表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

第9回『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(汐見夏衛著:スターツ出版)


8月に読むと、心に沁みます。


・6日…広島被爆

・9日…長崎被爆

・15日…終戦


太平洋戦争で多くの日本人が亡くなりました。その数は300万人以上とも言われています。しかし、日本軍が殺した外国の人の数はそれよりはるかに多いとも言われています。

戦争とは、殺し合いなのです。なんの罪もない人を意味もなく殺していくのです。


太平洋戦争では、若者が軍隊に志願して、次々に戦地に送られました。

祖国を、日本を守るためです。愛する人を守るためです。

でも、目的は果たされませんでした。日本は負けたのです。完膚なきまでに叩きのめされ、原爆を落とされ、降伏したのです。そして、アメリカ軍に占領されました。


なんで、こんな戦争を始めたのでしょうか?


なぜ、多くの人が死ななければならなかったのでしょうか?


そのことをしっかりと考えなければなりません。二度と同じ過ちを繰り返さないために。


        * 


とても美しい表紙です。


ユリが一面に咲く丘で少女が空を見上げています。視線の先には、飛行機雲でしょうか、一本の白い筋が描かれています。そうです、愛する人が飛び立った先を見つめているのです。


ページをめくると、物語が始まります。


母親とも学校のクラスメートともうまくいかない中学生の少女は、ある日、近くの丘にある穴(防空壕跡)に入って、野宿する羽目になります。


目を覚ますと、目の前には見知らぬ野原が広がっていました。どうなっているのかと驚きましたが、防空壕跡にじっとしているわけにもいかず、見知らぬ土地を彷徨(さまよ)います。

でも、知った人も場所もなく、遂に歩き疲れてうずくまってしまいます。

その時、心配そうな声が耳に届きます。目を開けると、軍服を着た青年が見つめていました。少女は、時空を超えて昭和20年6月10日にタイムスリップしていたのです。


青年は特攻隊に志願していました。敵艦に突撃するための片道切符の飛行機に乗るのが任務だといいます。簡単に言うと自爆です。死ぬために飛び立つのです。


        *


ある日、青年が丘の上に連れて行ってくれました。そこには、岩場を埋め尽くすような無数の百合が咲いていました。そこで時間を過ごすうちに淡い恋心が芽生えていきます。


彼の話を聞くうちに、少女は特攻隊の存在に疑問を持ちます。そのことに口にすると、「日本軍がアメリカに勝てば、全て元通りになる。だから、命を懸けて戦う」と青年は反論します。そして、「もし日本が負けたら、何もかも奪われて、兵士は捕虜になり、一般市民も奴隷のような扱いを受ける。そんなことは受け入れられない。だから、なんとしてでも勝たなければならない」ときっぱりと言い切ります。それでも少女は反論しますが、青年の気持ちを変えることはできません。


その後、青年が紹介してくれた食堂で住み込みとして働き始めますが、現代との違いに驚きます。冷蔵庫も洗濯機も掃除機もないからです。冷やすのは氷を入れた木製の箱で、掃除は(ほうき)ちり取り(・・・・)雑巾(ぞうきん)。洗濯はたらい(・・・)と洗濯板なのです。


お米も手に入れるのが難しくなっています。統制されているからです。白いご飯を食べるのは贅沢とされているのです。


好きな服を着ることもできません。おしゃれができないのです。もし見つかったら、憲兵にこっぴどく叱られるからです。少女は、自分が生きていた現代がありがたい時代なんだと思い知ります。


ある日、身寄りのない小さな子供に寄り添っている時、「早く戦争が終わればいいのに。速く負けを認めちゃえばいいのに」と呟きます。

すると、通りかかった警官から(とが)められます。

でも、少女は謝りません。決然と反論するのです。思ったことを口にしただけだと食い下がります。

しかし、警官に通用するわけはありません。彼は怒りに任せて、棍棒(こんぼう)を振り上げたのです。言論統制があり、自由にものが言えない時代に正論は禁句なのです。


        *


7月になり、沖縄の守備隊が全滅したという情報がもたらされます。新聞には東京をはじめとした大都市がB29で爆撃されたという記事が載り始めます。日本は敗戦の瀬戸際に立たされていたのです。

それは、少女の身の上にも起こります。空襲警報が鳴り響き、空から焼夷弾(しょういだん)(ガソリンなどの燃料が入った恐ろしい爆弾)が降ってきたのです。

それだけでなく、低空で飛ぶ飛行機から数えきれないほどの銃弾が、ものすごい勢いで、雨あられのように飛んできました。

辺り一面が焼き尽くされ、人々は次々に倒れていきました。その時、少女は初めて『焼け野原』という言葉を実感します。見渡す限り何もないのです。地獄だと思いました。


なんとか命拾いして食堂に戻った少女に次の試練が待っていました。恋心を抱いていた青年に出撃命令が下ったのです。それも3日後。

少女は必死になって止めました。彼の背中に手を回して、すがりついて止めました。

しかし、彼を止めることはできませんでした。基地へ戻る彼を茫然と見つめることしかできませんでした。


        *


出撃の日、少女は見送りに行きませんでした。行ったら、特攻機に飛びついて止めたくなるからです。部屋の片隅で膝を抱えて、畳の目を睨みつけながら、耐えていました。


風が吹いて、風鈴が鳴りました。それに促されるようにちゃぶ台の上を見ると、手紙があることに気づきました。

特攻隊員が家族に宛てた手紙でした。軍を通して送ると中身を検閲(けんえつ)されるので、食堂のおばさんに頼んだもののようでした。


その中に青年が書いた手紙がありました。家族宛に4通。それ以外に1通。それは、少女に宛てた手紙でした。

それを見た瞬間、少女は駆け出しました。青年が飛び立とうとしている基地へ走り続けたのです。


なんとか間に合って、青年の名前を呼ぶと、彼は気づいて、笑みを返してくれます。そして、胸もとに挿していた百合を放り投げます。

それが彼との最後でした。小さくなっていく機影を見つめていると、意識がなくなり、地面に倒れ伏します。


        *


気づくと、元の時代に戻っていました。

家に帰ると、お母さんに頬を平手打ちされました。母親は心配で心配で寝ないで探し続けていたのです。

泣く姿を見て、初めて母の愛を知りました。反抗して、迷惑をかけて、喧嘩ばかりしていましたが、こんなにも愛されていたことに気づきました。


心を入れ替えた少女は、再び学校に通い始めます。積極的に行動を始めた彼女は郊外活動に参加し、リーダーとしてグループを率いることになります。ところが、訪問先を知って、心臓が早鐘(はやがね)を打ち始めます。


『特攻資料館』


特攻隊員たちの写真や手紙や日記や遺品が展示されているところです。

見学をすると、そこには、タイムスリップして知り合った多くの若者の顔がありました。

その一つ一つを見て、手紙を読んでいくと、信じられないものに出くわしました。あの青年が書いた自分宛の手紙でした。間違いなく彼の字でした。自分に対する想いが切々と綴られていました。


そこで、この物語が終わったと思いました。

爽やかな終わり方だと思いました。

しかし、違っていました。作者の汐見さんは驚きのエピローグを用意していたのです。それは、青年の視点で描かれた美しいエンディングでした。この場面は是非、実際に本を手に取ってお読みになってください。


        *


『あとがき』にも感激しました。


著者は鹿児島県で生まれ育って、学生の頃に課外活動で知覧の特攻平和会館に行く機会があったそうです。

そこで衝撃を受けます。自分とさほど年が変わらない人たちが、その時代に生まれたからというだけの理由で、理不尽に命を失っていったという事実を知ったからです。

そのことによって、自分のそれまでの生き方を恥じることになります。命の重さなど感じることもなく安易で軽率な言動をしてきた自分を。


その後、著者は他県で国語の教員となり、戦争に関する授業をすることになります。

そこで気がつきます。生徒(高校生)にとって戦争とはあまりにも遠い出来事であると。

それは著者も同じでしたが、祖父母から断片的に聞いた記憶があることによって、無関係ではないという思いがありました。


どんなに時間が流れても、決して風化させてはいけない!


そう心に決めた著者は若い世代にとって身近な媒体であるケータイ小説を選んで執筆を始めます。それが、今回ご紹介した『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』です。


著者は想いを吐露します。


「この物語が、若い方々にとって、戦争という過去と命の重さを『感じる』ことがきっかけになれたらと願っております。」と。


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧


参考資料として、戦争に関する主な資料館や展示館をまとめておきます。(下記以外にもたくさんの施設があります)


・特攻平和会館(鹿児島県)

 第二次世界大戦末期の沖縄戦において特攻という人類史上類のない作戦で、爆装した飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃をした陸軍特別攻撃隊員の遺品や関係資料を展示している。恒久の平和を祈念して建設された。

 〒987-0302 鹿児島県南九州市知覧町郡17881番地

 TEL:0993-83-2525


・予科練平和祈念館(茨城県)

 予科練の歴史や記録を保存・展示すると共に、次の世代に正確に伝承し、命の尊さや平和の大切さを考えていただくことを目的として2010年に開館した。

 〒300-0302 茨城県稲敷郡阿見町廻戸5-1

 TEL:029-891-3344


・広島平和記念資料館(広島県)

 原子爆弾による被害の実相を世界中の人々に伝え、ヒロシマの心である核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に寄与することを目的に1955年に開館した。

 〒730-0811 広島県広島市中区中島町1-2

 TEL:082-241-4004


・長崎原爆資料館(長崎県)

 原子爆弾が人類に及ぼした想像を絶する被害の状況を後世に伝えると共に、長崎市民の平和への願いを広く国の内外に伝え、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に寄与するために建設され、1996年に現在の建物に建て替えられた。

 〒852-8117 長崎県長崎市平野町7番8号

 TEL:095-844-1231



✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧


【追記】


ノーベル平和賞を『日本原水爆被害者団体協議会(被団協)』が受賞し、2024年12月10日に授賞式が行われました。

その時、代表の田中さんが講演を行っています。その中で、衝撃的な事実が語られています。実体験です。

田中さんは13歳の時に長崎で被爆されています。爆心地から東に3キロ余り離れた自宅でした。

爆音が聞こえたと思ったら、間もなく真っ白な光に体が包まれたそうです。それに驚いた田中さんは2階から階下に駆け下り、目と耳を塞いで伏せましたが、その直後に強烈な衝撃波が体を通り抜けていきました。

その後の記憶はないそうです。気がついた時には、大きなガラス戸が体の上に覆いかぶさっていました。でも、ガラスが割れなかったので、奇跡的に無傷だったそうです。


3日後、親戚の安否を確認するために家を出て、歩き始めました。

峠に立って眼下を見下ろすと、3キロ先の港まで黒く焼き尽くされた廃墟となっていました。レンガ造りで東洋一を誇った浦上天主堂は崩れ落ち、見る影もなかったそうです。

それだけでなく、道々には遺体が放置されていました。大やけどを負いながらも生きている人も数多くいましたが、誰からの救助もなく、放置されていました。


爆心地から400メートルほどにある叔母の家に行くと、大学生の孫と共に黒焦げになって転がっていました。

もう一人の叔母の家も倒壊し、叔母は亡くなっていました。祖父は全身大やけどで瀕死の状態でした。ほとんど無傷だった叔父は救援を求めてその場を離れていましたが、救援先で倒れ、高熱で1週間ほど苦しんで、亡くなったそうです。たった1発の原子爆弾で身内5人を無残な姿に変え、一挙に命を奪ったのです。


長崎原発は上空600メートルで爆発して、放出したエネルギーの50%が衝撃波として家屋を押し潰しました。35%は熱線として屋外の人々に大やけどを負わせ、倒壊した家屋の至る所に火をつけました。残りの15%は中性子線やガンマ線などの放射線として人体を貫き、内部から破壊し、死に至らせ、また、原爆症の原因を作りました。


それが長い戦いの始まりでした。1945年に原子爆弾が落とされてから、今年で80年になります。

しかし、今も1万2千発の核弾頭が地球上に存在し、4千発が即座に発射可能な状態で配備されています。

それだけでも恐怖を感じますが、独裁者たちの発言がそれに輪をかけています。プーチンは核の威嚇を続けていますし、イスラエルにも核兵器の使用を口にする閣僚がいるのです。核の脅威は高まるばかりです。


田中さんはこう訴えています。


「人類が核兵器で自滅することのないように‼」


「核兵器も戦争もない世界の人間社会を求めて共に頑張りましょう‼」


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧


今回、戦争と平和について描かれている小説を取り上げましたが、私の小説の中にも平和を願って書いたものがあります。


『平和の子、ミール』~ウクライナに希望の夢を~です。


日本在住のロシア人女性とその夫(日本人)、国連代表部の次席補佐官(女性)と総理大臣秘書官(男性)の4人の視点を通して、ロシアによるウクライナ侵攻の悲惨さとやりきれなさを綴りました。そして、最後に希望も。是非、お読みになってください。


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧


心に沁みる物語、

救ってくれた言葉、

ヒントを与えてくれたビジネスワード、

そんな綺羅星(きらぼし)のようなエッセンスが詰まった、

有名ではないけれどグッとくる本がいっぱいあります。

次回からもご紹介していきますので、楽しみにお待ちください。


光り輝く未来


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧


【公開中の小説のご案内】


下記の小説を公開中ですので、併せてお楽しみいただければ幸いです。


『真夜中のディスクジョッキー』~人生の選択肢~《連載中》

『少女の夢は希望を連れて明日へと向かう』~日本初のスポーツ専門中学校創立物語~《以下、完結》

『天空の美容室』~あなたと出会って人生が変わった~

『ブレッド』~ニューヨークとフィレンツェとパンと恋とハッピーエンド~

『人生ランランラン』~妻と奏でるラブソング~

『後姿のピアニスト』~辛くて、切なくて、でも、明日への希望に満ちていた~

『平和の子、ミール』~ウクライナに希望の夢を!~

『46億年の記憶』~命、それは奇跡の旅路~

『夢列車の旅人』~過去へ、未来へ、時空を超えて~

『世界一の物語‼』~人生を成功に導くサクセス・ファンタジー~

『ブーツに恋して』~女性用ブーツに魅せられた青年の変身ラブストーリー~


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ