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第81話 家康の使者

時は天正十一年の晩夏、

羽柴筑前守秀吉、京を治め、天下の諸将を掌に収めしころなり。


されば秀吉、思ひ定めて曰く、


「都に近く、山に守られず、海に通ふ地――

 この大坂こそ、わが治天の根拠たるにふさはし」


とかねてよりの望みを形にすべく、石山本願寺の跡に、新城の築造を始められたりける。


その築城、尋常にあらず。

石は近国より運ばれ、城郭は天に届かんとし、堀は海と通じ、倉は黄金を貯え、その規模、信長の安土をも凌ぎたり。


城下の人々、口を噤みて見上げ、

「これぞ、陽の将の城なりけり」と恐れける。


その報、すぐに東国にも届きぬ。


されば、家康、ひとりの使者を選び、賀の意を添えて、大坂へと遣わされける。


折節、京より影のごとく来たりしは、一人の使者――霊狐〈リク〉にて候。


秀吉、金襖の座において、身を直す。

その姿、陣羽織の文様も光を帯び、顔に浮かぶは笑みにして、眼の奥には白き光――白虹はっこうを宿しおる。

ひとたび一瞥すれば、相手の腹中を見透かし、その肩を叩きて笑ふや、「斬るべし」と決するや、いづれかの道を選ぶものなり。


「さて、三河殿は、賀状を出されるや否や。

 貴殿はそれを取り次ぎに参られたか」


リク、座を正し、静かに言上仕る。


「左様にて候。三河殿、戦勝を祝い、賀の意をもたせられ候。されど、今は時節を見計らひ、いかに面目を保ちて臣下の礼を取るか、いと苦慮されておられ候」


秀吉、ふむと頷き、盃をひとつ傾けたり。


「家康殿、さすがは信長公の目に適ひし人物。

 無礼はせぬが、臆することもなかろう。

 ――だが、世のことわりは、時と共に変わるものぞ。いまや、我こそが日の本を束ね、戦乱を鎮めんとする者なり。その志、天に通ぜり」


言葉は柔らかにて、されど、その奥底には火のごとき決意をたぎらせており候。


リク、うなずきて曰く、


「それがしも、さる気配を感じておりまする。ゆゑに、今こそ交わすべきは、誓紙や贈物にあらず。誠と、まこと。――それのみと存じまする」


秀吉、しばし黙し、やがて笑みて曰く、


「おぬし、只者にあらずな。

 いずれまた、家康殿とも杯を交わす日が来よう。

 そのときまで――徳川の志を見届けるがよい」


リク、深く頭を垂れ、そのまま風のように庭より退きぬ。


黄金の座には秀吉ひとり、杯を静かに傾けつつ、東の空を見据えておりけり。


かくして――


日の本は、羽柴のもとに傾きつつありぬ。

徳川は未だ影の中にて、その時を待ち候。


されど風は知れり、嵐の兆し、いまだ絶えざるを。


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