失踪事件 追記
くんが姿を消してから四年ほど経過した。
家の汚れ具合とは反対に、数年ぶりに見た育史さんの表情は筆者が想像していたものよりも明るい。以下は育史さんとの会話を文字に起こしたものである。
育史:お久しぶりです、その後、進展はありましたか?
筆者:いえ、私の方でも引き続き情報を集めているのですが、正直お手上げでして。育史さんはいかがですか? 今回、もう一度お話を伺えるとのことで、もしかして進展があったのではと……。
育史:そうなんです!
(嬉しそうな育史の声に続いて、封筒を机に置く音)
育史:これなんです。
筆者:なんですか、これ?
育史:手紙を書いてるんです。これを毎日100通ほど書いてます。
筆者:えっと……手紙というと、その……彼にですか?
育史:そうじゃないんです。二年前、夢にあの子が出てきたんです。あの子がいなくなってから数年が経って、こんなこと言っていいのかわからないんですけど、少しずつ忘れかけていたんです。もう前を向こうって、聞こえのいい言い方になるんですけど。妻の方も、すっかりあの子のことを忘れてしまったみたいでした。でも、あの子が夢の中に出てきたんです。僕は家にいて、机に向かっていました。それで、後ろからあの子が僕に抱きつきながら「お手紙書いて、ジュース作って、四回読んで」って繰り返すんです。
筆者:お手紙……っていうのは、育史さんが今書いてらっしゃるものですよね。ジュースと四回読むっていうのは何なんですか?
育史:それはよく分かっていないんです。あの子、別にジュースが特別好きだった覚えはないので。でも、文脈的に四回読むっていうのは手紙の事じゃないですか? 僕がしっかり手紙を書いてるって確認したいのかなと思って。あの子に聞こえるように、毎日音読してるんです。
筆者:そもそも、その手紙の文面はどんなものなんです?
育史:これです。
以下は手紙の文章をそのまま書き写したもの。
この度は、突然のお手紙たいへん失礼いたします。お手数ですが、以下の文章を四度、繰り返し口に出して読んでいただけませんでしょうか?
実は、シバラク前からあなたの行動やふるまいについて、どうしても見過ごせない違和感を感じておりました。決してワタシの誇大妄想ではなく、細かい記録や些細な出来事が、ある一貫性を持ってあなたへの疑念ヲ増幅させてゆきます。
タトエバ、日常的におかしな事に出会いませんでしたか?
ヒョロ長くて笑っている顔を見たという人がイマス。のろのろと、のろい生き物を見たという人がいます。そういった不思議なイキモノは思念を飛ばしてきます。それがあなたをオカシクさせてきます。
具体的な日時や場所は分かりませんが、日常には小さな異変が絶対に潜んでいます。普段と異なる微妙な音や気配、ふとした瞬間に感じるナニカ。それらは、決して偶然の産物ではないです。
どうか、この手紙を単なる悪戯や虚構と決めつけず、あなた自身の身の回りの変化に敏感になっていただきたい。心当たりがないとお考えの場合でも、まずはこの手紙を四回読んで、普段の生活を見直してみることをお勧めいたします。
万が一、不審な出来事に遭遇された際は、この手紙を書き写して、四回口に出して読んでから近隣の方にオクってあげてください。不可思議な出来事は、あなた方が結束することで力をヨワメテいきます。面白いですか?
(あまりに不可解な内容のため筆者はしばらく黙り込む)
筆者:ええと……これをどなたに送るんですか?
育史:決まってないです。ただ、できるだけ多くの人に届けてあげたほうが良いのかなと思うので、休日は投函に費やしています。
筆者:隣の市まで行ったりも?
育史:もちろんです。なんなら、最近は他県にまで行きますよ。この前は有給を使って岡山まで行って、1000通ほど投函してきました!
筆者:1000通!?それは美智子さんもご同行されるんですか?
育史:美智子ですか?しませんよ。
筆者:それは、先ほどの「前を向く」というのと関係しているということでしょうか?
育史:いやいや、そもそも美智子は二年前に亡くなってるので、行こうと思っても行けないですよ。
育史さんの話によると、三山美智子さんは二年前のある晩、突然家を飛び出して行方不明になり、数日後に福島県のある団地で倒れているのが発見され、死亡が確認された。
彼女は くん失踪にかなり参っていたようで、「あの子がいなくなったのは私のせい。消えてしまいたい、死んでしまいたい」というのが口癖になっていたそう。
また、この数週間後に育史さんも原因不明の失踪を遂げ、本事件の捜索は打ち切りとなった。
しかし、その後も全国的に不審な手紙が投函される事案があり、育史さんが関係しているかは不明だが、注意されるよう。




