#i don't care(蟻琴ロニは爆弾こわいらしい)
また余計な事をしてしまった、と"彼女"は思った。
多くの人間が自分を見ている。それだけで、頭が痛くなるほどなのに、こんなに派手にやらかしてしまっては、悪目立ちするではないか。
わざわざこの力を隠して、ここに来たのに。
「はぁ」
ため息を砂埃に吐いて、風で乱れた自身の紙を手櫛で直す。
様々な感情を含んだ視線。それが余計に気持ちを悪くさせて、鼓動を早める。
なんで、なんでこんな事になるんだろう。
あたしはただ、落ち着きたかっただけなのに。
あの不良男に絡まれていた女に惚けた視線を向けられながら、踵を返す。やはりここは自分の来るべき場所じゃなかった。
「……帰ろう」
亜麻色の髪を春の風景にたなびかせて彼女――金糸文は春に舞う。桜の花びりを踏まないように、風に乗りながら、卯月の調べを奏でつつ。
[###]
教室に戻ったら誰かの好感度を級友に教えていたロニが俺を見てニヤリと笑った。
「渓國くんのその顔、察するにメニューに現れた爆弾アイコンについて聞きたいようだね。安心しな、爆弾は怖くないぜ」
「開口一番うざいな」
ロニの様子から見て、やっぱりあれは爆弾アイコンで間違いないらしい。つまるところ、俺は金糸文の爆弾を処理しないといけないのか。
話した事ないし、興味もないと思ってたが。
「ロニ、ようやく爆弾アイコンが出たんだ。こいつについて教えてくれ」
ロールの説明は基本的にマニュアルに記載されているため俺も目を通しているが、運営側の人間がせっかく居るので説明をちゃんと聞きたい。
空いていたロニの隣の席に座って尋ねる。
「ぼくが持ってるロール説明には、爆弾処理班はこう書いてあったよ。
"爆弾アイコンが付いたユーザーは何かしら問題を抱えています"
"なので、スーパーゼノが当該ユーザーの問題解決になるように、システム側でサポートします"
だって」
その辺は知ってる。
俺的にはもっと具体的にどういう挙動になるとか、変化があるとかの方だ。
「ふうむ。それはぼくには情報提供されてないな……一応、資料には"爆弾アイコンが出ると、仕様上、対象ユーザー以外ともサポート機能が発生するかも"って書いてあるけど、この機能がどんなもんかはサッパリだね。まあ、対象の女の子とイチャコラ出来るって事には変わりないし、実際に仲良くしに行けばいいんじゃね――あ、バトロワマップ以外とかで死んじゃったりすると、ロールが起動されなくなる不具合あるみたいだから、気を付けてね。この学園じゃ死ぬ事ないだろうけど」
聞いた内容からは大した事は判明しなかったが、要は金糸と接触し易くなったというのが分かってきた。向こうのパーソナルな部分は不明だけども、とりあえずは声を掛けるなりすれば、後はスーパーゼノの方がサポートしてくれると。
ふむ。しかし、金糸と仲良くなる、か。
「……あの顔ならざっと100万は固いか」
「んん? なんの話してる?」
金糸はぱっと見ヤンキー目だが、客観的にもなかなかの容姿をしており、兎としての適性はまだ未知数だが、需要はあるタイプの人材。慣らせばエース級に……ああいや、それはそれとして、いきなり金糸とイチャコラし易くなるって言われてもピンと来ないのが本音で、そもそも、どこに行けば会えるのか。フレンドになれば居場所は知れるが、日常全く顔を合わせないので、コンタクトを取る手段がない。
まずはやつの身内から当たってかないとか……時間がかかりそうだ。
「まあ、ロールってのはさ、学園モノのなりきりマテリアルなんだよ。硬く考えずあんま気にせず生活してればいいさ」
ロニが言う。
「そんなもんか」
「ああ、所詮ゲームなんだしな。フラグを立てようなんぞ肩肘張らず、気軽に構えてなって」
それもそうなんだろうが、生活費もあるので早目に行動はしたいのが本音なんだが……こいつに言っても仕方ないか。
「分かった。なるべく自然に接触を試みる……ちなみになんだが、金糸のあの異能については情報あるか?」
俺の言葉にロニは自分のホロディスプレイで何か別の資料を見ながら答える。バイトとは言え、色んなのを持たされてるんだな。
「あー、能力のマスカレード的なやつ? なんていうのかな、違うサーバーで使ってた力を無理矢理このサーバーでも使えるようにする、そんな便利機能があるんだよ」
「アイテムか何かなのか」
「物理的なアイテムとは違うかも。恐らく条件に合致すると発動するみたいな感じかな? 詳しくは本人に聞いてみそ」
そうするか。話のネタになるならいい――と、思った矢先であった。
ロニがいきなり椅子からがたっと立ち上がった。
なんだそんな勢い良く。
俺も振り向く。
「カカカカカカナブンがぼくの机に来たぁあ!!」
どうやら虫が自分の机に襲来したらしい。当然仮想上の虫であるが、割と苦手な人はびびる感じである。それにしてもロニのやつはびびりすぎだろ。
「ぼ、ぼくは甲殻類ならともかく、爬虫類はヤモリか西アフリカトカゲモドキくらいしか真面に見れないんだよ! いいぃカナブンやだあぁぁあ!」
「落ち着けロニ」
年甲斐なくマジなテンションで騒ぎ立てるロニ。そう言えばこいつ、昔から虫は大の苦手なんだっけか――って
「あんなのに落ち着いてられる人類なんぞいるかい! 早くそいつを殺」
「カナブンは昆虫類だ」
「知るかあぁぁぁ!」
ロニが近くの机くっ付いてしまったカナブンを避けようと身体を動かした、その瞬間、椅子に足を引っ掛けて俺目掛けて倒れ込んできた……って、ちょっ、何この物理法則は……! このままだと俺まで巻き添えに
「な、渓國くうううぅん!」
ドンガラガッシャーン。
甲高い音と物が倒れる音が鳴って、場は静まる。同時に身体に走る衝撃に顔を顰め、息を吐く。仮想だから全然痛くはないけど、なんだか「いてぇ」と言ってしまう感じのシチュエーション。
「……ったく、だから落ち着けと……ん?」
目を開けてみると、そこは真っ暗であった。心拍数上がり過ぎて強制ログアウトさせられたか? いや、厳密に言えば薄ら陽の光は入って来てるし、まだこれは学園の中……なんだここは。
横を向いてみる。
「…………」
純白パンツ(リボン付き)が見えた。
なるほどな。
俺はパンツの見える空間にいるらしい。
「母なーる、大地の、ふーとーころに」
「いてて、全く酷い目に……ん、なんか下半身から大地讃頌が聞こえてくるんだけど!」
どう言う訳か、俺の頭はロニのスカートの中にあった。
それなりに経験のある俺でも、このシチュエーションは初だな。
参考にしよう。
「渓國くん!? なななんで人のスカートの中に顔突っ込んで大地讃頌歌ってんの!?」
「旅立ちの日の方が良かったか」
「いやいやいや! 白い光の中に山並みを萌えられても困るよ! ってか何その卒業式メドレー! 何を卒業しようとしてるの! いいから早く出、って、あ、こ、こら、国歌斉唱するな! ここは体育館じゃないんだぞ!」
歌は自信がある訳じゃないが、暗闇だと気持ちが落ち着くせいか、自然と歌を口ずさんでしまう俺なのだが、いやはや、スカートの中って寝心地良いな……太ももの上に顔があるから当たり前だけど。
「すまなかったロニ。金は後で払う」
「何のだ! 別に料金貰ってスカートの中に入れた訳じゃないぞ! いいから早く出てくれ! 君の息が変なところにあたって……その……」
「みなまで言うな。BANされるぞ」
なんだかロニがもぞもぞしてるので察して外に出てやる。明るくなる視界。やはり#リアルは肌感が違うのを実感する。
いやそれよりも。
「なんなんだ、今の倒れ方は。随分と無理矢理な感じだったが……まるで都合の良いラッキースケベのような――」
言ってハッとする。
そうだ、ラッキースケベ。つまり、漫画的かつアニメ的な制作側の発生させるお決まり展開。
もしかすると、これは。
「ロニ。今気付いたんだが」
「はぁもう、なんでぼくがこんな事ばっか。なにさ渓國くん」
疲れ果ててスカートの裾を直し、立ち上がろうとしたロニ。
そんなロニに俺は背中を指差して言ったやった。
「お前の背後にさっきのカナブンが止まってる」
「え、え、ええぇえええええ!! 取って取って取ってええぇ!」
再び激しい悲鳴を叫びながら暴れ回るロニが、俺に突進して来て、
「わあぁああ! またかぁああ!」
再び衝突した。変な方向に倒れる体。のしかかる重い衝撃に、ゆっくり目を開ける。
「んん、もうまた渓國くんとぶつかってしまっ――ん!?」
そして見える俺の上に乗っかる、ロニの姿。
流石と言うべきだろうか、ちゃんと下半身にロニの顔があった。
「……今度はこっちのパターンか」
「おいいい! なにを冷静に分析――んんん!? なんか今変な感覚が顔に! ほんのりあったかい何かがぼくの頬に! あ、ばか! 今ちょっと押し付けたよな!? いくら君だからと言ってそれはハラスメント警告す、こら器用に動かすなぁあ!」
虫が背中に止まってると言った時よりも喚いてるロニを見ながら一人納得する。これが先ほど言ってた、爆弾アイコン出現時の挙動、つまり、これがスーパーゼノが起こした他のユーザーにも適用されてしまうというサポート機能。
な、なるほど。ラッキースケベ機能とは恐ろしいモノを手に入れてしまったな。
「これがあれば、より詳細な兎の情報を得られる可能性もあるな。間違っても死ぬのは勘弁……あ、ロニ、虫が背中にいるってのは嘘だ。ちょっとラッキースケベが発動するか試したかった」
まあ、他人からの冷たい視線を引き換えにだが。
しかしどうなんだスーパーゼノ。これ法的にアウトだろ。俺だからいいものの、これがそれこそジャンクとかの手に渡ったらただのエロゲ(犯罪)だぞ。
「き、君は友人に向かって、あんな恐ろしい嘘を吐きやがったのか…………うう、爆弾こわい」