佐伯秀さん失踪の考察
はじめに
この文章を読んでいる時、私はもうこの世にはいないでしょう……と言うつもりはまだありません。
こんにちは、配信者のHです。
先日、私は例の動画でカメラを回していた秀さんと会うことに成功し、様々な情報を得ることができました。しかし、その後程なくして彼は行方不明となってしまい、私の方から何度も連絡をしているものの、足取りは一切つかめていません。
今回は、彼と何を話したのか、どんなこと考えたのかを記していこうと思います。
ですが、むやみやたらに拡散されてしまう可能性もあるので、あくまで最初はメンバーシップ限定で投稿しようと思っています。
※追記
あれからまだ寒気が治らず、誰かに見られている気がします。活力も出ず、この文章も30時間かけて書きました。
秀さんとの会話
少し頬がこけていたものの、私の予想通り、彼は優しそうな顔立ちの大学生でした。
初めて連絡した時には、いったい誰が自分の連絡先を洩らしたのかと怯えていたようですが、私の配信アーカイブを数本見ていただき、会うことを決めてくれました。
待ち合わせは彼の最寄りのファミレスで、すぐに本題に入ります。
「僕も、最近誰かに見られている気がするんです。Hさんのアーカイブを見てから色々考えてみたら、なんか、急に感じてきて」
そう言った秀さんと私の症状は、概ね似通っていた。
「僕は他に夢遊病みたいになることがあるんです。でも、勝手に外に出るとかそういうのじゃなくて、LINEで友達に変な文章を送っていたり――」
秀さんが見せてくれた文章が以下のものです。
実は、シバラク前からあなたの行動やふるまいについて、どうしても見過ごせない違和感を感じておりました。決してワタシの誇大妄想ではなく、細かい記録や些細な出来事が、ある一貫性を持ってあなたへの疑念ヲ増幅させてゆきます。
タトエバ、日常的におかしな事に出会いませんでしたか?
ヒョロ長くて笑っている顔を見たという人がイマス。のろのろと、のろい生き物を見たという人がいます。そういった不思議なイキモノは思念を飛ばしてきます。それがあなたをオカシクさせてきます。
具体的な日時や場所は分かりませんが、日常には小さな異変が絶対に潜んでいます。普段と異なる微妙な音や気配、ふとした瞬間に感じるナニカ。それらは、決して偶然の産物ではないです。
どうか、この手紙を単なる悪戯や虚構と決めつけず、あなた自身の身の回りの変化に敏感にナッテいただきたい。心当たりがないとお考えの場合でも、まずはこの手紙を四回読んで、普段の生活を見直してみることをお勧めいたします。
万が一、不審な出来事に遭遇された際は、この手紙を書き写して、四回口に出して読んでから近隣の方にオクってあげてください。不可思議な出来事は、あなた方が結束することで力をヨワメテいきます。面白いですか?
気味が悪いと言うと、秀さんは頷いた。
続いて――避けるべきか悩んでいましたが――勝さんについて聞いてみることにした。
「……あいつが飛び降りるなんて、そんなことするはずないと思うんです。あの廃墟から霊を連れてきたんですよ……」
この段階で霊の仕業と確定させるのは少し無理があるとも思いましたが、大切な友人が亡くなってしまった、それも自ら命を断つという方法なのです。彼の気持ちもわかります。
その時、ふいに秀さんが「見てほしいんです」と言いました。
「あの動画、少しだけ幽霊が写ってるんです。僕たちには幽霊ってことしか分からなかったけど、日頃から心霊系の配信をしてるHさんなら、もしかしたらって……」
もちろん私は承諾しました。こと心霊においては、私はかなりの知識量を自負しています。焦燥した彼の様子から、近いうちに勝さんのように非業の死を遂げてしまう可能性もあります。私は、彼の取り出したカメラに意識を集中させました。
例の動画
現場まで乗ってきた車から降りて、すぐにカメラを回したのでしょう。画面にはアスファルトの道が写り込んでいるだけでしたが、カメラは数人の呼吸音を拾い、続いて画面に一人の男性……勝さんが現れました。
「もう回ってるよ」
「あ、もういい? えーっと、今は深夜2時。俺たちは千葉県のお化け廃墟に来てます! 今日はみんなで幽霊見つけてシバこうと思ってまーす」
勝さんは元気よく、なんならポーズまで取っていました。これから霊に取り憑かれると思っている人の行動ではありません。
少し無言の時間があったあと、秀さんは「はいっ! じゃあ行きましょー」と号令を出し、しばらくの間は勝さんの後ろ姿の画が続きます。
彼は歩いている途中にも「でもさ、ちょっとこの時点で空気感違うよな」「まぁ、これから廃墟に行くって思ってるからか」と、キョロキョロ首を動かしながら喋っていました。
「てか、この廃墟のこと調べてきた?」
「いや、全然?」
「なんか、首だけの女とか明らかにヤバい家族?とか出るんだって」
「明らかにヤバい家族ってなんだよ。え、言い出しっぺはちゃんと知ってるの?」
少しの間。
「――まぁ、こういうのって実際に何か出ることよりも、空気感を楽しむものなんじゃないの? ガチの心霊現象とか起こっても困るし」
「それ言ったら来る意味ないだろ」
ここで、勝さんの前方に廃墟が現れます。この廃墟は元はマンションとして使われていたもので、下記に詳しい情報を載せておくので合わせてご覧ください。
※ネットから拾ってきた情報なので、確実とはいえません
旧緒花マンションは、1980年代初頭に千葉郊外で建設された五階建て住宅です。かつては最先端の設備と洗練されたデザインで人気を博しましたが、次第に不可解な事故や失踪事件が続出し、住民は次々と立ち退くこととなりました。
家族の一員に、というコンセプトで建設された旧緒花マンションは、入居後、夜間に共用廊下で謎の足音や影が目撃されるなどの奇妙な現象が頻発。さらに、ある深夜、一室で原因不明の火災が発生し、負傷者が出た事件を境に、建物全体に不吉な噂が立ち始めました。
火災の際、現場には「長髪の女がいた」という証言があり(※後に虚偽の証言だと判明)、これをきっかけに「噂」がバリエーションを得ていったとされます。以下が噂の例です。
・長髪の女
火災の時、火元となった部屋の外に立っていたとされている。立っているだけで何かする様子もなく、騒ぎが大きくなった頃には姿を消していた。
※こちらは虚偽の証言だと判明しています
・首だけの女
火災の後に流行ったとされている噂。エレベーター前の踊り場にある暗がりに女の頭が浮かび上がるとされている。長い黒髪であることと、特に害を及ぼしてくるわけではない部分は「長髪の女」と同様だが、この時期に風邪(またはインフルエンザ?)がマンション内で流行したことにより、出会うと寒気が消えないという尾鰭がついたとされている。
・おかしな家族
こちらは2000年代に入ってから。マンション敷地内に設置されている注意書きの看板やプレートの前で、不審な家族が携帯電話で写真撮影をしているらしい。しかし、家族が四人構成という以外の情報は統一されておらず、以下に一度でも証言があったものを記しておく。
・全員が真っ白の服を着ている
・全員がフードをかぶっている
・全員の目が真っ黒
・カメラを向けているのに画面がついていない
・小さく、絶えず笑い声がする
・通り過ぎた後に振り返ると、こちらにカメラを向けている
・深夜の透明人間
誰もいないはずの深夜の廊下、無音の中にかすかな足音や、突如としてドアが開閉する音が聞こえ、エレベーターが自動で上下するといった現象が報告されている。
・透明人間?
上記と関連しているのかは不明だが、マンション内で飼われているペット(犬や猫)が、ときおり虚空を見つめている。場所はマンションの敷地内、室内などまばらで、犬に関しては吠えることもある。また、部屋のものが勝手に移動していたという証言も。
「おお……これは確かに雰囲気あるわ」
廃墟、と聞いて多くの人が思い浮かべる外観。ところどころ剥げている塗装に絡みつく蔦、損傷も見られ、霊がいなくとも危険を感じられます。
勝さんの反応も少しばかり固くなってきます。
「お、怖くなってきた?」
「ちょっとだけね。でも、正直勝てそうな気もするけどな。だって、ホラー映画って基本的に一人になったやつが狙われるじゃん? これって要するに、何人かでいれば向こうも手出しできないんじゃね」
「いやーどうかな。向こうも団体だったら終わるんじゃね?」
「そしたらもう、勝ち抜き戦にして俺が全員倒してやるわ」
「じゃあお前が先鋒な。俺は大将だから」
「あ、ずりぃぞ。――ってか、なんかちょっと寒くね?」
勝さんは長袖ですが、両手で腕をさすっていました。秀さんははカメラを持っているため過度な動きはないものの、呼吸は浅くなっていて、周囲の雰囲気が異質なものになったのだと、画面越しでも理解できました。
それでも二人は止まることなく、廃墟のエントランスに入っていきます。
「はーい、廃墟に、入りまーす」
「廃墟だけに?」
「廃墟だけに。この廃墟、かなりデカいよな。しかも真っ暗だし」
「そりゃそうだろ。とりあえずスマホのライトつければ?」
「それな。んー、どっから見るか。1番出やすいのはどことかあるの?」
「Twitterで調べたらいくつか出てきたんだけど、3階の廊下の奥がヤバいらしい」
ここで映像が途切れ、次に映ったのは大きくブレる画……つまり走っている時です。
ちなみに、この途中も撮影していたようですが、なぜか映像が消えてしまったようです。彼らはしばらく廊下を歩いた後、鍵がかかっていない部屋をいくつか見つけたので、その探索をしていたそうです。
「お、おいやべぇって! どうすんだよ!」
「とりあえず逃げるしかないだろ! くるまっ、はぁ、」
秀さんも腕を振って走っているため、酔ってしまいそうなほど画面がブレています。
そこから二分ほど同じ画が続きますが、マンションの一室から共用廊下、外のアスファルトへと徐々に場所が変わっていくのがわかります。その後、彼は車のドアが開け、急いで乗り込みました。
ドアを閉めると、勝さんは窓から周囲の様子を確認します。
「はぁ、はぁ、と、とりあえずいないよな?」
「……そうっぽい」
「エンジン! 一応かけとけよ!」
「あ、うん……」
エンジンがかかる音。
「マジで出るとは思わなかった。首だけ浮いてたよな?」
「絶対浮いてた。しかも、目もなくなかった?」
「え、マジで?」
「……多分。女とか家族とか信じてなかったけど、なんなんだよあれ――」
一息ついたのも束の間、二人の乗っていた車がドンドンと叩かれる音が響き、秀さんたちが怯えた叫びを挙げます。
「ヤバいヤバい! 出せ出せ!」
秀さんがハンドルに手をかけるためでしょう、カメラが揺れて映像が途切れました。
再開したのは先ほどと同じく車内でしたが、妙な静けさがあります。後部座席では、勝さんがうずくまって震えています。恐怖だけでなく、過剰な低温にさらされたような震えです。
「お、おい……お前のせいだぞ。絶対なんか憑いてる……どうすんだよこれ、マジで!」
錯乱しているのか、勝さんはあらぬ方向に吠えました。
「い、今からお祓い……とりあえず神社に電話かけて――」
「お前が言い出したのに、なんで俺が……」
「とりあえず落ち着けよ、今電話するから」
「落ち着けるわけねぇだろ! なんで俺だけ……お、お前だって、呪われればいい! 消えちまえよ!」
「落ち着けって!」
「うるせぇ! お前もいつまで撮ってんだよ!」
勝さんの手が乱暴にカメラを掴み、そこからの映像はありません。
映像の考察
秀さんは「幽霊が写っている」と言っていましたが、私には別の部分が引っかかるように感じました。
ですが、まずは幽霊について秀さんに尋ねてみました。
「まず、ここです。室内から逃げるとき、一瞬だけ女が写ってるんです」
彼が示しているのは、最初に映像が途切れた後、息を切らしながら逃げ出す時のことです。
「部屋に入ったとき、中央にライトを当てると女の人の首が浮いていました。それは向こうを向いていたんですけど、その時点で僕たちは明らかにヤバいと思って逃げることにしました。声なんか出さなきゃいいのに、パニックになって……」
女というのは「エレベーター前の踊り場にある暗がりに女の頭が浮かび上がるとされている」怪異でしょう。確かに、振られている画面に一瞬だけ人の頭のようなものが見えます。「出会うと寒気が消えない」という勝さんの症状とも一致するように思えました。
さらに、その前後の映像を細かく見ていくと、共用廊下からエレベーター前の広場に差し掛かるタイミングで、こちらにスマートフォンを向けている何かがいることに気付きました。
「こ、これって……」
秀さんの顔が引き攣ります。これは、マンション敷地内に設置されている注意書きの看板やプレートの前で撮影をする「おかしな家族」だと思われます。しかし、映像にはこれまで提示されていた特徴と明確に違う部分がありました。
まずは、一人しかいないこと。最初は違う怪異が現れたのかと思いましたが、カメラをこちらに向けているということは、もしかすると二人を挟むように残りの三人がいたのかもしれません。
次に、マンション内に出現している点。これに関しては明確な理由が思い付きません。最初からマンション内にも出没していたのかもしれません。
最後に、スマートフォンで撮影していること。ガラケーで撮影する話しか聞いたことがなかったので、これには混乱しました。普通に考えてしまうと、撮影者は実際に生きていて、携帯電話を買い替えてスマホにした? しかし、何十年も同じ活動をしているとは思えませんし、この日にたまたま廃墟にいたとも、半狂乱で逃げ出す二人に何も思わないのでしょうか。そんな話は聞いたことがありませんが、怪異がアップデートされている?
なんにせよ、良くないものが映り込んでしまったのは確かです。
この後、車を叩いてきた存在を確認してみましたが、何も写っていませんでした。しかしら 、音の聞こえ方が妙にクリアというか、車内にいるんじゃないかと感じましたが、彼には伝えないことにしました。
秀さんとしては、これで伝えたいことは全てだったようなのですが、私には他に気になる点がありました。
映像の中で「首だけの女」が出現する前、つまり一度目の途切れが起こる前のことです。この時、秀さんと勝さんはライトで周囲を照らしているのですが、一瞬だけ、光が三つ確認できるんです。彼らは一つずつしかライトを持っていなかったので、あの場にもう一人、誰かがいたことになります。そう考えて秀さんに問いかけてみたのですが、
「……いや、僕たち以外には誰もいなかったはずです」
と答えられてしまいました。もちろん、嘘を言っているような雰囲気でもありません。 しかし、どうにも私の言葉が気になるのか、それからしばらくの間、何かを思い出そうとしているようでした。
三十分ほど雑談をすると、彼は家の手伝いがあると帰り支度を始めます。まさか、身体をさすりながら立ち上がった秀さんが、最後に見る彼の姿だとは思いませんでした。
佐伯秀さんと出会って得たのは、これが全てです。面白いですか?




