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第66話 家康上洛

時に天正十年、晩春の候。

徳川家康、三河より上洛して、安土の信長公に謁せられしは、天下草創の誉れと伝えられけり。


信長公、天主の間に家康を招き、自ら床几に端坐し、言葉少なに語り給う。


「この安土、わが望みて築かせし城にて候。

ただの軍陣の砦に非ず。天子の御世を下にて支ふる柱なり」


家康、ひざを正して拝し言ふ。


「そのご構想、誠に御為政の大成にて候。

されば、わが東国も、これに倣う所多くしてこそ、世は静まりまする」


信長、ふと笑みを浮かべて、


「さればそなたにこそ、天下の背を預けるがごとし」


と仰せられける。


---


この滞在の間、信長は家康に数々の珍宝を披露し、唐土の陶器、南蛮の時計、イスパニアの錫器、葡萄酒など、異国の品を手に取らせては、その文化の奥行きを語りける。


ある日、家康が「これは何ぞ」と問いたる異国の機械に、信長は自ら仕組みを解き明かし、歯車の動きを示し給うた。


「我は、武ばかりにあらず、文と技とをもこの手に掴まんと思う」


その眼差し、ただの将にあらず。

まさしく覇王の器量、見えてぞ恐ろしき。


---


またある日、安土の御膳にて――

信長、ふと箸を止めて家康に問いたまふ。


「三郎、そなたがもし、わしより先に世を去るならば、わしは誰と酒を交わすべきか」


家康、静かに頭を垂れて申す。


「その日があらば、我が魂魄は、日ノ本の隅にて、上様の行く末を見守り候」


信長、無言にして杯をかたむけ、杯中の月、さながら天下の映し絵のごとし。


---


そして、家康の安土滞在は、十日余りにて終わりぬ。


信長、自ら馬を駆りて見送りに出で、山道の分かれにて、家康の馬首を止めさせ、ただ一言。


「三郎――おぬしを、信じておる」


家康、深く拝して、


「この命、いずれ殿のため、惜しみ申さず」


と答えたるが、これぞ両雄最後の対面と成りにける。


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