第25話 竹中半兵衛
そのころは、永禄七年の春のことなりけり。
美濃の国、稲葉山城にては、斎藤義龍、病に伏して二十四にして命を終え、跡を継ぎしは、若年の龍興と申す御方なりけり。
されど、若君なればこそ、政は乱れ、民は嘆き、国の威信は日に日に衰え行きける。
かたや、尾張の虎、織田上総介信長、これを見て、
「いまぞ美濃を討つ好機なり」と軍を整え、稲葉山城を目指して兵を進め給ひける。
稲葉山城と申すは、山深き険しき城なり。三方を谷に囲まれ、ただ一筋の道よりしか登ること能わざる。
されば、信長公といえども、これを正面より攻むるは困難と見て、しばし軍を引き、調略と経済封鎖に切り替えられたり。
そのころ、信長のもとに集いて働く者どもあり。
一人は、日焼けた面に野良着をまといし蜂須賀小六。
また一人は、痩せこけしが、目の奥に火を宿したる木下藤吉郎とぞ申す。
「藤吉郎、これなる策、信長様のご命令とや?」
と、小六、眉をひそめて問えば、
藤吉郎、にやと笑いて曰く、
「左様よ。正面からは攻め落とせぬゆえ、内より崩す。それが殿の御意向よ」
「言うは易し。あの稲葉山城を見よ。まことに堅固なるかな」
小六、木曽川の流れ越しにそそり立つ山城を見据え、嘆息せり。
しかるに、美濃の国中にて、ひときわ異彩を放ちし才子ありけり。
竹中半兵衛、年わずか二十一。風貌柔らかにして、志深く、文武兼備の士にて候。
この半兵衛、斎藤龍興の暗愚を憂え、かつて仕えし主に見切りをつけ、わずか十六騎にて、稲葉山城を奇襲し、これを乗っ取り給ふ。
されど天下を欲せしにあらず。
ただ、若君に思い知らせんとの示威の行動なり。
やがて、龍興、涙をもって謝罪し、非を認めしかば、半兵衛は潔く城を返し、身を退けて、故郷・不破郡菩提山の山中に籠もり、ひそかに静養の身となり給ひぬ。
然るに、世に才を惜しむ者あり。
それこそ、木下藤吉郎なりけり。
「稲葉山を、十六騎にて奪いし男よ。あやつこそ、我が夢に必要なり」
かくして藤吉郎、山深き不破の里を訪ね、半兵衛を誘いにまかり通る。
その語らい、いかにあったかは後のことにて候へど、
この出逢いこそ、のちの天下取りの一頁となりしものと、世には語り継がる。
ああ、時代は乱れ、人の才は野にあふれ、
剣よりも策をもって戦う者ども、風雲に乗じて名を上げ給ふ。