえつけていた気持ちが堰を切ったように、青年の口から言葉が漏れた。


「ただ、問題なのは死に方なんだ。あいつらは……あんな最後になってほしくなかったんだよ、俺は。」


 孤児院の子どもたちや職員、村の人々の姿を思い出して、彼の目から音もなく、涙が溢れていく。

 涙をぬぐう事もせず、青年は赤くなった目で、隊長をまっすぐに見つめた。


「家族は、無事だったのか?」


 眉を軽く曲げながら、優しい声色で青年は聞く。

 それを困惑しながら、隊長は答えた。


「……あぁ、無事だった。」


 青年は、一瞬、言葉を探す様に目を伏せた。

「……そりゃあ、良かったな。」

 涙を流しながら、どこか諦めたように微笑んだ。


 彼は、視線を上げると思い出したかのように、涙を指先で拭っていく。

 軽く鼻をすすり、一息置くと、独り言のように話し出した。


「……あんたを見ていたらさ、“好き”に順番をつけて救う順番になるくらいなら、俺は一生一番なんてつけられないと思った。」

 拭い損ねた涙が一筋、青年の頬をなぞる。


「一番好きなものの為に他を犠牲にするなんて、俺には出来ない。」

 痛々しいほど無理矢理作った笑顔を隊長に向ける。


「……俺、不器用だからさ。だからあんたの事、すげぇと思うよ。結果はどうあれ、自分の愛ってやつを貫いたんだから。……でも」


 そう言った彼の笑顔は微かに歪んだ。

 喉が張り付いた様に、言葉が出てこなくなった。

 口が僅かに開き、口角が下がった。

 自分は悲しいんだと、青年は初めて自覚した。


「……でも、村の孤児院の奴らのこと、俺は好きだったんだ。……それだけは覚えててくれ。」


 涙を乱暴に拭うと、青年は足を揃えて、椅子から立ち上がった。

 指を揃えて、礼儀正しく、深く頭を下げる。


「お世話になりました。」

 僅かな寂しさと、深い感謝と、喪失感を胸に、噛みしめながら言う。


 目の前の男は顔を上げ、立ち上がり、何かを言おうと口を開く。

 けれど言葉は見つからず、呼吸だけが漏れた。


「……待ってくれ、」


 青年が振り向くこともなく去っていく姿に、思わず手を伸ばし、声を張り上げる。


「待ってくれ!ロウェル!!!」


 その声は、ドアが閉まる音にかき消された。




 伸ばされた手は空を掴み、力なく降ろされた。

 自分のしたことで、彼の何か、大切なものを諦めさせた事に、何も言えなかった事に後悔の念が押し寄せる。


「ロウェル……、違う、違うんだ……。」


 ただ一人残された男は、手を握りしめながら、蹲った。


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