第1回『マダム・ルロワの愛からワイン』 (星谷とよみ著:文園社)
ブドウ畑が広がる表紙の写真とタイトル、そして、『ブルゴーニュ 土の味・風の香り』というサブタイトルに惹かれました。特に、土の味、という言葉に。
表紙をめくると、ワイングラスを持つ女性の写真が現れます。
後ろには樽が映っています。
赤ワインの試飲でしょうか?
真剣な表情で見つめています。
更にページをめくると、葡萄の花の写真が現れます。
6月に2日だけ咲く花です。
その下には、凍った土の写真が載せられています。
「真冬、土や葉は凍っても土は生きています」というメッセージと共に。
更にページをめくっていくと、葡萄畑の四季が紹介されています。
「秋から冬へ、畑は自ら思索する」という言葉に哲学的な響きを感じます。
更にめくると、マダム・ルロワの言葉が紹介されています。
「ワインを語る人は大勢います。
しかし、ワインに聴く人は本当に少ないのです。
ワインを知りたいのなら、
ひたすらワインに聴くことですよ。
ワインはメモワールです。
さあ、目をつむって、お口に含んでごらんなさい」
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「東京・パリ間、約9,500キロ。シャルル・ドゴールからブルゴーニュまで約300キロ。往復20,000キロ。何往復しただろう。出不精の私にとって、この数字は天文学的数字です。ああ、遠い、と思いながら、でも行きたいという気持ちが勝ったからこそ行けた距離でした。」
著者の星谷とよみさんが記した序文〈アペリティフと名付けられているところが素敵です〉からグッと惹きつけられます。
そうなのです。
マダム・ルロワの大ファンになった星谷さんが取材した記録がこの本なのです。
「ブルゴーニュに何度も足を運び、わずか、1時間しか会えなかったり、ある日は畑だけ見て帰ったり、ある日はつぎつぎと試飲させてもらえたり……。どんな時間であっても、逢うたびにマダムは私に珠玉のような言葉を聞かせてくれました。ワインに聴きなさい、と。」
さあ、マダム・ルロワの想いがたっぷり詰まったワイン愛の旅に出かけましょう。
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第一話:風薫る、ブルゴーニュ
「父は、私が生まれて15分後 私の唇にワインをしめらせた」
マダム・ルロワは、毎日、50~100種のワインのテイスティングをするそうですが、その運命は、生まれた時に定められていたのかもしれません。
実は、ルロワ家のワイン・ビジネスの歴史は1868年に彼女の曽祖父がルロワ社を創設した時から始まっているのです。ナポレオン3世の時代です。そして、祖父母、父へと引き継がれていきます。特に父は天才的な事業センスを持ち、ドイツ向けの輸出で儲けた金を元手に
あの『ロマネ・コンティ』の権利の半分を購入するのです。そして、自らが持つ最良の技術、経営手腕をロマネ・コンティに捧げ、著名なブランドへと育てていくのです。
そういったワインへの強い想いが、誕生した15分後に赤ちゃんの唇をワインでしめらせるという行為に繋がったのかもしれません。
「私はワインの愛のもとに生まれたのです」
そして、23歳になった時、父親から事業を受け継ぎます。
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第一話が終わると、2枚の写真が現れます。
マダムが葡萄畑で作業をしている写真です。
ジーンズにスニーカー、Tシャツにジャケット、という姿です。
でも、ブランドにはこだわりがあります。
すべてシャネルなのです。
最高のブドウ、最高のワインを育てるために、作業着といえども妥協はしないのでしょう。
ブランド・ビジネスにかける彼女の想いかひしひしと伝わってきます。
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第二話:ビオディナミ開眼
「私が買いたくなるようなワインがなくなってきたのです」
ワインの仲買商として超一流のランクに位置づけられるようになったルロワ社でしたが、マダムは危機感を強めていました。買い付けたいと思う味のワインがどんどん少なくなってきたからです。
当時は、多くの葡萄生産農家が生産効率を上げるために大量の農薬散布をするようになっていました。しかし、それが土を弱らせていたのです。当然、それは葡萄の生育や味に影響します。
そこで、マダムは一大決心をします。
自分の畑を持つという決断をするのです。
しかし、そう簡単に理想の畑に改良できるはずはなく、マダムは悩み続けます。
出来上がったワインを試飲する度に、得体のしれない味、舌に馴染まない違和感のある物質を感じるからです。
そんな時、農業の専門誌に紹介された友人の記事を目にします。
その人は、従来の農法からビオディナミ農法に転換して、群を抜くワイン造りを成功させていました。
ビオディナミ農法とは、先祖帰りのような農法で、『自然な環境で土壌と植物を保全し、価値を与える取組み』であり、農薬と化学肥料を使わない有機栽培の一種のことを言います。
残留農薬のない安全なワイン造り、土本来の持ち味を生かしたワイン造り、それを目指したのが、ビオディナミ農法による葡萄栽培なのです。
友人の畑を見学した時のマダムの驚きは半端ないものでした。
「何よりも私を感動させたのは、畑の美しさでした。黒々とした生命力のある土。畑の周りに生えている昔ながらの雑草。ひと目で、健康な畑であることがわかりました。馬が土を耕し、畝の美しさには感動すら覚えました。葡萄の木々も生きていて、果実も生きていて、そして何より、友人が作る白ワインの素晴らしさが、畑の転換の正しさを物語っていました。」
もちろん、畑をほったらかしにしておくわけではありません。
春になると、ケイ素をたくさん含んだトクサやスギナを煎じた液を撒きます。有害な菌が土から木へと侵入するのを防ぐためです。
そして、植物肥料を施します。
硫黄分の補充のためにノコギリ草を、
鉄分の補充のためにイラ草を、
石灰分の補充のためにカモミールを、
カノコ草はリンを、
西洋タンポポは珪酸を土にもたらします。
植物肥料だけで土は豊かな寝床になるのです。
更に、酸素をたっぷり入れるために、時折、土を掘り起こします。
その上に、太陽が降り注ぎ、雨が降ります。
自然のサイクルが土と葡萄を育てていくのです。
「葡萄を育てることは、その周りの環境やそこに住みついている虫や動物なども共に育てることなのです。それらの生体連鎖によって初めて、良い条件が生まれてくるのです」
黄金の斜面は若葉一色。
水と光の季節……、
天と地の恵みで葡萄が育つ。
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第三話:月下の葡萄
ブルゴーニュに葡萄の木が根付いたのは、紀元前600年頃と言われています。
マルセイユに移民したギリシャ人がこの地に植樹したのです。
しかし、それだけでは葡萄は育ちません。
土地との相性が重要なのです。
その点、ブルゴーニュは葡萄の生育にとって最適な土壌を有していました。
水はけがよく、昼間にたまった熱を夜に放出させる、とても良い土です。
白茶けた、ボロボロとこぼれるような粘土。
そう、石灰岩によってできた土なのです。
その形成は1億5千万年以上も前の白亜紀と言われています。
つまり、地球が育てた特別な土が特別な葡萄を育んでいるのです。
「ワインは宇宙のインスピレーションから生まれる。」
これは、ルロワ社の理念として記されています。
太陽、月、光、雨、空気、土、そのすべてが影響を与えているのです。それは、「この世に存在するあらゆる物質の味を語るものである。」というもう一つの理念が、明確に物語っています。
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『夏の夜、月のころはさらなり。土への手当てを急ぎます』
全精力を木々に送っている土をほったらかしにすることはできません。
葡萄の葉や実を保護育成する硫黄分を補給してやらなければならないのです。
干したノコギリ草を40リットルの水の中で20分間漬けたものを畑に撒き、土を賦活させます。
じっとしている暇はないのです。
しかし、作業を終えると、楽しいひと時が待っています。
マダムはフォアグラのパテを用意して、よく冷えた白ワインと共にお客様を迎えるのです。
テーブルには、庭で咲いていたダリアが活けられています。
さあ、宴の始まりです。
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第四話:ワイン誕生
9月の晴天の日、ブドウの収穫が始まります。
一年の努力が実を結ぶ時が来たのです。
しかし、いつでも収穫できるわけではありません。
気象条件と生育の状態を慎重に見極めなければならないのです。
先ず、最低10日間は晴天が続かなければなりません。
収穫の途中で雨が降ったら台無しになるからです。
次に、葡萄の成熟度を見極めます。
すべての葡萄の糖度が12度から12.5度で一定するのを待つのです。
その条件がすべて整って初めて収穫が始まります。
総勢82名〈社員12名と収穫労働者70名〉が夜明けとともに起き、畑へ向かいます。
もちろん、最初のひと房はマダムの手によって摘まれます。
「美しい房が、獲られるべき房です」
マダムの教えによって作業が始まります。
それからは時間の勝負となります。
ベルトコンベヤーで運ばれ、選定され、乾燥し、樽の中に送り込みます。
すると、すぐに第一次発酵が始まります。
葡萄のお産が始まるのです。
それから12~21日経つと、第二次発酵に移行します。
そして、6カ月間、毎日品質をチェックし、問題がなければ、次の樽へ移されます。
ワインに変身した葡萄は、新しい生命を膨らませていくのです。
マダムが使う樽は樫の木でできています。
樫特有の程よいタンニンがワインを最良にするからです。
そのため、樽にひと工夫することを厭いません。
新樽が入荷したら、よく洗浄し、更に湯で洗って、塩をひとつまみ、まぶします。
これは、タンニンが一気に出てこないようにするためです。
醸造の責任者は細心の注意を払ってこの作業を行います。
因みに、一般的な生産者は毎年15%くらいの割合で新樽を入れるようですが、ルロワ社ではすべての樽を新樽に入れ替えます。その方が品質を保てるからです。使い古した樽は樫の香りや味を消してしまうので、それを避けるために必ず新樽を用意するのです。
半年間ほど樽で眠らせたワインは瓶に移されます。
畑の土の滋味を膨らませる時間の中に没頭させるためです。
互いの体を寄せ合ってワインは眠るのです。
そして、その時が来るのを待ちます。
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第五話:ワインに聴く
『聴く、聞く、利く。ワインは言葉より心で味わって』
著者がマダムに招待された時の話が紹介されています。
それは特別な招待でした。
なんと、1933年から1990年までのシャンベルタン(ルロワ社のブランド)を味わい尽くすイベントだというのです。
これには驚きました。
58杯のワインを試飲するというのですから。
余程の覚悟で臨まなければなりません。
それに、粗相をしないように気をつけなければなりません。
酔っぱらうようでは参加する資格がないからです。
著者は気を引き締めて臨んだことでしょう。
マダムの言葉を胸に刻みながら。
「静かに静かにワインが語るのを聴きなさい。ワインが過ごしてきた歳月が、そこに幾層もの香りの襞を作り、空気に触れてのびやかに自らを解き放つのを聴きなさい。心で聴く人にだけワインは雄弁です」
当日、100人の招待客に特別なワインが振舞われたそうです。
う~ん、羨ましい。
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第六話:ワイン・エッセイ
著者による数々のエッセイが楽しめます。
それが終わると、『ルロワ・ワイン・メニュー』が紹介され、その後は、『ルロワ家の宝物』として、ワインこし器や18世紀の食器セットなどが紹介されます。そして、『ルロワが飲めるレストラン・ガイド』と続き、『マダムへのインタビュー』のページが始まります。
以上で本のご紹介を終わらせていただきますが、最後にもう一つ、マダムの至言を付け加えさせていただきます。
「ワインの90パーセントぐらいは、嗅覚でわかります。舌はそれを確認するだけです。舌は鼻で理解したこと(香り、匂い)が間違っていないかどうかを確認するために使うのです」
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作者をご紹介します。
(本の最後に記載されている著者紹介や訳者あとがきから抜粋)
1943年、札幌生まれです。
広告代理店・博報堂制作部でコピーライターとして働いたあと、フリーランスに転身。各社の広告、PR、記事企画制作を経て、(株)スターズコネクションを設立しています。
マダム・ルロワとは1983年以来の付き合いです。
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心に沁みる物語、
救ってくれた言葉、
ヒントを与えてくれたビジネスワード、
心を豊かにしてくれる写真と絵と文章、
そんな綺羅星のようなエッセンスが詰まった、
有名ではないけれどグッとくる本がいっぱいあります。
非定期にはなりますが、これから素敵な本をご紹介していきますので、ブックマークに登録していただき、楽しみにお待ちください。
✧ 光り輝く未来 ✧
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