第22話 将軍義輝と松永久秀
室町御所の廊下をば、足利義輝公、重き足取りにて進ませ給ひけり。
将軍としての威を保たんとはすれども、内心には焦りと絶望の炎、密かに燃え盛りぬ。
御所の奥なる納戸には、わずかなる米俵幾つか並べらるのみ。かつては京一円、さらには山城の租税もこの屋形に流れしに、今やその多く、三好長慶が掌中に収めたり。
されど、その三好長慶とて、磐石ならず。
讒言を信じて、弟・安宅冬康を誅し、これにて兄弟の絆は裂かれ、己が胸にも深き病根、しだいに広がりける。
かの讒言を操りし者こそ、松永久秀なり。
久秀、長慶の慈悲と迷ひを見抜き、その心の隙を衝いて策を弄し、冬康誅殺という毒手を用ひて、長慶の魂を折りしなり。
三好家の後継は、実休の嫡子・三好義継と定まりしかど、いまだ十六の童子にて、政を担ふ器には至らず。
実のところ、天下の梶は松永久秀が一手に握り、義継はただの影法師となりにけり。
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その夜のことなりき。
義輝公、御所の暗き一間に坐し、手に持つは名刀「千代金丸」。
代々将軍家に伝はりし霊剣にて、過ぎし世の足利の君たち、これを以て乱世を鎮め給ひしという。
義輝、その刃を見つめ、口にこそ出さねど、胸の内に思ひあり。
「かつての将軍たちは、この刃にて世を治めたり……されど、我にその力なしや」
無力の念、義輝の胸を締めつけ、やがて一つの影が脳裏を過る。
――松永久秀の、あの不気味なる笑みなり。
「久秀……貴様、この乱世を、己が手に収めんとするか」
そう呟きし時、御所の外より忍び寄る気配あり。
それは久秀の兵、御所の灯りを睨みつつ、隠密のごとく徘徊せり。
まるで、義輝の命の灯が尽きる刻を見届けんとする、影のごときなり。
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ああ、盛者必衰の理、将軍の御座に座すとも、風は背より吹きすさぶ。
武家の頂たる義輝公とて、乱世の潮流を防ぎきること能はず。
その夜、ただ一振りの刀が、古き威光の残照を映しておりける。