第78話 賤ヶ岳の戦い
されば、世に名高き織田信長の妹にして、容姿端麗、聡明清楚の誉れ高きは、お市の方なり。
信長生前の時は、浅井長政に嫁ぎて三女をもうけ、
小谷の城落つる折には、三人の姫を携え、信長の許へと落ち延びたり。
されど時流は変じ、信長本能寺に斃れ、世は羽柴の手に移らんとする折、かの織田の旧臣にして、北ノ庄の城主、柴田修理亮勝家、織田家再興の意志に燃え、信長の妹・お市を正室に迎えたり。
お市、心のうちには亡き夫・長政への哀惜尽きざれど、「兄上の恩に報いん」との一念にて、勝家に嫁ぎぬ。
北ノ庄に迎えられしお市の傍らには、三人の姫――
すなはち、茶々・初・江の姉妹ありて、母と共に新たなる暮らしを始めたり。
その城にて、勝家とお市、平穏な日々をしばし過ごすも、天正十一年、羽柴筑前守秀吉、柴田を討たんと兵を挙ぐ。
これぞ後にいう、賤ヶ岳の戦いなり。
されば、勝家は尾山の軍を召し集め、前田利家・佐々成政を左右に従えて、美濃へ進軍せり。
これに対し、羽柴秀吉、いち早く大垣にて軍を構え、湖水の北、賤ヶ岳の峠にて決戦の陣を布く。
峠には風強く、四月の寒気なお残りて、松風さびしく木々を揺らす。
秀吉の陣には、加藤清正、福島正則、加藤嘉明ら、勇武の若者七名、世にいう「賤ヶ岳の七本槍」が列し、その剛槍は雷を裂き、空を穿つと謳われたり。
さるにても、戦の火蓋の落ちんとするその前夜、勝家方の先鋒・前田利家、いかなる胸中の変化か、突如兵を返し、戦線を離脱せり。
これを見たる諸将の士気、たちまち地に墜ちぬ。
勝家、歯噛みして怒りを隠すも、老いたる身にて戦勢を立て直す術なく、ただ鎧の袖を涙に濡らすばかり。
明けて四月二十一日、峠に霧たなびく未明の時刻、
羽柴軍、万雷のごとく鬨の声をあげて攻め寄せり。
「進めや、羽柴の兵ども、今ぞ天下を奪う刻なり!」
福島市松正則、先陣を切りて突撃す。
続く清正、嘉明ら、猛き槍を揃えて敵陣を穿つ。
戦は刻一刻と勝家に不利なり。
旗指物は倒れ、陣鼓の音は細まり、ついには総崩れとなりぬ。




