第5話 葬に咲く覇気
人の世の栄枯、風の如く。
天文二十年の春、尾張・末森の城にて、織田家の主・信秀、病を得て没せり。齢四十有三。
今川・斎藤・北条と相争ひ、尾張下四郡を治めたる剛の者、その死は国を揺るがす風のごとし。
その跡を継ぐは、嫡男・吉法師。
いまだ十六にして、風変わり、奇行を好むとうつけの名を奉られし。
家中の老臣ら、面を曇らせ、胸中に不信の火ともしたる。
さて、信秀の葬送の日。
白香のかおり、寺に満ち、鐘の音も遠く流るるなか、ひとりの老僧、静かに姿を現しけり。
名をば、大雲和尚。
都にて学び、東国を遍歴したと自ら語るも、その目に宿るは獣のごとき鋭さ。
されど、これ真の姿にあらず。
竹千代を導きし霊狐リク、今は僧の装いを纏い、尾張に灯る炎の行方を見定めんと、葬儀の座に姿を現したるなり。
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経、読み終わり、香煙たなびくその時、吉法師――のちの信長、儀礼の衣をまとひて、一歩前に出たり。
その容、いかにも異質。
髪は乱れ、眼差しは伏せず、参列の者どもを射抜くように見渡したる。
「父はよう戦った。されど、わしは父とは違う道をゆく。誰かが尾張を変えねばならん。それなくしては、死者も生者も報われぬ」
その言葉に、ざわめきの声あがりし。
「若輩の分際にて……」と、言葉にせんとせし者あり。
されど、その目に射抜かれしとき、皆、言葉を呑みし。
恐れではなく、迷いでもなく、そこに宿れるは――確信なり。
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そのとき、大雲和尚、静かに立ち上がりて申したり。
「ご参列の諸賢に申す。人、死して名を遺すといえども、残る者に覚悟なければ、その名もまた風に消えましょう」
その声に、家臣らの目が和尚に注がる。
「この若者、ただのうつけにあらず。世に倦み、形を破り、正道を貫かんとする焔なり」
「恐るるなかれ、信長公を。恐るべきは、この者なき未来ぞ。此の者なかりせば、尾張はただ朽ち、灰となるのみ」
言葉、風となりて堂内を巡る。
やがてひとり、膝を折りぬ。続いてまたひとり、さらにまたひとり。
それは忠誠にあらず。然れど、見誤るまいとする、畏れに近き敬意。
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葬送ののち、信長、和尚の許に近づきて問う。
「貴僧、我に何を見たりや?」
大雲和尚、しばし眼を閉じ、やがて答へて曰く。
「焔を見申した。破壊の炎にあらず、焼け跡に道を開く、導きの火にて候」
信長、唇の端に微かなる笑みを浮かべ、低く呟きける。
「……火とは、消ゆるとき、一刹那にて尽きるものなり」
これに和尚、静かに頷きて申す。
「さればこそ、風を読む者こそ要るなり。その灯、消えぬやう、影より守りて候」
その言の葉を残し、大雲和尚――霊狐リクは、寺の裏手へと消え去りぬ。
以後、その姿を見た者、ひとりとしておらず。
されど、家臣らの心、なぜかその日を境にひとつとなりしと伝えらる。
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尾張に灯りし若き炎、やがて天下を焼き尽くす大業の礎となる。
そのはじめに、風のごとく、影のごとく寄り添いし白狐の策あり。