✧ 本に恋して ✧

第２回『あなたのことがだいすき』 （文・絵：えがしらみちこ、原作：西原理恵子、発行：角川書店）

タイトルに惹かれました。

ひらがなで11文字。

『あなたのことがだいすき』

その下に描かれているイラストがまた最高です。

赤ちゃんの寝顔がなんともいえずかわいらしいので、思わず見入ってしまいます。

それだけではありません。

上掛けからクマのぬいぐるみが顔を出していて、それにちっちゃな手を添えているのがたまらなくかわいらしいのです。

この表紙を見ただけで、ほとんどの人が手に取るのではないでしょうか。

　　　　　　　　＊

ページを開けると、うつ伏せで眠っている赤ちゃんがクマを抱えているイラストが現れます。

どんな夢を見ているのでしょうか？

クマちゃんと遊んでいる夢でしょうか？

それとも、自分がクマちゃんになった夢でしょうか？

かわいい寝息を聞きながら窓の外を見ると、薄く雲がかかった青い空と、緑の木々と、赤い屋根と、電柱と、電線に止まった鳥の姿が目に入ります。

穏やかな時間が流れているようです。

そして、空には、

「あなたが　生まれた日のこと　いまでも　はっきり　おぼえてる」

という文字が浮かんでいます。

出産してしばらく経っているお母さんの呟きでしょうか。

赤ちゃんの寝顔を見ながら、今までのことを思い出しているのでしょう。

「緊張で　からだに力が入りすぎてた　抱っこ」

「ちゃんと息をしているか　なんども　なんども　たしかめた夜」

「ぼんやりした　あたまで　おっぱいをあげながら　流したなみだ」

誰にも代わってもらえないし、

誰にも助けてもらえない。

近くに母親がいないから教えてもらえないし、

夫は毎日夜遅くに帰ってくる。

新米ママの緊張と不安と疲れは大変なものなのです。

　　　　　　　　＊

ページをめくると、汗をかきながら、おしめを替えているイラストが出てきます。

そして、右のページには、不安そうにおっぱいを上げているイラストが。

「なにもかもが　はじめてで」

「どうしよう」「たすけて」だらけのまいにちで。

そうなんです。育児書をいくら読んでも、ぴったり当てはまることは書かれていません。赤ちゃんは一人一人違うからです。

百人百色。

千人千色。

万人万色。

億人億色なのです。

それでも、夜になって、なんとか眠ってくれました。

窓の外には満月が輝いています。

赤ちゃんを抱っこしたママは、一心に月を見つめています。

帰ってこない夫を待ちながら、月に助けを求めているのです。

「たいへんなのは　いまだけよ」っていうけど　「いま」なんとかしてほしいの。

ママの後姿に青い影が差しています。

ひとりぼっちの育児に疲れているのです。

　　　　　　　　＊

次の日の朝、

ぱっちりお目めの赤ちゃんが手を伸ばしてきます。

夜中に何度も泣かれて睡眠が足りないママですが、

なんとも愛らしいその仕草に、愛おしさが募ります。

たまらなくなって、そっと抱き寄せます。

「かおにふれる　ほそい　かみ　

　ほかほかの　やわらかい　あたま　　

　しっとりとした　ちいさな　て」

かけがえのない宝物です。

ギュッと抱きしめてしまいました。

眠っている赤ちゃん、

起きている赤ちゃん、

ハイハイしている赤ちゃん、

つかまり立ちをしている赤ちゃん、

よちよち歩きをしている赤ちゃん、

抱っこをせがむ赤ちゃん、

どんな仕草もかわいくてたまりません。　

胸にペタンと頬をつけられると、たまらなくなって、またギュッと抱きしめてしまいます。

「かわいいなぁ」

「かわいいねぇ」

「ぎゅーっ」

本当に信じられないほどかわいいのです。

でも、いつもかわいいわけではありません。

特に、自我が出てくると、手に負えなくなります。

「じぶんが！」

「じぶんで！」

「やだやだ！」

「えーん！！」

思い通りにならないと、泣いて訴えます。

延々泣き続けるのです。

それが成長の証だとわかっていても、思わず大きな声が出てしまいます。

「ダメでしょ」

「なんど言ったらわかるの」

「いいかげんにして！」

「もうしらないから！！」

目は吊り上がり、眉間には皺が寄っています。

もう自分を抑えることはできません。

止めることはできないのです。

ほったらかしにして、台所で洗い物を始めます。

置き去りにした赤ちゃんはしばらく泣いていますが、そのうち声が聞こえなくなりました。

それでもほうっておきます。

まだ怒りが収まらないからです。

その時、ちっちゃな手がジーンズのお尻のところに触れました。

「ママ、ママ……だっこして」

赤ちゃんは上目遣いでママにおねだりしています。

でも、笑顔になれません。

抱っこはしますが、優しい言葉は口から出ていかないのです。

「やさしくしたいのに

　笑顔で「いいよ」って　言いたいのに

　ぜんぜん　できていない」

赤ちゃんがクマちゃんを抱っこして一人遊びをする姿を見ながら、自分を責めます。

「わかってる　この時間は　きっと　あっという間なんだって」

「気づいてる　絶対忘れないって　思ってた　記憶が　少しずつ　うすれていること」

自分の親指をちっちゃな指でぎゅっと握ってくれたことを思い出しながら、ママは涙を流します。

わかっているのです。

本当にわかっているのです。

でも、できないのです。

できない自分が情けないのです。

ママは上の歯で下唇を強く噛みました。

血が出るくらいに強く。

　　　　　　　　＊

赤ちゃんは一人遊びに疲れたのか、眠ってしまいました。

ベビーベッドに寝かせて部屋に戻ると、クマちゃんが寂しそうに部屋の隅で天井を見上げていました。

いたるところにおもちゃが散らかっています。

白い紙とクレヨンも散らばっています。

どこから引っ張りだしたのか、靴下もあちこちに片方ずつ投げ捨てられています。

それを見て思いました。

「家なんて　もっと汚くてもよかった」

「洗濯物も　ためちゃえばよかった」

「家事なんて、全部あとまわしにしたらよかった」

片付けながらつぶやきます。

「もったいないこと　しちゃった」

「だって　あんな時間は　もう二度とない」

気づくと、片付けもしないで、ドアを開け、外に出ていました。

緑の木々と風に舞う花びらを見つめながら思います。

「気がつけば　あなたは　新しい夢に夢中で　自分の足で　どんどん　あるいていくんだろう」

そうなのです。

もうただの赤ちゃんではないのです。

自分というものを持った一人の人間なのです。

　　　　　　　　＊

家に戻って、ベビーベッドを覗き込みます。

かわいらしい寝息を立てて眠っています。

外に出る前に横に置いてあげたクマちゃんをしっかり抱いています。

かけがえのない宝物。

涙が一つ零れたあと、ママは呟きます。

「だから　いま

　これだけは

　いっぱい

　いっぱい

　伝えたい」

すると、赤ちゃんは目を覚まし、にっこりと笑いかけます。

思わず抱きかかえたママは、赤ちゃんのおでこにチュッとします。

赤ちゃんは声を上げて喜びます。

その笑顔を見た瞬間、

想いが溢れて、

それが口から飛び出しました。

「だいすき」

✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧

作者をご紹介します。

（本の最後に記載されている著者紹介から抜粋）

えがしらみちこさん（文・絵）は、1978年に福岡県で生まれて、大学を卒業後、絵本を発表し、受賞しています。その後も多くの絵本を発表し、子供が見せる一瞬の表情をみずみずしいタッチで描く作風にファンが急増しています。

西原理恵子さん（原作）は、1964年に高知県で生まれて、多くの作品を発表しています。数多くの賞も受賞し、幅広い女性の間で教官の輪が広がり続けています。

✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧

心に沁みる物語、

救ってくれた言葉、

ヒントを与えてくれたビジネスワード、

心を豊かにしてくれる写真と絵と文章、

そんな綺羅星(きらぼし)のようなエッセンスが詰まった、

有名ではないけれどグッとくる本がいっぱいあります。

非定期にはなりますが、次回からもご紹介していきますので、楽しみにお待ちください。

✧　光り輝く未来　✧

✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧

【公開中の小説のご案内】

下記の小説を公開中ですので、併せてお楽しみいただければ幸いです。

『天空の美容室』～あなたに出会って人生が変わった～

『海の未来』～水産会社に勤める女性社員の仕事と恋の物語～

『ブレッド』～ニューヨークとフィレンツェとパンと恋とハッピーエンド～

『人生ランランラン』～妻と奏でるラブソング～

『後姿のピアニスト』～辛くて、切なくて、でも、明日への希望に満ちていた～

『平和の子、ミール』～ウクライナに希望の夢を！～

『46億年の記憶』～命、それは奇跡の旅路～

『夢列車の旅人』～過去へ、未来へ、時空を超えて～

『世界一の物語‼』～人生を成功に導くサクセス・ファンタジー～

『ブーツに恋して』～女性用ブーツに魅せられた青年の変身ラブストーリー～

✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧　✧