#talking(金糸文は「じゅげむ」らしい)_2
「なになになに!? すごい事になってんだけど!」
異変に気付いた河合田も慌ててこちらへ駆けて一緒に窓から身を出してグラウンドを見る。俺ら以外のプレイヤーも騒めき立ってグラウンドに注目が集まっている。
これは一体。
「な、な、なんだよお前! そ、そんな……<かぶらぎ>で異能力なんて、どういう理屈だよッ!」
砂嵐に向かって叫ぶ1人のヤンキーの風貌した男が怒鳴っている声が聞こえた。近くには女プレイヤーが居て、男に無理矢理腕を掴まれていて、どうやら、一悶着あったみたいだ。
その結果、この砂嵐を起こされたらしい。
しかし妙だ。
<かぶらぎ>基い、#リアルでは他のサーバーのような魔法や異能は使えない仕様。それを使える奴がいるってのはおかしい。
何が起きたんだ。
驚きと困惑の中、砂嵐の中から人影が現れる。
この距離からだと見えにくいため、拡大鏡機能でズームしてそいつを確認してみる。着崩した制服、亜麻色の長い髪、そして無愛想に男を見据える茜の瞳。
見覚えのある容姿。
そうだ、あれは。
「金糸、なのか」
金糸文だった。
俺と同じクラスで入学初日から遅れてきた、未だに正体不明の女生徒。
「く、来るなァ! オレはそんな悪りぃ事したかよ! なぁ、ルール違反だぜそんなの!」
「……ルール違反はオマエだ。新入の女プレイヤーにしつこく絡んで、挙句ハラスメント行為に及んだ……忠告したよな? あたしはオマエに"制裁"を与えられるって」
冷淡で、そして少なからず怒気を孕ませた金糸の声。明らかに平和ボケした≪あおはる学園≫の空気と違えていた。
何もかも。
「このクソ女がぁぁあ! よりによってこんな反則野郎に助けを求めるなんて! こ、こうなったら人質に――」
ヤンキー男がハラスメント行為をしたであろう腕を掴んでいた女に刃物オブジェクトを突き付けようとした。その途端、金糸の手から風の球のようなモノが男目掛けて発射され、男だけが後方に勢いよくぶっ飛ばされる。
今の威力、精度、まるで異次元。
「仮想世界に"痛み"はない。あるのは、僅かな熱信号と"攻撃を受けた"という思い込み。つまり、制裁にはもってこいって事だ。さぁ、ぶっ飛んでもらうぞ」
「ぐっ、やめ――」
顔を起こした男が金糸に懇願の意を求めようとした刹那、渦巻く砂嵐は肥大し、空気を圧縮するが如く歪みを帯びてグラウンド全体を震えさす。木々は吸い寄せられるように葉を巻き込まれ、砂は流され舞い上がる。
やがて砂嵐は巨大な球になり、金糸の手の動き合わせて狙いを定める。
あの巨大球で、やる気だ。
「このサーバーから出て行け糞虫――歌題術Ⅲの蠢
「"奇想 じゅげむ"」
瞬間、巨大な風の球が目にも止まらぬ速さで男に向かい、悲鳴と轟音とともに宙に舞い上がり、男の体を飛ばした。
「ぐああぁぁぁあああ!!」
その光景を見ていた多くの者がただ唖然としていた。意味が分からない、信じられない。そんな感情でただ眺めるしか無かった。
それほどに――それくらい凄かった。身に覚える熱を、震えを、その風を、ただ味あうしかなかった。そして段々と湧き上がる昂り。凄い。凄いモノを見てしまった、という滾り。
「うおおおぉぉぉ!」
「すげええ」
「なんだ今の!」
歓声が広がっていた。俺も何が起きたかさっぱりだったが、その熱気は充分理解できた。
学園異能モノを生で見た。そりゃこうなる。
「金糸、あいつ…………」
周囲の惚けた視線と好奇の視線に背を向けた金糸へ未だ驚きの感情を覚えていると、隣に居た河合田が言った。
「本当に、この学園に居たんだ――じゅげむさん」
「じゅげむ、さん?」
河合田の言葉に首を傾げると、彼女は「あ、あぁ」とこちらに向き直り答えてくれた。
「バトロワのマップあるでしょ。あの人、スポーツ系のバトロワで強いチームに居たんだよ。聞いた事ないかな、"歌台局"ってスクワッド」
「かだいきょく……まさか、"風舞"がリーダーの」
「そう、それだよ」
スーパーゼノにはサーバーごとにジャンル分けされた大陸が存在する。これは<>で表記され、サーバー#リアルでは先述の通り、<かぶらぎ>が学園モノや日常モノ担当で、もう一つの大陸<まよなか>はリアル系の戦争もの担当になる。
今話に出た歌台局ってギルドは、俺のホームでもあるサーバー#デッド&パンクの<関pUNK州>、そこのバトロワマップ≪横浜トレインハートネット≫にて、名を上げている集団だ。"風舞"はそこのリーダーで、<関パン>民なら一度は聞いた事のある有名人。
で、その戦闘の手練れ集団出身が、あの金糸と。
基本、マップを違えるだけでも殆ど情報が入って来ないため、同じ大陸内とは言え知らんかったな。
たたでさえ、<関pUNK州>は各マップが隔離された作りをしてるし。
「#リアル以外のサーバーは基本的にアバターで、容姿も登録名も違うから分かんないかもだけど……じゅげむさんは歌台局の中でも結構実力者で、ファンも多いんだよね。そういうのもあって、彼女のリアル情報とかもちょこちょこ割れてるんだよ。見てこのゴシップ誌」
言われて、渡されたゴシップ誌を開く。こういう各サーバーのニュースを扱ったアーカイブも図書室にあるので情報収集はネットで調べるより便利だ。
「なるほど。"強者スクワッド 歌台局の全容に迫る"、"メンバーの本名、年齢、結婚の有無までゴシップ隊が探ります!"。低俗な週刊誌みたいだが、意外に真面目に書いてある」
「言うて、そういうのって同人だから、殆ど掲示板のまとめに近いけどねー。でも、"金糸文"って名前あるでしょ。そんであの異能を見せつけられたら、まあ、確定しちゃうようね」
言われてみりゃ、確かに入学初日に金糸の名前を聞いてざわついてた奴らが居た。日陰者の俺は専門じゃないが、やはり金糸文はその手のユーザーたちにとっては有名なんだろう。
しかし、なんでわざわざこの学園に入ったのか。それこそ、現実の情報を優先する#リアルだと面倒事になるが。
「詳しくはアタシも分かんないけど、うちのフレンド曰く、ギルド内でいざこざがあった、的な?」
「いざこざか」
「その辺情報ないんだよねー。歌台局って女の子スクワッドだし、やっぱねぇ、あるんじゃない? ほら、男の取り合いとかさ」
それは無いと思いたいが、バトロワ系のギルドにも所属していた河合田が言うなら合ってる情報も多いだろう。
そうなると、原因は身内との仲違いで、ある種逃げでここに来た、と。なんで異能が使えるかはよく知らんけど、まあ俺にはあんまり関係ないようにも思えないし、少し気を付けて接して――
「ん? なんだこのアラート」
窓から離れようとした時、ふと俺のパーソナルメニューへ通知があり、ホロディスプレイを起動して確認してみる。
青色のメニュー画面の中、なんだか黒いアイコンが光っていた。
タップしてみると、そのアイコンからこんなメッセージが出てくる。『彼女は爆弾を抱えています!』…………。
爆弾……だと?
って、まさかこれ俺のロールの
「?」
このタイミングで俺のメインヒロインが来たのか、なんぞ呑気に思った矢先、メッセージとともに表示されていたその名前に絶句した。
『対象ユーザー:1-C 』
『金糸文』
……マジなのか。スーパーゼノ。