第70話 信長と光秀
人の性の異なりは、時として、避ること能わぬ禍の門をひらくものなりけり。
信長公と光秀殿との間柄も、まこと、秀吉が信長に和し奉るが如き、心のひびき合ふことは、つひに叶はざりける。
信長公と申すは、天与の才に恵まれし、稀代の革命の士にてましませば、思慮に沈むよりは、雷のごとく一瞬にして物の本質を見抜き、詩人が花の一枝に天地を感じるが如く、鋭き感性をもて万機を断じ給ふ。
されど光秀殿は、まことその対極の人にてましませば、万事、道理をもて理を追ひ、浮世の愚かさ醜さを、あまねく身にしみて知る、知識と沈思の人なりけり。
彼が歩みし日々は、辛酸をなめつくし、人の世の穢土をくぐりぬけ、しかも、穢れたるこの世にて、なお生きねばならぬを知る。
ゆゑに、光秀よりは信長の行く末見えず、信長よりはまた、光秀の悩み、知る由もなし。
秀吉と申すは、いまや毛利の大軍を前に、勇みて戦功を誇り、その手柄、雲を突くが如し。
かくのごとくに、柴田勝家、滝川一益、羽柴秀吉、
みな織田家中に並ぶ四天王と呼ばれ、互いにその才を競ひける。
かの勝家は北陸の将として地を鎮め、一益は関東の総大将と定まり、秀吉は今また、中国の地に旗を翻し、実力にて大将の位を得たり。
ただ一人、光秀のみ、なお空しき惟任日向守の名をいただけど、官職も実地も備へず、つねに一歩遅れをとる。
あな口惜しや、あな悔しや。
その苦悶、光秀が細き神経を日夜削り、まどろむことも叶はず、夜を焦りて明かしけるは、疑ひなきことなり。




