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手を伸ばして、掴めたものは  作者: えるま


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6/8

曇天

 何故、軍としても国としても重要な拠点の一つだったあの村が、襲われたのか。

 襲撃の数日前に、村を訪れた研修参加者の新兵たちも容疑がかけられた。

 事情聴取として訓練の最中、彼らは別室に連れていかれる。


「村で何か、不審な出来事はなかったか?」

 調査員が語尾をきつめに質問をした。


 青年は、顔を下げて目線だけ相手に向ける。

(……そんなこと、俺が一番知りたい。)

 ただ息をしているだけの人形の様に、無表情で、彼は軽く息を吐くと目を伏せた。


 それが、意欲が無いように見えたのか調査員は青年を睨みつける。

 身を乗り出して、眉間にしわを寄せる。

「……そこのお前!なにか反応したらどうだ!」と机を叩いた。


 その音で一気に部屋の空気が重くなった。

 青年は、その音で軽く体を揺らすが、動揺した様子はない。

 肩を上げて静かに深呼吸をすると、どこか冷めた目で調査員を睨むように見つめた。


「お前……っ!!」

 調査員は苛立ちを強め、歯を食いしばる。

 目を細めると、青年を見る視線が、疑うような目つきに変わった。

 机を叩いた手が震え、握りこぶしに変わった瞬間。


「待ってください!」


 兵士の一人が慌てて声を張り上げた。

「こいつが漏らしたなんてありえません!!」

「研修先の孤児院での様子を見ましたが、こいつが一番村の為に働いていました!」

「態度が悪いのは、謝ります!けど証拠もないのに疑うのは止めてください!」

 仲間たちが次々と調査員に反論する。


 それには、青年は胸が熱くなり、息を呑んだ。

 声を上げた仲間たちに視線を送れば、緊張した面持ちで調査員を見つめていた。


 まさか、自分を庇うなんてと青年は一瞬言葉を失うが、彼らの立場を悪くするのは嫌だと口を開いた時だった。


 ――……コン


 一回のノックののち、ドアが開かれる。


「……失礼、ここは件の村襲撃の事情聴取している部屋で間違いないか?」

 良く通る低い声が響く。

 ドアの向こうから現れた人物に、部屋にいる全員の動きが止まった。


「副団長……!!はい、こちらで合っています!」

 部屋にいる全員が起立し、敬礼する。

 副団長は軽く答礼すると、口を開いた。


「事情聴取は終わりだ。」


 そう一言宣言すると、無駄のない歩みを進め、新兵たちに申し訳なさそうな視線を送る。


「君らもすまなかったね、村の扱いが扱いなものだから、連絡が大分遅れてしまった。……既に内通者の身柄確保が完了し、賊の討伐は終了した。だから」

「あのっ!」

 副団長の言葉を青年が遮る。

 緊張で声が震え、息が荒くなる。心臓の鼓動が早くなる。

 拳に自然と力が入った。

「村の、村の住人で……生き残った方は……?」

 藁に縋るような、祈るような、か細い声で青年は尋ねる。


 副団長は、青年に目をやると顔を下げて、首を横に振った。


(やめてくれ……。言わないでくれ……。)

 青年は、胸が締め付けられていく。


「……軽い現場検証で、研究所である地下施設の防衛は成功したらしいが、賊が村に火を放ってね。……凄惨な現場だった。」


 副団長の視線の先の青年は、血の気を失ったように青白い顔になっていた。

 歯がガタガタと震えている。

 その様子に、副団長は目を伏せた。

「力になれず、申し訳ない……。これ以上は伝えない方が良いだろう。君の為にも。」


 力が抜けて立っていられなくなり、隣にいた仲間が反射的に青年の身体を支えた。





 ふぅ、煙草を大きく吸い込み煙を吐いた。

 青年は宿舎のベランダに座り込んでいた。

 空模様は曇り。

 湿った空気の匂いが、雨を予感させる。


 事情聴取から数日すぎた。

 あの後、副団長から一か月休職するように、勧められた。


(……その結果がこれか。)


 その為に勧めた休みではないだろうに。

 青年は、煙の流れる方向に顔を向けた。


 飯もろくに食べていないのに、煙草の減りがいつもの倍になっていると、青年は自嘲的に笑った。


 足元に置かれた灰皿には、大量の吸い殻が捨ててある。


 青年は、部屋にある時計で時刻を確認すると、息を吐き、頭を軽く掻いた。

 そして、持っている煙草を灰皿に擦り付け、力なく立ち上がる。


 軽い上着を羽織り、最低限の身なりを整えた。

 玄関で座り込み、靴紐を結ぶ途中で青年は動きを止めた。


 指が重い。身体が重い。

 ただ、靴紐を結ぶだけの作業にこんなに手間取ってしまう。

 行ってしまえば、確実に何かが変わってしまう。

 行きたくない。

 体も心も、そう訴えているようだった。

 しかし、自分自身で行くと約束した時間に刻々迫る。


 その気持ちに蓋をして、意を決するように、靴紐を結ぶと青年は玄関のドアを開けた。



 宿舎から徒歩で数分歩いた先に、青年の目的の場所があった。

 受付で申請をして、しばらく待つと面会室に通された。


 真っ白な、何の音もない部屋だった。

 真ん中に仕切られた壁と、隣の部屋が見えるガラスの仕切り、簡素な椅子。


「準備をいたしますので、こちらでお待ちください。」

 係員は軽く頭を下げると、青年を残し、部屋の扉を閉めた。


 青年は、椅子に座る。

 静かに息を整える。

 肩でゆっくりと呼吸をする。

 手が少しずつ、汗ばんでいく事を感じた。


(……誰も来なければいいのにな。)

 手を擦り合わせて、そんな、ありえないことを考えてしまう。


 ――……ガチャ


 静かに響くドアの開く音に、青年の顔が強張った。

 顔を上げると、部屋に入ってきた人物は、青年の姿を見て驚いた表情を浮かべた。

 ぽかんと開いた口が、苦しそうに笑みを作る。


「……おいおい、久々に顔を見たと思ったらお前……これじゃあ、どっちが捕まってるか分からないな。」


 そう言って苦笑した顔は、あの日、村で話をした時のままだった。


「……隊長、お久しぶりです。」

(本当に……。こんなところで、会いたくなんかなかったよ。)


 既にすべては手遅れで、取り返しがつかない事が起こった後だ。

 その事実に、青年の胸が締め付けられていく。

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