第32話 高槻・青龍寺攻略
永禄十一年(1568年)――霜月の京にて
秋風冷たく吹きすさび、比叡の嶺に霧たなびくころ、織田上総介信長、足利義昭を奉じて洛中に入り給ふ。
御所は二条に据えられ、義昭、征夷大将軍に任ぜらる。
ここに室町の幕、ふたたび掲げられけれども、都の四囲には未だ反する者あり。
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そのひとつは、高槻の城に拠る和田 惟政なり。年は三十五、勇気剛直、摂津国衆を束ね、義昭将軍の御威光すら侮る者なり。
ここに信長、明智十兵衛光秀、ならびに滝川一益を召し寄せ、静かに曰く。
「光秀、一益、聞け。惟政、もし牙を剥かば、洛中の治安も、幕府の威も地に堕ちん。これを早く制せよ」
光秀、深く一礼し、ひとり呟きぬ。
「信長公の天下布武を盤石と為さんには、この一城、落とさずばなるまじ」
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夜もすがら、織田軍、高槻城を囲みて火を放ち、鬨の声高し。惟政、天守に立ちて兵の動きを見渡し、家臣を集めて言ひける。
「奴らの狙いは京なり。我らがここに踏みとどまらざれば、都は信長の掌中に落ちなん。死力を尽くして守り通せ!」
されど、既に織田方の調略、城内深くまで及びけり。
ある夜半、闇に紛れて内より門を開けし者あり。
「門が開いたぞ!」 「敵が、敵が城内に入りたり!」
惟政、奮戦し、三たび城門に討って出んとすれど、
つひに力尽き、城は火に包まれ、落ちにけり。
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また、同じ折、青龍寺の城には三好三人衆――長逸、政康、友通の三名、松永久秀と結び、京の将軍義昭を擁する信長に背き、兵を挙げたり。
ここに信長、再び軍議を開き、丹羽五郎長秀、柴田修理亮勝家、羽柴秀吉を召して曰く。
「三好ら、青龍寺に籠り、我らの動きを探る。
これを退かねば、将軍の政道も脆くなる。討て」
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織田の軍、山野に砦を築き、幾重にも城を包囲せり。
丹羽が兵、正面より矢を放ち、鼓を鳴らして押し寄せる。
その夜、秀吉は選びし兵を率いて、城の背後の断崖を登る。
「この山腹、守り手薄なり。ここぞ、攻め入る刻よ!」
夜陰に乗じて、秀吉の軍、城の奥を突き崩し、闇の中より突如現れたるは、まさに雷の如し。
「突撃せよ! 信長公のため、将軍のため!」
「織田軍じゃ! 城内に敵兵が……!」
三好友通、剣を抜きて奮戦すれど、四方を囲まれ、つひに討たれたり。
城内に火の手上がり、長逸・政康もまた遁れ去り、青龍寺の城、信長の軍門に落ちにける。
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かくして、都の敵勢ひとつひとつ崩れ落ち、信長の京支配、日に日に固まりぬ。
されど、三好の火、まだ阿波に燻り、久秀の心もまた、風のまにまに翻りぬ。
ああ、権は流れ、城は落つれども、
人の執心は、なお尽きることなし――