第71話 戦国時代への逆行
戦国の世に生きし武士の営みと申すは、つらつら思ひ量れば、まこと奇怪の極みにて候。
この時代には、文明も文化も、学問も道徳も、風の如くにあって風の如くに失せ、ただただ強き者こそが世を制し、弱き者は理もなく殺され、家財は奪われ、名もなく地に伏せしのみ。
かくて人は、もはや人にあらず。人間の道を捨て、獣の世にて生きねばならざりけり。
されど、ただ腕力にて強からんのみでは、この乱世、生き抜くこと能わず。
兵は、集いて軍を成し、時に謀り、時に退き、器をもて他を従へしものこそ、真の武士とならん。
思慮をもて群を導き、権を執る才なき者は、たとひ剛勇あれども、波の泡のごとく滅びなん。
さるほどに、この集団を支ふる才と申すもの、口にすれば一語にて尽きるも、
その実、千変万化、まことに底知れぬものでこそ候ひけれ。
されば、かかる才を備へ、力と理とを併せ持ちたる者こそ、英雄と称されける。
この意味においては、織田右府信長公こそ、まさに戦国の理想を身に具したる御方にてましませり。
されど、明智日向守光秀は、信長公の中にひそむ粗暴を忌み嫌ひ、つひにこの天下を、狂風怒濤の渦中へと投げ入れられけり。
理想とは、時として現実を裏切り、より深き悲惨の淵へ人を追ひやることもあるものぞ。
今度の変も、まさしくそれなりけり。
光秀が信長公を討ち取りしと聞こゆるや、大名も、町人も、百姓も、皆が皆、再び「乱世」の名を頭に呼び戻し、騒ぎ立ちける。
光秀の信望、信長の威に及ぶべくもなかりければ、
野伏や乱破は大刀を背にして蠢き始め、百姓どもは米を土に埋め、夜陰にまぎれて竹槍を磨きけり。
戦を請け負う土豪ら、根来の僧兵たちに至りては、
「時来たれり」と弾薬袋に鉄砲を添へて、主を待ちぬ。
また、落人を狙ふ追剥の輩、身を守らんと立ち上がる百姓兵、はたまた、領主の苛政に業を煮やし、今ぞ時と蓆旗を掲ぐる一揆の集――
善も悪も、私も公も、ことごとく己が思惑にて立ち上がりぬ。
かくて、天下はたちまちにして、誰が制せしも知れぬ混乱の淵に沈みける。
あはれ、この世の理も、道も、常も、すべては夢のごとし。
人の力も、志も、ただ波にさらはるる砂の城なり。




