2話目
目が覚める。
久しく寝ていた感覚が脳をよぎるが、そうではないとすぐに認識した。記憶がよみがえってきたのだ。
「転生ってこんな感覚なんだ」
一言でいえば、気持ち悪いな。自分の精神をゆがめられているよな感覚が、全身を駆け巡るんだ。しかし、不快感は少なく、これが摂理だと本能で理解できる。
だが、今までに味わったことがない感覚のせいで、もう一度味わいたいかと言われれば、すぐに首を横に振るだろう。
不快感はなくても、快楽ではないから。
とはいえ、転生できたのだ。
周りを見渡してみると、木の棒が連なっている籠のような場所に入れられていることがわかる。知識はないがこれが何なのかは予想ができる。多分だが、ベビーベッドというやつだろう。
体の下に引いてある、布切れが体を優しく包んでいる。そのせいで、眠気がささやいてくる。
「俺はまだ赤子なのか」
転生と言われて、予想はしていたが、俺は赤子になったらしい。
手のひらを見てみれば、小さく、ぷにぷにで、やわらかい。一人で動くことすらままならないような体だ。
だが、一つ違和感がむくむくと生えてくる。
「あ~、あ~、あ~。ちゃんと声が出ている……なんで喋れるんだ?」
赤子は、声帯が発達しておらず、喋ることはままならないはずだ。それこそ「あ~」という、意味のない声と「ぎゃーーー!!!」という泣き声くらいのはずだ。
なのに、俺は普通に……いや、それこそ美声で喋れている。
ん? 美声?
「そうか……『身体的特徴』はこの時点で、自覚できるほど発現しているのか」
てっきり、喋れるようになる小学生から『美声』を使えるようになるのかと思っていたんだけどな。想像以上だ。
なら、ほかにも選択した『身体的特徴』も適応されているのか?
考えるだけじゃわからないな。ひとまず試してみるしかない。
まずは……何から試せばいいんだ?
自分で取った覚えのある、『柔軟』『成長促進』『健康』は、確かめる手段がないしな。『頑丈』に関しても、自分からケガを負うようなことをするのは気が引ける。
赤子の体は簡単に壊れてしまうから、慎重になったほうがいいしな。
そう思うと、魔力系もいったん試さない方がいいか。何が起きるかわからない。だがそうなると、できることがないな?
「どうしようか……」
困り果ててしまう。今の自分にできることがないからだ。
それゆえに、何かしなければいけないという焦燥感にかられる。それはきっと、赤子という自衛手段がない体になっていることが、要因だろう。
いつ殺されるか、いつ飯がなくなるか。
そんな瀬戸際で生きてきたから、無意識に焦ってしまうのだ。
とはいえ、ここまで自己分析できたら、何をすればいいのかある程度見当がついてくる。
「ひとまず親を呼ぶか」
この体は赤子だ。なら、親に守ってもらうのは当たり前のことだ。
俺は加減をしらないゆえに、できるだけ大きな声をだそうと、思いっきり息を吸い、『美声』と『頑丈』によって強化された声帯を思いっきり震わせる。
「「「ギャーーーー!!!!!!!!!」」」
赤子らしく、泣き叫ぶために。
ただ、体力は全くなく、その声が出せたのは5秒にも満たなかったが、その間はこの部屋が揺れ動いたかと思うほどの声圧があっただろう。
それゆえか、すぐに扉の向こうから女の声が聞こえた。
「アレスちゃんどうしたの?!」
扉が勢いよく開けれる。そこにいるのは、若い女だった。しかし、乳は大きくなっており、子を生んでいるのは明白である。
多分だが、この女が母なのだろう。
「きゃきゃ」
俺の声が大きくて、驚かせてしまったのだろう。
ひとまず、落ち着かせるため、笑ってみた。
「はぁ……もう、びっくりしたじゃない」
母はそういいながらも、俺のパンツの中を見たり、乳を近づかせてみたりしている。
「何もないわね……ただ呼んだだけなの? 今は休憩中だから少し寝ててほしいわ」
「きゃきゃ!」
母は疲れているようで、目の下に薄くクマができている。
子育ては疲れると聞くが、顔色がここまで変わるとは……これは悪いことをしたな。もし元気なら、前世の記憶があるということを言おうと思ったが、今言ったら俺を守れるほどの体力がなくなってしまうかもしれない。
ひとまず、笑ってごまかしておこう。
「ていうか、キャサリンはどこに行ったのよ。子守りを任せていたはずじゃない」
あきれたため息をつきながら、部屋の外を見に行ってしまう。
本来はキャサリンという人がこの部屋にいるはずなのだろう。しかし、見る限りでは、そんな人影はいない。
「キャサリン!! どこにいるの!!」
母は、扉から大きな声でキャサリンを呼ぶ。
しかし、物音ひとつせずキャサリンという人は来ない。もしかして、さぼっているんじゃないかと、思ったその時……
「奥様どうかされましたか?」
「キャ、キャサリン?!」
母の後ろから、声が聞こえたのだ。
そのことに、俺と母は心臓が飛び跳ねるほど驚く。さっきまでそんな人影は一つなかったし……そのうえ、前世で暗殺を行っていた俺の認識をかいくぐって、現れたのだから。
俺自身、まだ赤子とはいえこの部屋の中であれば、そう簡単に目を欺かれるとは思ってもいなかった。
これが、アストロニアという世界か……思っていたよりも過酷な人生になりそうだな。
「突然後ろにあらわれないでって何度も言っているでしょ!」
「癖でございまして、申し訳ございません」
「次からはやめなさいねってそうじゃなくて! あなたはどこに行っていたの! アレスちゃんが泣いていたのに、いなかったわよね!」
「少々雑用が入ってしまいまして」
「その雑用と、アレスちゃんはどっちのほうが大切なの! アレスちゃんでしょ!」
「申し訳ございません」
キャサリンという、細身の女性は母に平謝りしている。
「次同じようなことがあったら、やめさせるわよ! わかったかしら!」
そういうと、母は強く足音を鳴らしながら、どこかへ行ってしまった。休憩していたのに、悪いことしたな……
そんな中キャサリンは、俺に近づいてきてぼそっと喋った。
「……殺し屋たちの対処は大変ですね。私が怒られてしまいました」
殺し屋?! もしかして、俺殺されそうになってたの?!
転生してまだ半日も立っていたいというのに、過酷な日常の旋律が見え隠れしていることを、恐怖する。
「旦那様に護衛の数を増やすよう、言ったほうがいいかもしれないですね」
キャサリンの目を見てみると、光を反射させないほど真っ黒な闇が見えた。前世での上司を思い出す目だ。
てか、俺のことを世話する人かと思っていたけど、護衛だったのかよ。
そう思うと、キャサリンのことを責めることはできない。
「アレス様も少しおとなしくしていてほしいものです」
「きゃきゃ!」
キャサリンが俺の頭をなでる。優しく包み込むようで、強く触れば崩れる物を触るよう気を使っていることがわかる。仕事には忠実だし、俺に愛もあるようだ。第一印象とは全然違うな。
そう思い、近づいたキャサリンの手を見てみると……今まで見たことがないように青い線が見えた。手全体に薄く3本の線が見えるんだ。
血管かと思ったが、違うとなんとなくわかる。
なら、この青い線は何なのか?
「どうしましたか? 私の手を触ってもなにもありませんよ?」
キャサリンの手をつかみ正体を探ってみる。ひとまず、触ってみよう。
すると、そこに何かがあるような、感触はせず青く塗ってあるだけと言われたら信じる感覚だ。だが、そのとき、キャサリンが大きな声をだした。
「きゃ! 何するんですかアレン様!」
「???」
青い線を触っただけなのに、なぜか怒られてしまった。
もしかして触ったらダメなのか? そう思い、改めてキャサリンの手を見てみる。すると青い線は、なくなっており、落とした絵の具のように、青が手のひらに飛び散っている。
「油断していたとはいえ、魔力回路は触るものじゃないです……て、何を言ってるんですか。たまたまふれてしまっただけに決まっているでしょう」
「きゃう?」
魔力回路といったのか? もしかして、青い線のようなものは、魔力回路だったのか。確かに、魔力回路は触れれるものじゃないらしいが……実際はこういうものなんだ。
興味が出て、キャサリンの手をよく見てみる。すると、雲散していた青は薄くなり、反対に、さっきまで魔力回路があった場所に、再度魔力回路が出てきた。
「魔力回路を再構築するのは疲れるんですよ?」
へー、今のは魔力回路を新しく作ったんだ。
もしかして、自分で魔力回路を作らないと魔法って使えないのかな?
自分の腕を上げて、手のひらを見てみる。そこには、キャサリンとは違い青い線はない。
……そうだ! 自分で作ってみるか!
キャサリンがやったのを見ても、危なさそうではないしやってみる価値はあるんじゃないのだろうか? ただ、魔力回路と作る方法がわからないんだよな。
ふん! 出てこい!
手に力を入れて、魔力回路を作れないか試してみる。しかし、そんなんじゃ作れないらしく、うんともすんとも言わない。
まあ、そりゃあそうだよな。
誰にも教えてもらっていない状態で、できるわけがないよな。とはいえ、あきらめるのはなんか癪だな。
どうしたものか……って、あれ?
手に青い線が出てる。
よく見ないとわからないほど薄い青だけどでている! やった!!
ただ、この魔力回路すっごい薄いな。キャサリンの魔力回路の色が10だとしたら、1にも見たいないほどだ。もしかして、やり方が違うのかな?
もっと工夫しなくちゃいけなさそうだ。
【魔力だけはあるみたいですよ?~魔法は使えないようです~】を読んでいただきありがとうございます!!
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