第36話 姉川の戦い
元亀元年(1570年)――越前・金ヶ崎
信長、京に戻るや否や、即ち軍の再編を命じ給ふ。
岐阜に使を走らせ、尾張・美濃の兵を招集し、さらに三河の家康に書を送りて、兵の結集を図りけり。
「この戦い、信長が生きるか、滅ぶかの境なり。
家康と我、心を一にしてこの逆賊を討たん」
信長、諸将を集めては、酒を注がず、静かなる言葉にて士気を燃え上がらせ給ふ。
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同年六月――近江国姉川の畔
信長、徳川家康と合流し、姉川を前に軍を展開し給ふ。
対すは、浅井・朝倉の連合軍。
義景の軍は北より来たり、長政の軍は小谷より出でて、川を挟んで睨み合いとなりにけり。
信長、地図を前に夜通し策を巡らし、家康に曰く。
「徳川殿は、朝倉を押さえ給へ。我が軍は、浅井の陣を突く」
かくして戦の構図、定まりぬ。
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決戦の朝――姉川
霧立ちこむ暁、太鼓の音、山を揺らす。
信長、馬に跨りて前線に立ち給ふ。
「長政よ、かつては義弟。今は敵。その首、討ちて天下の礎とせん」
織田の兵、馬を蹴立てて川を渡る。
徳川の兵もまた、朝倉軍と正面より激突す。
矢雨降り注ぎ、槍が唸り、姉川の水、赤く染まりぬ。
信長は軍の中を駆け巡り、兵を励まし、その眼差し、冷たき刃のごとく冴えわたれり。
やがて、浅井軍、持ちこたえられず崩れて混乱し、隊形乱れ、川を渡りきることもならずして次々に討たれぬ。
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これを見た義景、馬上にて拳を握り、歯を食いしばる。
その背よりは、朝倉宗滴の孫・景健らが叫びける。
「義景様、浅井殿が危ううございます! 援軍を――!」
されど、義景、黙して答へず。
その瞳、ただ姉川の向こうに燃え立つ火煙を見つめ給ふ。
(ここで我が軍動けば、織田の策に嵌まり、共に潰されん……)
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さればその折、突如として朝倉軍の背より狼煙上がる。
「敵襲! 織田軍、背後より現る!」
声に驚き振り返れば、山腹より織田の別動の旗、乱れ立ちて迫りくる。
義景、顔色を失ひ、声を振り絞りける。
「退け! 退けぇ! 背を討たるな――退けぇッ!」
されどその叫び、乱戦の喧騒に紛れて届かず、朝倉の兵らは右往左往し、川辺にて潰れ、道にて討たれ、次第に姿を失ひにけり。
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姉川の水は、朝に澄みしが、夕べには赤く染まりぬ。
その流れに浮かぶ甲冑の残骸、槍の折れ、幟の散りゆくさま、
まことに、戦の無常、尽くること無し。
かくして、織田・徳川の連合、浅井・朝倉を打ち破り、
信長、天下布武の号を、さらに確たるものとせり。




