第67話 信長、本能寺に入る
時に天正十年、初夏の頃――
織田右府信長公、甲州征伐を遂げられ、意気軒昂として尾張へ凱旋し給ふ。
諸国の大名、こぞりて首を垂れ、膝を屈し奉る。
「天下布武」の御志、今やまさに成就せんとする刻、世の空は静まり返り、ただ信長一人のために開けしが如くなりぬ。
その折しも、備中高松の城にて、毛利の武将・清水宗治、羽柴筑前守秀吉の大軍に水攻めを受け、城中ひしと囲まれ、兵糧尽き、危急存亡の時を迎えたり。
秀吉、事の急を憂いて京へ早馬を走らせ、主君に一書を奉る。
「敵、猶おびただしく、我が兵これを押し切るに難し。つつがなき後詰の御出馬、伏して願い奉り候」
この急報、ただちに本陣に届き、信長公、思案浅からず。
「然らば、余自ら中国へ下向し、これを鎮めん」
と、ついに出馬を決し給ひぬ。
ここにて、一命下される――
「明智十兵衛光秀、丹波亀山に兵を整へ、羽柴の後詰として速やかに中国へ向かふべし」
この仰せ、時ならぬことであり、またその響き、どこか不穏なるものを孕めり。
されど信長公、憂ひの色一つも見せ給はず、僅か百余騎を率い、御身一つにて京・本能寺へと入られたり。
寺には、森蘭丸・長谷川与次ら近習の者数十名ばかりにて、警固も手薄なれど、信長公はつとめて笑みを浮かべ給ふ。
「天下、今や我が掌中にあり。もはや何者か恐るべき」
と、心はすでに中国の先を見越し、さらには九州征伐の軍略を巡らし給ふ。
しかるにその夜半――
闇を割りて忍び寄る足音あり。明智十兵衛光秀、兵三万を率いて京へ迫る。
されば、運命の歯車、静かに、されど確かに回り始めたり。




