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第9話 去る師、理(ことわり)を託す

人の命は露のごとし。朝に栄えて夕に消ゆるは、世の常のことわりなり。


天文二十四年、駿府の地にて――


松平元信、いまは今川家の婿となり、亀姫との縁を結び、名実ともに駿河の一員として遇せられて候。


されど、平穏なる日々、長くは続かざりけり。


その矢先にして届きしは、哀しき報せ。


――大原雪斎、重き病に臥す。


この一聞に、元信、色を失ひ、ただちに雪斎の在す寺へと駆けつけける。


香煙ただよう静寂の一間にて、横たはる老僧の姿、痩せ細りて息浅く、まるで風に揺るる灯火のごとし。


されど、その眼光いまだ曇らず。深き意志、命の奥より放たれてありける。


「……元信、よくぞ来たり」


「雪斎様……どうか、今はお休みを。われに出来ることあらば、何なりと……」


「……それを、伝へに呼びたり」


かすれたる声にて、雪斎、元信の手をしっかと握りしめ、続けて曰く。


「これより世は、大きく乱れん。いづれ今川、駿河を出で、尾張へ兵を進むる日もあらん」


「尾張には、若き獅子あり――織田信長」


この名に、元信、思はず息を呑みぬ。


雪斎、眼を閉ぢて、なおも語りける。


「信長は、まさしく“火”のごとき男なり。烈火のごとく燃え上がればこそ、尽きるときもまた早し」


「されば、その後にこそ、“秩序”を築く者の要あり」


「……それが、我にござるか」


元信の問いに、雪斎、力弱くうなづきぬ。


「そなたならば叶ふ。剣にあらず、血にあらず、理と心とをもって世を導くこと、必ずや成せん」


この言の葉、もはや遺託に等し。


やがて雪斎、ゆるりと瞼を閉ざし、声なき静けさに沈みける。


元信、その場にて深く頭を垂れ、言葉を発せず。


その夜更け――


寺のいらかの上、白き衣を風に靡かせ、ただ一人、星空を見つめてたたずむ影あり。


竹之内宗玄――その実、霊狐リクにてありける。


その目に映るは、燃え尽きんとする老僧の命の灯。


されど、その胸の奥に、確かなる確信あり。


(――炎は近い)


---


ひとつの智、ここに尽き、ひとつの志、次代に託されぬ。


歴史の風、今まさに吹き始めたり。


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