第86話 逃走
「急いでここから離れましょう。」
ナックルは理事長と校長を連れて出来る限り郊外へ逃げ始めた。
「つまり、もうすぐホッ・カイドウを滅ぼした魔法、天使の涙が発動されると?」
「あぁ、そうだ。」
校長の言葉にナックルが走りながら頷いた。
「やはり、狙いはグレイさんとメジロさんですか。」
ナックルに連れられながら理事長はつぶやいた。
「どうかしましたか?」
「いや、続けてくれ。」
「それでグレイとフィオナ、それにメジロさんで魔法を受けて結界で守る。」
「正気か?」
ナックルの口から発せられたまさかの言葉に理事長が反応した。
「逃げてもミカエルは対象を排除するまで追いかけてくるんだから。」
「とりあえず、私たちにできるのは祈ることだけでしょうね。」
校長がそう言った。
「ところでセツシートに来ていた人達は?」
ナックルが走る理事長達に向かって聞いた。
「他の方たちは馬車などで先に逃げてもらいました。私たちはグレイさんたちに図書館の鍵を渡すために残っていたのです。」
「図書館の鍵?」
ナックルが喋る理事長に向かって聞き直した。
「ええ、セツシート大学の保有する貴重な資料です。」
「どんなものなんです?」
「古代の先人の書いたホッ・カイドウが神に滅ぼされる時の観察日記ですよ。」
ナックルは自分が生徒の時そんなものあったかな、と思い出していた。
「ナックルさんが生徒の時にはすでに奥にしまわれていたので知らなくて当然です。歴代の理事長に受け継がれてきた書庫の鍵ですよ。」
「そんな大事な鍵を渡してよかったんですか?」
昔からずっと保管され続けていた鍵。
そんな大切なものを生徒に渡してしまって良かったのだろうか。
「神が出てきた今こそ使う時ですよ。」
「なるほどな。役に立つといいな。」
ナックルもグレイたちの身を案じて言った。
「きっと役に立ちますよ。あの書物は。」
理事長も走りながらそう穏やかな声で言った。
「もうすぐ一時間が経つわね。」
目白さんが魔法障壁を作る俺たちに向けて言った。
「調子はどうなの?」
「なかなかです。まだ天使の涙を経験したことがないので何とも言えませんが。」
一夜にしてこの世界の五分の一の面積を誇る都市。
ホッ・カイドウを完全に海に沈めた魔法。
この世で生き残った人は記録上にはない。
「そう。」
目白さんが魔法陣の最終確認をしながら言った。
「正直これで守れると思うか?」
俺と同じように魔法障壁を作っているフィオナに聞いた。
「どうでしょうか。でも、守る守らないじゃなくて守り切らないといけませんから。」
とフィオナが言った瞬間、上空でドンっと大きな音が響いた。
「ついに起きたか。ミカエル。」
ミカエルの周りにあった白い結界のようなものがパラパラと散って行った。
そこにはつい一時間ほど前までいた天使ミカエルだった。
「どこまで通じるかは分からないけどやって見ましょう。」
フィオナが魔法障壁に魔力を注ぎながら言った。
「対象の増加を確認。全員まとめて排除を試みる。」
ミカエルは右手を大きく振り上げ魔法を作り出した。
今まで見てきた中で最も多い魔力が放出されていた。
「最終術式、完遂。最終破壊行動『天使の涙』
その瞬間、辺りが真っ白に光り輝いた。
そして、目白さんの作った魔法障壁はいとも簡単に破られ俺とフィオナの作った結界にのしかかった。
「クソッ、何でこんなに重たいんだよ!」
気を抜いたらすぐに押し負けそうなほどの威力だった。
「兄さん!こっちはもうダメかもです!」
結界を維持していたフィオナがそう言った。
「耐えろ!耐えるんだ!」
そう言った瞬間、魔法が止まった。
「今度はなに?」
未だ上空にいるミカエルの方を見て目白さんが言った。
「対象の排除に失敗。結果を元に魔力の再構築を行う。」
ミカエルは機械的にそう言いながら再び魔法を組み直し始めた。
「まずい、今は結界が!」
目白さんの作った魔法陣は、天使の涙の威力に破壊された。
俺とフィオナの魔法障壁も発動する事は体の疲労を考えて不可能に近いだろう。
「グレイ!とりあえずは逃げるわよ!」
目白さんが走りながら俺にそう指示した。
ミカエルはおそらく俺たちを殺すまで追って来るだろう。
しかし、今は時間が必要だ。
何か策を練るための時間が。
「フィオナも行くぞ!」
そう言ってミカエルが魔法を再構築している間に俺たちはその場から離れた。




