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第55話 安土築城

時に天正三年の秋も末、世の風は、常に高き木を責むるものなり。

長篠の陣にて武田の大軍を撃ち破りし織田右府信長公、勝ちを得しその折こそ、返す刀の憂い深く、思いがけなき大敵を招くことと相成りける。


その名は越後の上杉謙信。されば謙信は、かつては京を望まず、春には信濃に兵を進め、秋には越の国へと引き返すを常とせし人なり。

その合戦、ただ戦を楽しむ芸術のごとく、己が兵法を世に試みる者なりけり。


されども今は違ふ。亡き武田信玄の子・勝頼、また落魄の将軍義昭、難を逃れし本願寺顕如までも、越の館に使を走らせ、謙信に助勢を乞いければ、その義心、奮ひ起こらぬはなし。

聖僧の如く清き日々を送り、酒を口にせず、女を近づけぬ孤高の将たる謙信、その気骨、義に篤く、まさしく地に現れし毘沙門天なりと、人の口々に申せし。


これに対し、右府信長公、憂いは尽きず。

「長篠の勝利、もしや水泡に帰すやもしれぬ」とて、京に上りても作戦を洩らさず、ただ静かに胸中に策を練り給ふ。


ある夜のこと、信長公、そっと明智日向守光秀を召して言ひ給ふ。


「光秀、そちに命ずる。安土に新城を築かん」


光秀、目を見張りつつ言上す。


「安土にては、かねて御構想の巨城にて候や?」


信長公、笑ひて曰く。


「いまさら定まりしことを問ふな。春の雪解けまでに住めるよう、直ちに縄張りせよ。奉行には丹羽五郎左をあてがふがよい」


光秀、ただちに平伏し、


「ははッ、御意にござりまする」


と、畏れつつ退きける。


信長公、最後に静かに語りぬ。


「謙信が動けば、毛利もまた来る。岐阜にては遅し。安土の地に築城するは、すなはち天下の動揺を見据えての事よ。意見は無用。すぐさま取り掛かれ」


さればこの安土築城こそ、上杉・毛利・本願寺の挟撃に備へし右府の大構えなり。


人の世の栄枯、風雲急を告げ、ここに織田の命運、次の一手に委ねられける。



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