第46話 一乗谷攻め
元亀四年六月――
越前・一乗谷の山々、濃霧立ち込め、まるで亡霊の如き沈黙に包まれたり。
この谷を見下ろすは、上総介織田信長公。その御身には白き陣羽織、御目は冷然たる鋭き光を帯びたり。
その背後に控ふるは、柴田修理亮勝家、羽柴筑前守秀吉、丹羽五郎左衛門長秀、佐々内蔵助成政ら、いづれも名だたる将たちにて、威容揃ふ。
ここに、丹羽長秀、静かに一歩進み出でて申し上げる。
「殿、朝倉義景、未だ降らず。本丸に籠城致し候」
信長公、眼を細めて問ひ給ふ。
「残兵いかほどと申す?」
「およそ二千ばかり。されど、兵糧はすでに尽きかけて候」
信長、低く鼻を鳴らし、扇を開いて、谷の城下を指差し曰く。
「愚かなるかな義景よ。ならば、その心、焼き崩してくれよう。――火を放て」
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さて、その頃、一乗谷の本丸にありては――
義景公、城下に燃え広がる炎を、ただ呆然と見つめ給ふ。
「殿……信長は、我らを根絶やしに致すつもりにてござろう!」
かく叫ぶは家臣の一人、恐怖に駆られし声音なり。
義景、公達の言葉も耳に入らず、震える手にて刀の柄を強く握りしめ、ただ呟く。
「信長……かくまで冷酷な男であったか……」
脳裏をよぎるは、若かりし日々、尾張の野に立つ信長の姿。
野望に燃えし瞳と、あどけなき笑み――それはもはや遥かな夢の如し。
「狂うたか、信長……」
やがて、義景、公然と叫び給ふ。
「全軍、出陣せよ! 我が身をもって信長の首、討ち取らん!」
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かくて、朝倉義景、最後の奮起を以て、自ら軍を率ゐ、城門を打ち開かせたり。
迎ふるは織田の軍勢。
先陣には柴田勝家、剣を抜きて名乗りを上げる。
「朝倉義景、汝が命運、すでに尽きたり!」
義景、血走りし双眸を以て睨み返し、槍を構へて叫び給ふ。
「織田ごときが、この朝倉家を滅ぼすと思ふなよ!」
かくて両軍激突し、戦場は剣戟の響きに満たされぬ。
羽柴秀吉、左より回り込みて側面を衝き、佐々成政、馬を馳せて追撃を加へる。
義景の側近、次々と討ち果たされ、遂に義景ただ一人、山中の小屋に逃れしが、もはやこれまでと悟り、みづから命を絶ち給ひける。
かくして、名門朝倉家、ここに滅亡せり。
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その後、織田方の軍勢、一乗谷に入りて、戦後の処理に当たれり。
丹羽長秀、町を収めて乱民を鎮め、羽柴秀吉、遺民を保護して田畑の再興を図り、佐々成政、山々に逃れし残党を掃討し、谷の治安を回復せしめたり。
柴田勝家は義景の遺骸を改め、首を検し、信長公のもとへと送り届け、「敵将、討ち果たし申し候」と、戦勝の証を差し出せり。
信長公、これを受けて一言。
「是非もなし。されど、朝倉百年の威光、これにて絶えたりとは――哀れなるものよ」
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かくして、越前・一乗谷の名族は潰え、織田の威、北陸にまで及びたり。
世の無常、これに勝るものなし。
栄華を誇れども、心の弱きを抱きては、果ては風前の灯に等しきものと知るべし――。




