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第23話 足利義輝の最後

永禄八年五月の頃、洛中に冷雨ふりそそぎて、空は黒雲に閉ざされ、日の光すらも漏れざりけり。

その御所の周辺には、三好義継、松永久秀の軍、千余騎あまり、鬨の声ひそめて集いける。


松永弾正 久秀ひさひで、歳五十七にしてなお剣気衰えず、軍陣の高きに立ちて兵を見下ろし、義継に向かいて曰く、

「今宵こそ、世を裂く時に候ふ。義輝を除かざれば、天下はわが手に落ちぬ」


義継十六、未だ幼き面持ちにて、心定まらず。

「久秀殿……将軍を……討つと申すか」


久秀、眉ひとつ動かさずして、其の肩を強く押さえ、

「これはそなたが将とて下すべき命なれば、口惜しきも心を断たれよ」


義継、しばし唇を噛み締め、やがて震ゆる声にて命じける。

「……討て。足利義輝を……討て」


かくして、軍勢、御所を囲みて矢を放ち、門を破り、松永の兵、鉄火のごとく押し寄せたり。


時に将軍義輝卿、齢三十、御座所にありしが、すでに覚悟定まり給ひ、

太刀十余振を座中に並べ置き、敵近づくたびに取り替えては討ち伏せ給ふ。


その剣風、まことに雷霆のごとく、阿修羅のごとし。

血煙たちて、敵の首落つること幾度とも知れず。


されど、数には勝たず。

ついに一振の太刀を握りしめたまま、将軍、血の海に伏し給ひぬ。


久秀、静かに御座所に入りて、死屍を見下ろし、

「おお、剣の冴え、これほどなるか。されど、それにて乱世は収まらぬぞや」と、

冷笑を浮かべて申されけり。


将軍、未だ手に刀を握りしめ、指先はわずかに震えて見えければ、

久秀、ついにその首を討ち取らせ給ふ。


その時、刀の刃、血の池に沈みゆく音、静まりし御所にひときわ高く響きけり。


ああ無常や、帝の血を引き、将軍として京を守り給ひし義輝卿、

ついに奸臣の手にかかりて、むなしくその命を絶たれ給ふとは。


---


【足利義輝 辞世】


五月雨は 露か涙か 不如帰ほととぎす

我が名をあげよ 雲の上まで


---


これぞ、乱世に咲きて、剣とともに散りし将軍の哀れなる最期にて候。


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