水槽の魚
「こちらが、魔石を用いた武器の開発施設になります。」
朝を迎え、一行は施設を案内されていた。
壁面はひび割れ、屋根は崩れそうな古びた建物だ。
しかし、それも扉を開ければ印象は一変した。
最新式の魔石式ランプが並び、その灯りが清潔な床や天井に映る。
装飾こそシンプルだが、研究施設でここまでの環境は中央でも少ないだろう。
案内役の村人が地下へと続く扉を開いて招き入れる。
階段を降りた、その先の光景に一行は目を丸くした。
最新式の武器や防具が並び、魔石を用いた最新鋭の武具も数多く保管されている。
(……どれもこれも、上級戦績者が授与されるレベルのもんだぞ。)
やる気もそこそこで列の後ろについていた青年も、これには思わず口を歪めた。
こんな田舎の開発施設でやるレベルではない。
一体ここを作るのにどれほどの資材と労力を費やしたのか。
青年は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「こんな辺境に、こんな場所があるなんて……。」
「中央でもこんなに数揃ってねぇよな……。」
隊員たちも息を呑み、驚きの声が小さく漏れている。
青年が周囲を見渡すと、数多くの村民たちがこの施設で働いていた。
「次は孤児院を案内しましょう。」
事故や戦争で行き場のなくなった子供たちを育てる孤児院を案内されることになり、一行は開発施設を後にした。
外に出れば、舗装の無い道、古びた建物。
先ほど施設の中で見た光景がまるで夢だったかのようだ。
寂れた村からは想像できない圧倒的な設備、従順な村民たち。
それがどこか不自然に感じて、青年は気味の悪いものに感じてしまった。
そんな青年の心とは裏腹に、孤児院はしっかりしたものだった。
外観は寂れた村らしい木造で古い作り。
しかしそれも研究所と同様ドアを開ければ清潔でよく整備の行き届いた施設だった。
広い庭では子供たちが所狭しと、笑い声をあげながら遊んでいる。
(……まぁ、そりゃあそうだよな。)
その様子を見ながら、青年は安心したように大きく息を吐きだした。
村に到着した昨日の晩、今回の選抜者研修の概要について隊長から改めて説明があった。
「つまりは、村の視察だな。」
村から宿泊の為用意されたコテージで隊長は腕を組んだ。
「視察、というと村がちゃんと機能しているか見に来た。ってことですか?」
「あぁ」とそれに対して隊長は頷いた。
「この村は基本的に物資を運ぶ人間くらいしか行き来がない。……特に武器の研究施設は機密事項が多いからな、閉鎖されてるからこそ、しっかりやれているのか確認したいというのが国の考えだ。」
「でも、俺たちはまだ新兵ですよ?」
青年は重い口を開いた。
「視察なんて、そんな大それたことできませんよ。」
それを聞いた隊長は半笑いする。
「話を最後まで聞け。お前たちには、まず明日、村にある施設を見学してもらう。その後、改めてそれぞれの施設で働いてもらう。そこで手伝いをしながら働いている人間への聞き取りや施設で気になった点をまとめてもらう。……それが今回の研修内容だ。」
青年は途端に嫌な顔になる。
(うわっ……面倒臭)
座業が苦手だから、なおさらだ。
他の隊員たちは孤児院をそれぞれ見学しに行く。
そんな中、いずれやる事になる作業の山を思い出し、青年は今からめまいがしそうな心地になった。
晴天で子供たちの明るい笑い声の響く中、一人青い顔をしている。
(せめて実技ならまだマシなんだがな……。)
青年は項垂れる。
「あっ!兄ちゃん!」
そんな中、青年に声をかける子供がいた。
だるそうに声の方を向けば、昨日飴を渡した少年だった。
「おう、また会ったな。どうした?」
そう言いながら、青年は駆け寄る少年と目線を合わせる様にしゃがみこんだ。
目の前に来た少年は、照れた様にくねくねと動く。
そして、耳を貸すようにゼスチャーをしてくる。
青年はその通りに耳を向けた。
少年は笑いながら、小さい声で話す。
「……飴、おいしかったよ。」
思わず頬を緩める。
「俺も人にやったのは初めてだ……内緒にしとけよ。」
そう言って口に指を当てた。
コソコソと二人で内緒話をすると、嬉しそうに少年は頬を赤らめて「ヒヒヒ」と口元を押さえながら笑った。
「そういえば、兄ちゃんって強い兵士なんでしょ?先生言ってた!」
その言葉に思わず青年は目を丸くした。
(……プライバシー漏洩の危険性はありそうだな。)
そう思いながら苦笑いをする。
「あーー…まぁな?」
「良いな~かっこいい!オレも兄ちゃんみたいになれるかなぁ?」
キラキラ輝く瞳でこちらを見る少年。
その顔を見て、青年は自分が何を気味が悪いと思ったのかが分かってしまった。
(……そりゃあ、身元が無いから兵士にするのは簡単だろうな。)
閉鎖的で、武器や防具が周りにある環境なら影響を受けないわけがない。
聞けば、この村の住民は基本的に村からは出入りできないらしい。
機密情報を野に離すようなものだ。できなくなるのも理解はできる。
しかし、孤児院の子供は兵士になるか、ここで武具の研究か。
少なくとも、普通に暮らしている子供より狭められた将来だろう。
(……こいつも、俺も、水槽にいる魚みたいなものなのかもな。)
飼われて、どこにも行けない魚。
自分の意志とは関係なく、誰かの都合で決められる道筋に青年は薄寒く感じてしまう。
そんな沈んだ気持ちを吹き飛ばすかのように少年が明るい声を上げた。
「まぁーでも、オレ多分武器の係になるかもだけど!運動苦手だし~」
口を尖らせながら少年は言う。
「武器の係っていうのは……?」
「孤児院でおっきくなった子は、職場体験…?大人の働くところ見に行くんだよ。それで兄ちゃんたちの使う武器、ちょっとだけ触らせてもらったんだ。」
少年はイヒヒと笑い、誇らしげに青年を見た。
その笑顔があまりにも眩しくて、自分とは違うと痛感する。
「そしたらさ~係のおっちゃんが『見どころがある』って言ってたんだ!」
照れ臭そうに少年は笑う。
「……すごいな、武器を扱うのが好きなのか?」
青年はぽつりと問いかけた。
「かっこよく戦いたい気もしたけど、細かい作業得意だから……うん、割と好きだな。」
「そっか、それならお前に合ってるかもな。」
穏やかに微笑みながら青年は言う。
制限の受けた環境で、自由な選択がほとんどない中で、それでも「好き」を見つけられた少年。
青年はその姿に何かを見せつけられた気持ちになった。
(……こいつは、俺と違う。同じように考えるなんて失礼だ。)
青年は小さく息を吐いた。
どんなに未来が狭められていても、自分の好きなものを見つけられた少年は、何も探そうとしなかった自分よりもずっと上等な存在に思えた。
その眩しさに思わず目を伏せる。
「俺は魔力はからっきしだが……」
青年はまっすぐに少年を見る。
「武器の扱いにかけては、ここに来た兵士の誰よりもうまいんだぜ?」
「え?!じゃあ、じゃあオレ!将来カッコよくてスゴい武器作ったら兄ちゃん使ってくれる?!」
少年の顔がぱっと輝かせて前のめりになる。
青年はその反応に、正解とばかりにニヤッと笑った。
「頼んだぞ、将来の武器職人!」
そう言って少年の頭をぐりぐりと乱暴に撫でた。
「も~兄ちゃん強いよ!!」
「期待してるってことだよ!」
くしゃくしゃになった少年の髪を見て、青年はどこかくすぐったい気持ちを抱えていた。
すべての施設の見学を終え、一行はコテージに戻る。
次はどこへ手伝いに行くかという話し合いのはずだったが、青年がぼんやりしている間に仲間たちが、彼の様子を見て勝手に決めていた。
青年は不満げに眉を顰める。
「おい、何勝手に決めてんだよ。」
仲間の兵士は他の兵士と顔を合わせて、問題あるのか?といった顔をした。
「いや?オメェなんか仲良さそうに男の子と話してたやろ?」
「なぁ?子供好きなんじゃないかと思ったけど違うのか?」
「……にしても、お前にしては良い顔してたな?成績一番いいくせに、ぼーーっとしてんのも悪くないけど、人間味出てたぜ?」
それを聞いて、ほかの兵士がニヤッと笑いながら中指の関節で青年の頭をグリグリと押した。
「そーか?俺はぼーーっとしてるくせに成績良いの腹立つけどな。」
「お前やめろっての!」
そう言いながらも悪ノリが連鎖し、肩を叩かれたり背中を押されているうちに気づけば笑っていた。
そうして、青年は明日から孤児院の手伝いに行くことになったのだ。
「ということで、今日からお手伝いしてくれるお兄さんです。」
「……よろしく、おねがいシマス。」
青年は慣れない挨拶をして無難に頭を下げる。
顔を上げれば、子供たちの好奇心で輝く目の数々。
射貫くようなその視線で、ひくりと頬が引きつった。
穏やかな日差しを受けて、外に干したシーツが優しく翻る。
その穏やかさとは裏腹に孤児院の中は熾烈を極めていた。
青年が挨拶を終えると、一人の女の子がぽつりと言った。
「おにいちゃん、どこから来たの?」
それを聞いた途端に、「いくつ?」「抱っこして!」「いつまでいんの~?」と子供たちがわらわらと集まり質問攻めが始まった。
助けを求める様に施設の職員を見るも、『その調子でお願い。』と言わんばかりにさっさと他の仕事へ行ってしまった。
(どうやら俺は他の仕事をする為の人柱みたいだな……。)
「……おーい。起きなよ」
声量を押さえたその声で青年は目を覚ます。
「あぁ……身体をすぐ動かさないで。脇に子供がいるから。」
目を動かし、右の脇腹に一人、足先に二人……と確認してようやく体を起こす。
そして、やっとのことで孤児院の事務所にたどり着くと椅子にどっかり座った。
「お疲れ様、お昼寝の時間真っ先に寝ていたけど、どうだった?」
職員にコーヒーを渡されて青年は受け取る。
「いや……もう、訓練より辛かったっす。」
青年はコーヒーをじっくり味わい、疲労を滲ませた。
「それはないでしょ……」と笑いながら職員もコーヒーを一口飲む。
「でも、おかげさまで他の仕事が大分スムーズに終わったよ。助かった。」
「そりゃ……よかったっす。」青年は力なく笑った。
「……あぁ、そうだ。」
心ここにあらずといった調子でぐったりしていた青年が頭を掻きながら体を起こす。
よろよろ立ち上がり、自分の荷物から筆記用具を取り出した。
「それは?」
元の席に戻る青年に、職員が尋ねる。
「……ここに視察に来ていたの、忘れてました。」
息をつきながら、青年は再び椅子に座ると、職員の方に軽く体を向ける。
「それで……困りごととか、備品の希望とかあったら最終日までに俺に教えてください。まとめて提出するんで。」
「それが君らの“研修”ってわけね。」
職員のその言葉に青年は思わず苦笑する。
職員は立ち上がると、笑いながら事務所の戸棚へ向かった。
「じゃあ、さっそく備品の希望出そうかな。」
そう言って青年に一枚紙を渡す。
「……これは?」
「欲しい書籍のリスト。あの子たちのリクエストなんだよね。」
青年が紙に目を通すと、いくつか知っている本のタイトルが並んでいた。
(生き物の図鑑から、絵本……。)
「恋愛小説まであるんですか。」目を丸くして驚いた。
「女の子たちに人気なんだよ、その本。そういう意味でも君は待望だったよ。」
青年はハハッ…と苦笑いする。
リストは裏面までずらりと並んでいる事に気づいた。
「というか結構リクエスト多いですね、てっきり体を動かす方かと思ってたんですけど。」
「いつもあんなじゃないよ、君が来ていつもの三倍ははしゃいでたね、あの子たち。」
職員は笑う。
「君に懐いてた男の子が兵士さんが来たんだよって昨日から周りの子たちに言ってたから、他の子もワクワクしてたみたい。」
「なるほど……。」
青年は、昼寝をしている子供たちの部屋の方へ顔を向ける。
書籍リストを見る限り、閲覧を制限するようなものはなさそうだった。
昨日の少年の様子からも不自由さは感じなかった。
(……あいつらはあいつらで、ここの暮らしを楽しんでいるんだな。)
ふっと息を吐き自然と微笑みを浮かべた。
「あっ、そうだ。」
職員が小さく声を上げると、ロッカーへ向かった。
「どうかしました?」
青年は少し冷めたコーヒーを啜る。
職員が机に戻ると、職員が押し付ける様に青年に渡した。
「これ、良かったら兵士さんたちにって、うちの婆ちゃんが。」




