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列車に揺られて

 列車の窓は都会から田舎へ次々と景色を変えていった。

 青年が窓を開けると風が髪を揺らす。

 顔を顰めて、大きくため息をつく。

 態勢を整えると、青年は苛立ちを覚え腕を組み天井を仰いだ。


 青年はうんざりしていた。

「……どこまで行くんだよ。」と独り言を呟く。


 彼はまぁまぁ良い家の次男坊として生まれた。

 恵まれていなかったわけではない。

 だが、幼い頃から家族の言われるままの人生を送ってきた。

 親から「兵士になれ。」の一言で国への媚売り道具の様に軍学校に進学した。

 別にそれが嫌だったわけではない。

 寧ろ本人が思うよりずっと適性があり、兵士に正式になった途端、現在進行形で選抜者研修とやらに連れて行かされている。


 列車は一定のリズムを刻みながら、彼らを乗せて走って行く。

 首を逸らせ、窓の外を眺めた。

 建物まみれだった風景は果ての無い緑に染まっている。


(……流されてばかり、か。)

 意外とこの職業は自分に向いているらしい。

 だが、好きな事と得意なことは違う。

(ま、好きな事ってのが分からねぇから結果的にこんなとこにいるんだが。)

 青年は、自嘲的に口を歪める。

 ハッ、と薄く笑うと胸ポケットから煙草を取り出す。

 青年が唯一好きだと言える煙草に火をつけて口に咥えた。


「こら!列車でタバコはやめろ!」

 怒声が近づく。

 青年はやれやれと一度大きく煙草を吸い込んだ。

 生ぬるい煙が肺を満たす。

「……というか、隊長。俺ら何処へ向かってるんすか本当に。」

 口や鼻から煙を出して片手間に携帯灰皿で煙草の火を消した。

(あー勿体ね。)

 頭をボリボリと掻き、ため息をつく。

 顔を上げると、隊長と呼ばれた初老の男が呆れ顔をしていた。

「お前なぁ……一応今回の面子で一番成績が良かったんだから、もうちょっとどうにかしてくれよ。」

 それに対して、青年は眉を潜めた。

 乾いた声で笑う。

「だって俺たち新兵ですよ?入隊して任務も碌にしてないってのに合宿って。面白すぎるでしょ。」

 そう言うと青年は背もたれに体を預けて窓の外を眺める。

 隊長はそんな彼の態度にため息をつき、肩を竦めた。

「成績が一番良かったやつが、真っ先に文句を言うってのもなぁ。」

「成績が良いからって、なんでもかんでも納得する訳じゃないですよ。」

 青年は皮肉げに答えた。

 彼を乗せる列車の音だけが車内に響いた。


 目的地に到着した一行を待っていたのは、予想以上に手付かずの田舎だった。

 舗装されていない慣れない道をひたすら歩く。

 ようやくたどり着いたのは小さな集落だった。

 木造の家が並び、風が吹けば土埃が立つ。


「ようこそ、優秀な兵士の方々。」

 案内人である老人が一行を見つけると目を細め、彼らを迎えた。

「我々はあなた方を歓迎いたします。」


 この村は、兵士の合宿場の管理のための村だった。

 一般的には知られていないこの村は、合宿は勿論戦いのときには資源調達や燃料補給の役割があるという。

 内部の兵士でさえ、ここを知るものは極めて稀だそうだ。

(……どこから情報が洩れるか分からねぇもんなぁ。)

 青年は説明を受けて、皮肉げに笑った。

 つまりは国家レベルの超重要拠点。秘匿補給地とでも言うのだろうか。

 恐らく将来出世するだろう兵士に情報を見せて期待を表し、同時に縛り付ける意味合いもあるのだろうと青年は考える。

(こんなところを知ったら軍を簡単には抜けられねぇな。)

 はぁ、と小さく息を吐く。

(……くそ重い。)


 青年は頭を抱える。

 落ち着こうと胸ポケットを弄ろうとした。

 だが手を止める。

「あーー……。」

(……タバコはダメだったか。)

 懐から棒付きの飴を取り出し、口に咥えた。

 甘いものはそこまで好きではない。

 だが、タバコを吸えない状態で落ち着く為には有用だった。


 ふと、足音がした。

 そちらの方に顔を向けると子供がいる。

 いつのまにか興味深そうに近づいていた子供が羨ましそうにこちらをみていた。

 その視線になんとなく居心地が悪くなる。

 思わず視線を逸らして、懐を弄った。

 気まずそうに飴を子供に向ける。

「……あー、いる?」

 子供は周りを見渡した。

 人がいないことを確認するとこちらに近づいてくる。

「……いいの?」

 秘密話をするように、こしょこしょと返事をした。

 青年はその様子に笑う。

 子供の話し方に倣って内緒話のように「いいぜ」と答える。

 身を寄せて、密売でもするかのように飴を渡した。


 子供は飴を受け取り一瞬目を輝かせたが、青年の真似をしてすぐ懐に隠した。

 ヒヒっといたずらっぽく笑うと、小さく「ありがとう」と呟いた。


 子供が走って行くのを見送った。

 小さな足音が遠のき静寂が戻っていく。


 しばらくして、ふと青年は空を見上げた。

 移動距離が長かったからか、早朝に出たはずが気づけば既に日が暮れ始めている。

 ここは都会と違い周辺に灯りが無い。

 だからか、星の瞬きが鮮やかに見えた。

 手を伸ばせば届きそうにも思えるが、彼はそれが叶わないことを知っている。


 青年は、ぼんやりとその光景を眺めた。

(……あー俺の人生、どんどんどんどん流されて、狭まっていく。)

 しばらく舐めていた飴玉は小さくなり、棒から離れた。

 流されて、流されて、消耗していって。

 輝くこともなく、求める物も分からないまま、いずれ消える。


 青年はため息をつくと、小さくなった飴を奥歯で噛み砕いた。

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