表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/84

第3話 竹千代、駿河へ向かう

風のまにまに時は流れ、世の乱れは収まらず。


栄華もまた、影を伴い、いくさの気は山野を満たす。


天文十八年、尾張と三河の境にて、安祥あんじょうと呼ばるる堅城に、戦の気配ひしひしと満ち満ちぬ。


この城を守るは、織田信秀の嫡子にて、名を信広と申す。


剛毅果断、策を好むも、その胸の裡には、異母弟・吉法師――のちの信長公への嫉妬とも羨望ともつかぬ、複雑なる想いを宿しおりし。


されば今、安祥城を取り巻くは、駿河の太守・今川義元の大軍なり。


その兵を統ぶるは、禅僧にして軍師、大原雪斎。


静かなるその目に、乱世の道理を読みとる智者にて候。


城攻めは日々に激しさを増し、矢は風に飛び、火は石垣を焦がしけれども、安祥の堅き守り、正面より破るべからず。


ここに雪斎、兵を引くふりをし、密かにある情報をもらしける。


――「松平竹千代、織田にあり。人質となりし」と。


この報せ、安祥の将・信広のもとへと届きける。


「父上が狙いたる小僧、まさか実に今川の手中にありとは……」


と、薄く笑みしが、すぐにその顔、陰りぬ。


「小僧を返せば、我が首が助かる道理はなし……」


かかる折――風のように現れしは、一人の風変わりなる旅僧、または文士の姿したる男。


その名を竹之内宗玄と称す。


されど、その真なる姿は――霊狐・リク。


千年を生きし神の使いにて、竹千代を影より守り続ける者なり。


宗玄、静かに席に座し、茶を所望せられ、柔らかなる声にて言の葉を紡ぎぬ。


「人質とは、ただの交換品にあらず。その使い方一つにて、国も、人の情けも動かせましょう」


「貴様……何者だ」


と、信広の目鋭くなれば、宗玄、笑みを浮かべて答ふ。


「ただの風を読む者にて候。されど、貴殿がここにて討たれなば、織田の家は乱れ、尾張の明日は見えませぬ」


信広、目を細めて曰く。


「それが、我にいかなる益をもたらすというか」


宗玄、なおも穏やかに曰く。


「混乱とは、火を呼びます。その火に、今、種火を灯しておけば、後に燃え上がる時、その始まりを知る者のみが消すこと叶いましょう。……吉法師殿が、大いなる焔となりし時にも、ですな」


その言葉、まるで未来を覗き見する者のごとし。


信広、言葉を失い、その夜、ついに城の門を開きけり。


ただひとつの条件にて――


松平竹千代との人質交換。


---


かくして竹千代、駿河の国・駿府へと向かうこと定まりぬ。


その輿のかたわらには、白き影ひとつ。


言わずもがな、霊狐リクなり。


「駿府は、そなたにとり牢にもなろう。されど同時に、学び舎ともなろうぞ」


「……わたしは戦いたくはありませぬ。ただ、この戦を終わらせたきのみ」


「ならば、剣など要らぬ。おぬしには、言葉と心という刃がある」


かくて、静かに交わされし誓いの言葉。


白き狐の目には、すでに織田、今川、松平の未来が交わり、ひとつの大きなる流れをなしていたり。


その流れの起こりを知る者、歴史の書にも記されず。


ただ一人――白狐リク。その策のもとにて、運命の車は、いよいよ転がり始めたり。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ