6話目
「失礼します。父さん」
「来たか」
「確認が終わった物はこちらへ置かせてもらいます」
日が沈み暗くなった、部屋のなか。父さんは、いまだ机の上で仕事をしていた。
「どうだった」
「不正はありませんでした。ですが、前回よりも多くお金が流れている所がありますが、気にしなくてもいいでしょう。裏どりはできています」
「そうか」
父さんはぶっきらぼうに返事をする。
昔から、会話が苦手な人なんだ。とはいえ、会話したくないというわけではなく、単純に苦手というだけなんだ。
なので、毎回俺のほうから会話を始めることとなる。
「話は変わりますが、魔力制御を行える可能性が見出せました」
「そうか。その割には、派手にやったな」
父さんは窓の外をみる。そこには、先日やらかした、庭が見えていた。大量のクレーターが作られており、歩くのすら危ない状況になっており、立ち入り近親の看板が立っている。
「魔導師の指示でしたので」
「そうか……なら、後始末はアレスの役目だな。どれだけ時間はかかってもいいから、元の状態に戻せ。人が必要なら、金は出そう」
「ありがとうございます!!」
父さんから、こんな褒美がもらえるとは……今の会話で父さんが伝えたかったのは、庭を好きにしていいということ。つまり、魔法の練習で使っていいということだ。
庭があんな様になってしまったから、魔法の練習は多少の制限を設けられてもおかしくないと思っていたんだけどな。
これなら、我慢せず練習ができる。
それに、これからは魔導師の修行も入ってくるから、広い場所がひつようだったのだ。
庭はそれに適しているので、許可をもらえてよかった。
「何か困っていることはあるか」
「いえ、特にないです。食事は、この前改善してもらいましたし、服に関しても十分にあります」
「そうか……」
するとなぜか父さんはしょんぼりしてしまっている。もしかしてこの太陽はダメだったのか?? なら何か、要望を伝えたほうがいいか……
だが、本当に困っていることは何もないんだよな。
俺が何かいう前に、メイドたちがどんどん改善していってしまうし、悪いところがあったとしても軽く言えば次の日にはなくなっている。
父さんにお願いする必要がないのだ。
だがら要望できることが……いや、一つあるな。
「教会に行かせていただきたいです」
「教会か? それなら母さんと行ってくるといい……心配だしな」
「……もしかして、まだ母さんに言ってないんですか?」
「どうにもな」
「ですが、もうそういうわけにはいかないでしょう。狙われているのは明白なんですから」
「私もそう言っている。しかし、護衛をつけるのはダメだとな」
「……護衛嫌いは、まだ続いてますか」
「昔からな」
母さんは、護衛が嫌いだ。それは過去に、護衛との事件があり、それ以降、護衛をつけることは許していないんだ。
それは屋敷全体に及んでいる。
だが、護衛がいない状態で何もしていないというわけではない。俺についているメイドのキャサリンは、戦うことができるため、護衛の意味も持たせている。
いや、この屋敷にいる使用人のほとんどが、戦うことができる。
しかし、そのことを表立って言うことはできないけどな。
もし、キャサリンが護衛も兼用してると母さんに伝われば、次の日には解雇されているだろう。
5年もの付いてくれた中であれ、すっぱりとな。
ただ、一つ言いたいのは、これは母さんの嫌がらせというわけではない。母さんは、安全のために、やっているのだ。
護衛という、力を持っている存在を近くに置かないということは「日常における最大の危険」を排除できると本気で思っている。
実際俺も、制御できない護衛は護衛ではないと思っているし、今まではそれでも何とかなっていた。
「最近メイドたちが役場を離れることが多いです」
「……トイレだ」
「そんなわけないというのはわかっています……知っているでしょう? 俺の目は特別だというのは。見えているんですよ、屋敷全体にかかっている結界が何度も破壊されているのは」
しかし、最近はそうもいって入れない事態になっている。母さんのことを狙っている組織がいるのだ。
それなのに、護衛がいないのだから、絶好の的になっている。今のうちに対策を打たないと、手遅れになるかもしれない。
「現状の最善は、魔導師に陰から見てもらうことです。幸い、近くにいますので」
「だから、魔導師を呼んだのか」
「それもあります。一番は魔力制御のためですが」
「・・・」
「もう動かなければいけない時期に入ってきているんです。使用人たちも戦えるとはいえ、身は細く力はない。本職に比べたら差は歴然です」
父さんが、板挟みになっているというのはわかっている。しかし、これを譲ることはできない。今まで見て見ぬふりをしていたことを、清算するときがきたんだ。
「この頃、メイドたちの厚着が増えてきた。中には、顔全体を覆っているものまでいる」
「・・・」
「結界が破壊される速度が早くなっている。敵が本腰を入れてきた証拠だ」
「・・・」
「何も対策を打たないことはできない。ここには母さんだけでなく、外部に見せれない重要な書類や本があるから」
「・・・」
「わからないんですか!! もう先延ばしにできる時はないんですよ!!」
俺も無理言っているというのは理解できている。この問題を何とかするには母さんの護衛恐怖症を何とかしなければいけないというのは。
「魔導師を陰ながら護衛するようにしよう」
「それだけではダメです」
魔導師というのは聖王国において、大きな意味を持っている。ゆえに、護衛に付くのはいいのだが……陰ながらでは、敵が来るのには変わりない。
大々的に、護衛であることを公表しないと終わりはないだろう。
「だが、魔導師にも事情はある」
「いえ、それは問題ありません。父さんが許可してくれたら解決します」
そう言い、俺は、懐に入れていた一枚の契約書を父さんに見せる。
「な! いつ契約したんだ!」
そこには、俺が言えば魔術師が母さんのことを護衛するように仕向けられるように書いてある。この契約書を魔導師に納得してもらうのは苦労した。
いや、契約自体は混乱しているときに、書いてもらったから簡単だったんだけどな。
そのあとの説明が、まあ、めんどくさかった。
ただ、それでも納得してもらえれたので、結果的にはよかっただろう。
「そんなことはどうでもいいです。許可するかしないか、それだけです」
「……保留だ」
父さんは賢い人だ。安定して領地を運営しているし、目立った不満はない。しかしそれは、平穏な時に限っての話だ。
重大な決断をするとき、父さんは判断を先送りにする。
そうすれば、今の日常は崩れないと本気で思っているからだ。でも、現実はそうはいかない。もう平穏から遠ざかろうとしているのだ。
「ここまでの契約金を用意することはできない上に、魔導師を住まわせる場所を用意することは難しいからな」
「それに関しては、すでに解決しています。先に渡した経理資料の中に、魔導師様に渡すお金を加えています。住まいに関しても、偶然、市街地に大きな空きができたので確保しています」
「そのような空きができるような状況ではなかったはずだが?」
「なんでもいいでしょう。今は、魔導師を動かせる状況にあるという方が重要です」
「……保留だ」
ダメか。
いや、わかっていたことだ。今までにも、同じように護衛をつけようとしていたが、そのすべてを却下されてしまった。
……今回は本気でお願いしたんだがな。それでもダメだったか。
「わかりました。また後日改めさせていただきます」
「ああ」
そういうと、部屋から出て自室に戻った。もう一度父さんに、お願いできるような方法を考えなければいけないからな。
俺は、紙とペンをだし、どうするべきか、もう一度考えてみる。
そもそも、改善しなければいけないのは母さんの護衛恐怖症だ。それは、守ってくれる人をそばに置く以外にも、守られていると思うことすらもダメらしい。
だから、いまは、メイドや、執事などに戦える人を紛らせている。その中には、筋肉をつけている人は少なく、本格的な襲撃には耐えることができないだろう。
つまり何とかしていかなければいけない。
しかし、俺が動けるようになってから、いろんなアプローチをしてきたが、そのすべてが失敗している。ゆえに、やり方を変えて、無理やり護衛をつける方向にしようと思ったが、父さんの許可が降りない。
現状俺にできることはないのだ。
もし俺に戦える程の、力があれば何とかなったのかもしれないが……先の修行を見るとそうも言えない。
「母さんを襲撃しようとしている組織がわかれば別の方法があるかもしれないが……」
全く見当がついていない。
しっぽすら出てこないのだから、どうしようもないのだ。
……なにか、なにか、手はないのか。
頭を抱え、次にやるべきことを考える。しかし、全く浮かばない。そもそも、簡単に思い浮かぶようなことはすでに試している。
この屋敷に張っている結界だって、父さんに提言して何とかやってもらったことなんだから。それなのに、今では簡単に壊されてしまっている。
「はぁー」
大きなため息をつき、今できることはないと再確認する。資金もない。権力もない。力もない。そんな俺にできることなんて、何もないんだから。
今はあきらめるしかないのだろうか? 時が解決してくれるのを待つことしかできないのだろうか?
いや、そんなはずないだろう。時がもたらすのは、破滅のみだ。
解決する気がない父さんに、任せるのは悪手でしかない。
「だが……」
俺は考え疲れ、ぼーっと庭を見る。そこは、ボロボロになってしまい、俺の修行場と化してしまった場所だ。
これから、魔法の練習をできると思うと、今の気持ちも少しは晴れてくれる。
そう思ったその時、目の先に見える、結界がひび割れた。
バキバキバキ!!!
「なにが起きている!」
大きく割れるような音が鳴る。それが結界が割れる前兆だというのはすぐに理解できた。しかし今までにここまで盛大に、早く割れることなんてなかったはずだ。
前に襲撃に来たときは、30分かけてゆっくりと突破されてしまったはず。
なのに、現状の状態になるまで……10秒もたっていない。
これでは、父さんや母さんを守る体制に入る時間がないぞ!!
「キャサリン! 襲撃が来る!」
「は!! すぐに、伝えてまいります!!」
「……いや、キャサリンは、魔導師を呼んできてくれ! 場所はわかってるな!」
「承知しました! しかし、アレス様の護衛から離れてしまいます!」
「別にいい! 早くいけ!」
今回の襲撃は、隠密に終わらせることができないだろう。それこそ、母さんに使用人たちが、護衛を兼用しているということがばれてしまうほどの規模だ。
だから、躊躇している暇はない。
俺は全力で走って、父さんの部屋に行く。
「父さん! 襲撃だ!」
いつもなら、ノックをして、返事があってからドアを開けるが、緊急事態なのでいきおいよく、無理やり開く。もしかしたら寝ているかもしれないが、そんなことは関係ない。
「あ、母さんもいたの! 早く逃げるよ!」
「ど、どうしたのアレスちゃん?」
父さんと母さんは、優雅にお酒を飲んでおり、顔がほてっている。
そのせいで、事態の理解ができていないみたいだ。
「結界が突破された! すでに敵が入り込んでいるかもしれない!」
「な、何! すぐに逃げるぞ!」
「どういうことなの??」
父さんは、さっき襲撃に対して相談したばかりなので理解が早いが、母さんはなんのことなのかわかっていないようだ。
「魔導師はキャサリンに呼んでもらってる!」
「ならそれまで耐えればいいな」
「いや、今回は敵も本腰入れている可能性があるから、耐えるのは難しいと思う」
「そ、それなら、逃げるか!」
そこで一度考える。本当に逃げた方がいいのかを。
敵がどれだけいるかわからないから、下手に逃げようとすると、反対に見つかってしまう可能性がある。
ただ、耐えるのはそれこそ難しい。
父さんも母さんも、簡単な魔法は使えるが、護身できるかといえば、無理と言わざるを得ない。俺も、杖がない状態では魔法は使えないからな。
ならどうすべきなのか……
「執事! 執事はどこにいるの!」
「今は、席を外してもらっている!」
「ならすぐによんで!」
「わ、わかった」
父さんは俺に言われた通りに、すぐに動いてくれる。これで、何とか耐えきれればいいんだが……なんとなくそうはいかない気がする。
もし敵がここに来たとき、対抗できるようにしておかないと……
「旦那様。遅くなり申し訳ございません、執事です」
「来たか。入れ!」
すると、執事が無事にこれたようだ。
服には、血が見えることから、敵を排除していたのだろう。しかし、ケガはしているように見えない。さすが、父さん直近の執事だ。
「現状を教えてくれ」
「かしこまりました。現在推定200名の敵勢力が入り込んでいます。しかし結界が早期に破壊されたため守りの体制に入れておらず、押されております」
「200人も?!」
どうすればいいんだよ。ていうか、敵の数多すぎないか? いつから、この町に入り込んでいた?
「敵は誰かわかる? もしどんな組織なのかわかれば対策が立てれるかもしれない。いや、さすがに、侵入者も隠してきてるか」
「いえ、鎧にしっかりと所属が書かれておりました。サース大商店の紋章が書かれておりました」
「ほんと?!」
サース大商店って、聖王国内で一番稼いでいる商店だよな。うちの領地にも、何店か出店していたはずだ。ならなんで攻めてきたんだ。
いや、そもそもなんで紋章をそのままにして、攻めてきているんだ??
そのままにしたら、攻めているのがばれるだけだと思うんだが。
「サース大商店か……」
「どうしたの父さん?」
「いや、暗い話が絶えない商店だからな。警戒はしていたがこんなことをしていたとは」
「でも、わざわざ店の紋章をそのままにして攻めてくるなんてことはなくない?」
「私たちを全員殺すつもりなのだろう。そうすれば紋章を見た人はいなくなる。それに、紋章を消すようなことはできなかったのだろう」
「なんで?」
「私が警戒していたからだ。もし紋章をつけていないものがあれば、すぐにわかる。それにしても、最近防具や武器の在庫が多くなっていると思っていたんだがな」
ッチ!
相手も今回が最後の襲撃だと思って攻めてきてるのか。
「ひとまず逃げることはできなくなった。200人もいるんじゃ、いつ敵に合うかわからない」
執事なら2、3人程度なら蹴散らしてくれるんだろうが、父さんと母さんと俺入れて3人ものお荷物がいては、満足に戦うことはできないだろう。
「父さんいい案はない?」
「この部屋には小型の結界を張ることができるようになっているから、それで何とか耐えるくらいだな」
「結界か……」
この屋敷の結界をあんな短時間で破ったということは、結界に対して何らかの対策を練ってるかもしれないから、あんまり信用できない。
ただ、ないよりはましだ。
「なら、籠城しよう」
「そうだな。私は結界を張ってくるぞ」
「お願い」
俺はこの部屋にはいられないように、対策でもするか。とはいっても、簡単なバリケードを張るだけだけどな。
近くにある棚を押して、扉の前に置く。中にたくさん本が入っていて重かったけど、毎日走っているおかげで何とか扉の前までは押すことができた。
あとは……あれをやるか。
「アレス、結界を貼れたぞ……なにをやっているんだ」
「ありがとう父さん。これは触らないでよ?」
「そんな不気味なものは触らんよ」
父さんが言っているのは、俺特製のトラップだ。効果があるかはわからないが、ないよりはマシだろう。
とはいえ、このトラップを使うときは、本当にやばい時なんだけどな。
「じゃあ、とりあえず体を休めよう。万が一逃げれるようにさ」
「そうですね。ただ、一か所に集まってもらえるとありがたいです」
「そうだね。バラバラになってたら守りにくいもんね」
ひとまず、侵入してこないであろう、窓側に体をよせて一息つく。
いつかはこうなるだろうなと思っていたが、さすがに疲れた。それに、護衛が執事の一人しかいないのが本当につらい。
あと一人でもいたら、逃げることもできたんだろうけど。
「ね、ねえ。どういうことなの」
すると、事態を把握しきれていない母さんが、困惑しながら聞いてきた。確かに、母さんだけは、この屋敷で起きていることについて知らないよな。
だって、父さんが情報を規制してたんだから。
だから父さんが説明してね。俺はそんな目線を父さんに浴びさせる。
こんな状態になって、俺が率先して動いているのだから、護衛のことから、今まで俺が父さんにお願いしてたことまで言わなくてはならないだろう。
そうじゃなないと、母さんは納得しない。
父さんは唾を飲み、覚悟を決めたみたいだ。もしかしたら、怒鳴られるだけではおさまらないかもしれないけど。
俺は、聞くに堪えないと判断して早々に、意識を別の場所に移す。
コツ、コツ、コツ
「父さん母さん静かに」
「ど、どうした」
「・・・」
母さんに怒られている最中、話をそらす絶好のチャンスだと、こちらを向いてくる。できればもっと緊張感を持ってほしいのだが、これは仕方ない。
しかし、俺はいつもよりも集中していた。
「執事、聞こえるよね?」
「えぇ、誰か来ますね。革靴の音ではないので、うちのものではないのは確かです」
「ならサース大商店か」
敵が来た。それだけで、この場の緊張感は最大まで上げられた。
コツコツコツ
コツコツコツ
コツコツコツ
「足音の数が多くなってます。そろそろ、着ますよ」
執事さんの予測通り、声が聞こえてきた。
「なんだ?? 人一人いねぇじゃねぇか!! 全員ぶち殺せるって言われたんだけどな!!」
「サース大商店のやろう、嘘言いやがったか!!」
「女はどこだよ!!」
酒で焼けて醜くなっている声を怒鳴り散らしながら、歩いている声が聞こえる。しかしその声のおかげで、使用人たちが無事であるということが、意図せず知ることができた。
籠城している手前、覚悟はしていたから、心の底から安心する。
だが、そんな安心も一瞬の出来事だった。
「おいおい一人いたじゃねぇか! おんぼろな爺さんがよ!」
一瞬息ができなくなった。
「最後まで殴ってきてよう。結構いたかったんだぜ?」
「何言ってやがるんだよ! 四肢切り落としてから殺したくせに!」
「わはははは!!」
「笑える!!」
この屋敷に執事以外の爺さんは……庭師しかいない。突然のことで、逃げ遅れてしまったのだろう。
それに、庭師は一人しか雇っていなかったから、知らず知らずのうちに、敵に囲まれてしまったのかもしれない。
考えるほど、目の前が真っ白になってくる。
もし、護衛がいればこんなことになっていなかったんじゃないかと、明確な後悔があるからこそ。
それは、父さんも同じようで、意気消沈していた。
「つかここか?」
だが、そんな時間はなくなった。敵が、この部屋に入ってこようとしているんだ。
俺は息を整えて、その時を待つ。いつでも動けるように。
「んじゃ開けるぞーー」
ドアノブが動く。ゆっくりと乱暴に。しかし、ドアをどれだけ押そうとも、開けることはできない。本棚でせき止められているからだ。
だが、無理やりガンガンと、強く開けようとしているとしているようで、少し隙間ができてきている。
これでは開けられるまで時間の問題だ。
今は待つことしかできない。
「なんかあかねぇんだけど? 壊しちゃわね?」
「いいねー! やっちまえ! やっちまえ!」
「よっしゃ! んじゃ行くぞ!! よっと!!」
すると、扉が強く押されたみたいで、穴が開いてしまった。
「お、ミッケ! いるじゃん!!」
「え、マジで! 見せろ見せろ!」
穴からは、複数の目が変わり替わりで見える。これから殺そうとしてきている相手の目は恐怖でしかない。だが、執事は冷静なようで、その穴に向かって、フォークを投げた。
「イッタァ!!」
「命中です」
その精度はすさまじく、小さい穴であったのにかかわらずしっかり、通過していた。しかし、それは、怒りの呼び水にしかならなかった。
「ぶっ殺してやる!!」
さっきまでは遊び半分みたいな雰囲気だったのに、扉への攻撃は過激になった。
何度も何度も、扉へぶつかり、いつでも壊れそうな雰囲気を醸し出している。それは間違っていなかったようで……
ドゴン!!
大きな音とともに、扉の枠ごと外れてしまった。そして、その勢いのまま、本棚も倒してしまった。
「おっしゃ!! 外れたぜ!!」
「殺す!!」
「行くぞ!!」
奥からぞろぞろと中に入ってくる。その数は、絶対に逃さないぞと言われているような数だった。
「逃げてください! 私が時間を稼ぎます!」
執事が前に出て、対抗しようとしてくれる。しかし、それ以上に前に出ちゃだめだ。
「後ろに下がって!」
俺の目には見えているんだ。この部屋に貼っている結界が。
範囲を絞っている分、屋敷に貼っている結界よりも強度が高くなっているが、内部からの刺激には弱くなっている。だから、前にいったらダメなんだ。
執事はそれを知らないようで、まえに行きそうになるが俺の声で戻ってきてくれる。
「何か策があるんでしょうか?」
「結界が貼ってあるから、少しの間は大丈夫。それよりも、どうやって逃げるか考えなきゃ」
俺は周りをみて、逃げれそうな場所を探す。しかし、安全に逃げれる場所はそうな、唯一、可能性があるのが窓であった。
俺たちの後ろに合って、母さんでも、逃げれる。
しかし、この部屋は3階にあり、窓の下には、何もない。
「私の魔法でなら、衝撃を逃れれるわ。窓から逃げましょ」
すると母さんが名案を出してくれた。
魔法のことはよくわからないが、逃げれるのであれば、採用する以外に手はない。
「そうしよう! 窓の外に敵はいる?」
「数人見張っているぞ」
「私を先におろしてくれれば、倒すことができます」
「わかった、なら、執事を先におろして、敵がいなくなったら、下に降りよう!」
作戦は決まった。あとは、実行するだけ。
しかし、タイムリミットは差し迫っていた。
ガンガン!!
後ろから大きな音が聞こえる。結界をたたいているんだ。
「おい! どういうことだよ!! 前に行けねぇぞ!」
「結界ってやつだ! 屋敷に入るときにもあっただろ!」
「なら、たたけば壊れるか?」
「よっしゃみんなでたたくぞ!」
持って5分か。
スムーズに進めば、逃げ切ることができるだろう。
「早く執事をおろして!」
「わかっているわ!」
執事は窓の外へと身を投げ出し、母さんが魔法で受け止める。よく見えないが、風が上へ吹いているのを感じる。
あとは、執事の合図が出るまでここで待つだけだ。
だが、事態は甘くないらしい。
「結界を破壊できるっていう道具を持って来たぞ!」
「マジか!!」
「おっしゃ!! 使おうぜ!!」
何やら、結界を破壊できるものを持ってしたらしい。それが真実であるのであれば……残されている時間は、もうないといっても過言ではないだろう。
何とかして、その道具を使わせないようにしなければいけない。
どうにかないか……
俺は当たりを見渡し、対抗できないか考える。
「そうだ……火の魔法って使える?」
「弱いのでよければ、私は使えるわね」
「なら、あそこにある本を燃やしてくれない? 少しでも足止めになればいいから」
「本を?」
すると母さんは父さんのことを見る。
「いいさ、今緊急事態だ。盛大に燃やしてやれ」
「ありがとうあなた」
うちは、愛読一家ともあって、本はものすごく大事にしている。ページが折れただけで、発狂ものだし、食事中には本を読まないように、徹底していたりもする。
それが、母さんを押しとどめたみたいだが、今はそんなことを行って入れない。
母さんは素早く魔力を生成し、火へと変換する。
「ファイア」
その掛け声とともに、火が母さんの目の前に出現し、本へと向かっていった。
この火で少しくらい混乱してくれないかと、ドキドキする。もし、何事もなく消火されてしまったら、結界が壊されてしまうかもしれないんだから。
そう思っていたのもつかの間、侵入者の出入りが多いのと、窓があいているのがいい作用をもたらしてくれたようで、本に火が付いた瞬間、燃え上がった!
すると瞬く間に、そばにあった本へと燃え移っていき、それは最終的に、ドアの前に倒れている本棚にまで移ったのだ。
「なんだこれ!!! 燃えてんぞ!!」
「やべぇやべぇ!! 逃げるぞ!!」
「押すな押すな!! 燃えてるから!!」
侵入者たちは、火におびえているようで、統率が乱れてしまい、結界の破壊どころか、逃げるものまで出てきてしまう。
このまま、逃げる時間を作れそうだな。
俺は、少しできた時間で、窓の外を見るとまだ執事が戦っていた。この様子だと、まだかかるだろう。
「逃げんなてめぇら!! 結界破壊する道具は持ってきた!! このまま、あいつら殺せばいい話だろ!」
だが、相手の中には根性があるやつがいたみたいだ。
そいつは、槍のように尖った物を持っており、それを結界へと突き立てる。その程度で、壊れるような結界じゃないと思うが、そうではないと俺の目が言っていた。
なぜかその槍から魔力の反応があるのだ。
「窓から降りる準備して!!」
「アレスはどうするんだ!!」
「すぐに逃げる!」
父さんと母さんは、窓枠に足をかけて、いつでも逃げれる態勢になった。そんな中俺は、槍から目を離さないよう前から顔を動かさない。
なぜなら……もう結界が壊れるからだ。
バキ!!
「な! 結界にヒビだと!」
さっきまでとは違い、槍を結界に突き立てただけで破られそうになっていることに、父さんが驚く。
バキバキ!!
大きな音とともに、結界が割れていき……バリン!!
結界が破壊された音が部屋の中に響く。それとともに、俺は大きな声を出す。
「逃げろ!!」
父さんと母さんは、間髪入れず窓から落ちていく。それはすぐに俺も一緒に落ちるという確信があったからこその行動だろう。だが、俺はこの場から動かない。
今逃げても、執事の負担が増えるだけだからだ。
であれば、ぎりぎりまで残ったほうがいい。それに、秘策はある!!
「おいおい!! 逃げずに残っちゃったのか!!」
「怖くなっちゃったかなーーー。まあその先にあるのは死だけだけどな!!」
侵入者たちは俺は逃げるのをあきらめたと思っているようだ。ゆっくりとこちらへ近づいてくる。しかし、その隙を見逃すほど、生ぬるい修羅場を通ってきた覚えはない。
「切り札は最後に使うもんだよ……」
全身に待機させていた魔力回路から魔力を生み出し、間髪入れず、全て放出する。
全身から、無差別に、制御せずだ。ここには守るべき人がいないからこそできること。侵入者は大量の魔力を浴び、魔力酔いとなる。
魔力酔いは、強烈な吐き気と、空間把握機能の低下を引き起こす。
つまり、最後の時間稼ぎだ!
「なんだこれ!」
「おろろろろろ」
「おいぶつかるなよ!!」
侵入者たちは、魔力酔いになりまっすぐ歩くことすらできなくなってしまっている。その間に、俺は窓の枠組みへ足をかけ、落ちるタイミングを見計らう。
だがその時! 一人の男が、こちらへ突撃してきた!!
結界を破壊する槍を持ってきた男だ!
「魔力にはおどろいたが、この程度で倒れるほど軟じゃないんだよ!!」
あまりの勢いに、俺は落ちることすらできない。
だが、まだ俺の切り札は終わっていない。
ボン!!
俺と男の間で、大きな爆発が起きた。それを皮切りに、部屋中から何度も爆発音が連鎖する。
「な、なんだこれ……グア!!」
この爆発音の正体は、魔石だ。
からの魔石に魔力を限界以上に込めると砕ける。なら、一瞬の間に、一気に魔力をこめればどうなるのか……爆発するのだ。
それも、鋭利な破片が飛び散るように。
男は破片に当たり勢いをそがれた。
侵入者が入る前に、設置しておいた魔石が役に立ってよかったな。もしかしたら置き損になるかもしれなかったんだから。
「じゃあね」
俺は窓から落ちる。3階からの落下だから、肝が冷えるが、下で母さんが待機しており、魔法で優しく受け止めてくれた。
しかし、悠長にする時間はない。すぐに飛び起き、周りを確認する。
「やばいな」
「何とかなりますよ」
俺たちの周りには、3人の侵入者がおり、全員戦う気満々だ。なのに、この中で戦えるのは、執事たった一人。
執事は勝つ気で満々だが……どう見ても、無理だろ。
そう思うが、考えている時間はない。侵入者たちが、攻撃してきたからだ。
「まあ、この程度ならどうにでもなるか」
俺は、父さんと母さんをよけながら、前に出て、攻撃してくる男の懐に入る。毎日の走り込みで、すばしっこくはなっているんでね!
だが、父さんはかばったよう見えたようで、悲壮感あふれる声をだす。
「アレス!!」
「大丈夫!! よいしょ!!」
「なんだこいつ!! 痛った!!」
俺は、男が持っている剣の柄を思いっきり蹴とばし、無力化させる。ただ、威力はなく武器を手放させることはできなかった。
子供である弊害だろう。
だが、前世では背も体重もない状態がデフォルトだったんでね! この程度は慣れているさ!
間髪入れず、今度は首めがけて手を伸ばす。
しかし、それはダメだと相手もわかったのか、思いっきり後ろへ下がり躱されてしまった。でも、これが狙いだ。
「執事! 今のうちにかたずけて!」
「かしこまりました」
さっきまでは3対1と負担が多かったせいで倒しきることはできなかったんだろう。だが、うちの執事は2人であれば、対処しきれる。
執事は一瞬で身体強化の魔法を使い、目にもとまらぬ速さで倒しきってしまった。
「坊ちゃんありがとうございます。あとは一人ですね」
「あとはお願いね」
はぁさすがに疲れてしまった。
俺は緊張が張り詰めた空間に長い時間いたせいで疲労がたまりすぎてしまったようだ。足元がおぼつかなくなっている。
とはいえ、もう後は逃げるだけだ。
「アレスちゃん!! 大丈夫? ケガはない!」
「え、うん、ないよ」
すると母さんは緊張が解けたのか、俺に抱きついてきた。さっきまでは、我慢していたのかな。
「もうあんなことしないで! 死んじゃうかと思って……」
「ははは、こんなところで死ぬ気はないよ」
「そうだぞアレス。もうこんな危険なことはするな」
「そうはいってもね。あれやらないと、執事の負担が増えたでしょ?」
「それは……そうだが」
まあでも、ひとまず全員無事でよかった。
「旦那様、談笑もそこまでにして逃げましょう。いつ敵が来るかわかりません」
そんな中でも執事はまだ周りを警戒している。
そうだよな。まだ、安全地帯に入ったというわけではない。気を緩めるには早すぎるんだ。
「父さんと母さんは大丈夫そう? すぐ逃げよう」
「大丈夫さ。ここ最近は動いた覚えはないがな」
「私も、散歩ぐらいしかしてないですね」
大丈夫そうか。多少無理させるかもしれないが、早く逃げよう。もし、侵入者に追いつかれでもしたら、それこそ死ぬしか運命はなくなるのだから。
「じゃあ、いこう!」
俺は気合入れて、一歩目を出す。だが、もう遅かったみたいだ。
「お! 見つけた……全員そろってんじゃねぇか!」
「さっきはよくもやってくれたな!! ぶっ殺してやる!!」
「火あぶりにしてやるぜ!!」
追いつかれてしまった。悠長にしすぎた? いや、こんな早く来られたならば、いつ逃げようとも、同じだったか。
「執事、援護する」
「いえ、坊ちゃんは下がってください」
俺は、残り少ない体力を、ひねり出し父さんと母さんの前に立つ。もう逃げることはできない、戦うことしかできないんだ。
魔力回路を作り魔力を3秒間生み出す。先のように、魔力酔いにでもさせられればいいが、ここは外だ。
魔力が、うまく相手に集まらず、軽い魔力酔いにしかならないだろう。それでは、意味がない。なら、どうすればいいのか?
「母さん杖持ってる?」
「短杖ならもってるわ。つかうの?」
「うん、頂戴」
俺は受け取った杖で魔法を使う。唯一使える魔法だ。
「変換 身体強化」
莫大な魔力をつぎ込むことしかできない。そのせいで、身体能力は何倍にも膨らむも、思い通りに動くことはできない様子は、無様としか言いようがない。
「執事、やっぱり父さんと母さんを守ってくれ」
「……かしこまりました」
執事はこれから俺がやろうとしていることがわかったのだろう。それゆえ、心配はせず後ろに下がった。
「おいおい!! 子供一人に任せるなんて、親失格だな!!」
「そもそも、子供に何ができるんだか!!」
「生贄か!! ありがたく受け取るよ!! まあ、全員殺すんだけどな!!」
俺は思いっきり息を吸う。
これからやることは、初めてではない。その時は屋敷が大変なことになったな。まあ、だからこそ、危険性を知っているんだけどな。
俺は、全力で足に力を入れ、踏み抜いた。走りはしない。ただ、吹き飛ぶだけ。
それを事象として命名するなら……肉弾丸だろう。
ドゴン!!!!!
目にもとまらぬ速さで、俺は吹き飛び、侵入者たちの腹に当たりながら、奥の壁と激突した。
「いったぁーー」
身体強化は体の耐久を高めるうえ、俺は『頑丈』の身体的特徴も持っているためこの程度で、ケガはしないが、それでも痛いのにはかわりない。
だが、それは俺に限った話。
激突した人たちは、あまりの衝撃に気を失ってしまったのだ。
「お、おい! なんだよあれ!!」
「やばいって!! さすがにあれは死ぬぞ!!」
侵入者たちは、何かわめき散らしているが、関係ない。ひとまずこいつら全員倒さないといけないのだから。
「んじゃ、もう一発行きますか……ってあれ?」
俺はもう一回吹き飛ぼうと足に力を入れようとしたところ、体から力が抜けていくような感覚に襲われる。
身体強化が解けたのだ。
本来であれば5分は持つはずなんだがな。もしかしたら、体のコンディションが悪くて、身体強化を維持できなかったのかもしれない。
「さすがにやばいな」
今俺は、敵の真ん中におり、執事たちとも離れている。
もう一度身体強化を使えばいいと思うかもしれないが……俺は今魔力回路を解いてしまっているから、それを起動させなければいけない。
そのうえ、魔力を生み出さなければならず、さらにその魔力を変換して身体強化しなければいけないのだ。
それをやりきるのに10秒はかかるだろう。
さらに言えば、魔力回路を起動しているとき走ることはできず、魔力が体の中にあるとき動くことができない。
もし動きでもしたら体の中からボン! だ。
つまり、絶体絶命。さすがにこの状況から無事に生還するのは無理があるだろ。それこそ奇跡が起きない限り。
「おわった……か?」
その時、目の前から風切り音が聞こえた。何事かとそちらを見ると、そこには見知った顔があった。
「帰還しました。お待たせしてしまい申し訳ございません」
「キャサリン!! 待っていたぞ!!」
「アレス様も大変でした様ですね」
キャサリンが戻ってきたんだ!
「すぐに動けるか?」
「ええ、命令があれば今すぐでも」
「なら、目の前の侵入者全員お願い」
「かしこまりました」
目の前から、キャサリンが消え、代わりにバタバタと音がし始めた。攻撃がはじまったのだ。この家で一番強いキャサリンの攻撃が。
「やばいな……さすがに強すぎる」
目で追うことはできないほどのスピードで走り回っている。それしかわからない。なんでそんなことができるのかって?
知らないさ。ただ、この屋敷が今まで侵入者に突破されなかったのはキャサリンがいたからなんだ。俺のように、ただ突っ込むことしかできないような移動ではなく、自由自在な移動がキャサリンの強さ。
実際に見るのは今回が初めてだが、すごすぎるな。
父さんが言うには、過去に『疾風の豹』なんて言われていたらしいが……それもうなずける。
そんなときのことであった。
俺はキャサリンを見ているあまり周囲の警戒ができておらず、敵の接近に気づけていなかった。
「死ね!!」
その失敗がわかったのは、敵が武器をふり下ろした時に発した大声だった。
油断しすぎた。
もうこの距離からでは回避することはできない。最小の被害で収めようと思うも、足が棒のようになっており、動くことすらできない。
終わった。
時が進むのが遅くなっていく。走馬灯のようだった。
だが、奇跡というのはもう一度俺を味方してくれたらしい。
「おいメイド何してやがる!! 坊主が死にかけてたぞ!!」
「ん??」
そこには、結界の魔法と攻撃する魔法を使っている魔導師の姿があった。キャサリンから少し遅れて付いたみたいだ。
「つうか坊主もぼーっとするな!! 死ぬぞ!!」
「そうみたいだね」
俺は、震えた足で父さんと母さんのそばに行き倒れる。さすがに疲れた。
「んじゃあ、俺はこのあたりの残党を殲滅するからな! 侯爵もいいだろ?」
「お願いする。徹底的にな」
「了解した!」
すると魔導師は、宙に浮かび、飛んで行ってしまった。
若干見下してたけど、あんなことできるんだな……知らなかった。
その後はなんの事件もなく終わった。死傷者1名の結果を残して。
【魔力だけはあるみたいですよ?~魔法は使えないようです~】を読んでいただきありがとうございます!!
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