#talking(金糸文は「じゅげむ」らしい)_1
≪柏ニュー・ロマンス街≫
<関pUNK州>の一つであるここは、ネオンが太陽の代わり。
毒牙と色香が飛び交う"外れモノ"の溜まり場。
乱立された歪なビル群、店舗を持たない腐った酒飲み場、裏通りで股を広げる女の店。
悲鳴と罵声がBGMのように流れ、暴力と嘘が横行するが、誰も取り締まり者はいない。
何故ここに来たのか。何故ここにいるのか。
俺自身流れ着いた先がここだから――いや、金が稼げる。雀の涙の程だけども、俺は勝手に自分の居場所と思い込んでいるから、きっとここにいるんだ。
それが普通で、世の言う"普通"の生活はとうに捨てていた。
だから退廃的で享楽的なこの街のように、俺も1人勝手に死んでゆく。
そのつもりで、その予定だった。
なのに……
≪あおはる学園≫に入学という名の潜入を開始してから早2週間が経っていた。
金のためとは言え何をやってるんだか、なんてに頭が痒くなる。それで稼げてればいいのだが、未だ売り物の気配はゼロで、生活も段々と淡々としたものなり始めており、フラストレーションが高くなっている。
≪柏ニュー・ロマンス街≫のようにバンバン女を釣るのはまず無理だ。各人が委員会やら部活なら何らかのコミュニティに所属しているのが殆ど。単一の接触が出来ないために、いつもなら釣り用のコミュニティを裏で回しておいて、ターゲットをこちら側に引き込み小屋へと誘うのだが、俺みたいなやつの方が圧倒的少数ゆえ、そういうテクいのが出来ない。
そもそも、他のサーバーみたいに、やれ敵を倒すだの、やれアイテムを集めるだの、そういったイベントは発生しない平穏無事な世界だ。
仲間とただくっちゃべってるだけ。それが延々続く。
腐った街が出自の俺なんかじゃ、居心地も悪くて仕方ない。
文句もほどほど、とりあえずは、日々定常で行われる「授業」名目のイベントに参加して、自分の学力や体力パラメータを上げてはいるが……このままだと完全にただのエンジョイ勢だ。ロールである爆弾処理の方とやらも発生条件が不明確で、全く活用出来てない。何かアクションを起こさねば、金のために。
「この際、事件の一つでも起こすか……」
完全に犯罪者の台詞を吐きつつ、頭を抱える。俺が故意に起こさないでも、そういう突発イベントがあれば兎となる人材を見つけるキッカケが掴めるかもしれないのだが。
「あらブッソーな事言ってるねぇ、ゆっきー君。もしか血気盛んな世界から転生して来たんかね? ギャングわーるどとか」
俺のボヤキに、派手な装飾をした女子がガォーとやりながら振り向いた。ギャルってより兎小屋よろしく、水商売のような格好。
「いや、俺は普通のスーパーゼノユーザーだ。残念ながら、PKマンのあんたとは違う」
「おやPKマンって。アタシは別にPKした事ないから。たまたまそーいうギルドに居たってだけ」
俺も女へ向き直る。
「聞いた話じゃ、そこのギルマスと結婚したって事だが。それはもう、実質のあんたの過去として認知されててもおかしくない」
「やだ、ゆっきー君って偏った物の見方するのね。ちゃんとその人はその人として見なきゃ。そうしないとオールユーニードイズラブの世界なんて訪れんぞ」
「ビートルズか? 確かに俺の友人にポールとリンゴがいたがニックネームだぞ。欧米人じゃない」
この河合田と言う女ユーザーは、情報収集のために入った図書委員にて交流が出来た人間の1人であった。図書委員は、≪あおはる学園≫内の図書室の諸業務的なのを行うのがメインの仕事だ。図書室にはここ<かぶらぎ>以外に、他サーバーの設定資料や、有志によるスーパーゼノの世界観を使った同人誌、また、かつてスーパーゼノ内での伝説となった人物なんかの書物が閲覧可能となっており、情報収集には持ってこいの場所。
しかし、なんでこんな地味ったらしい図書委員にビッチっぽい風貌の人が居るのかよくわからん。俺にとっては1番接し慣れたタイプというもあって、自然と物を言い合う間柄にはなれたが。
「それにしても、あんたはなんで図書委員に入ったんだ? ……売春とかで捕まったとかだったら謝る」
「おいいい! 人を犯罪者にするのはやめなさいな! 別に更生しに来た訳じゃないわい!」
河合田が図書委員失格な音量で突っ込んで来た。減点対象の行為のため、モラルメーターが下がったに違いない。
「ぐぬっ、つい脊椎反射で」
「ほう、脊椎あったんだな」
「くっっっ……耐える耐える耐える」
本題に戻る。
「単純にラクして知力パラメータ稼げそうだっただけ。仕事と称して適当に雑誌読んでればリワード貰えるし、あと文学少女の装備って結構男ウケ良さそうだしね……まあ? ちょっと<かぶらぎ>の歴史とかに興味あったりして、って、やめて返却本で一人ジェンガしないで。今崩れたら余計辛い事になる――あぁああぁ! せっかく整理したのにぃいい」
割と雑念のアソートパックなのが分かったので、本ジェンガを崩しながら俺は現状を考える。
青春をやり直すという設定で作られた学園モノの世界。それはそれで良いが、人材が平和ボケしてる連中ばかりで、下世話な話が通じそうにない。もっとこう、ジャンルに囚われない派手な感じのイベントがあれば分母も増えてやり易いのだが……その辺悩みどころ。
例えば、突然異能者が学園に現れて激しいバトルが始まったりとか、それこそスーパーゼノの別サーバーでやってるような大異変の解決とか、そういうのがあれば少しは変わるかもしれない。
「……学園モノなのに、ヒロイン的な女となかなかエンカウントしないのは悩ましい。今んとこあんたと好感度教えてくれる同級生しか俺の周りには異性がいない」
「あら。なにゆっきー君、運命の出会いが無いのがあれでアタシに嫌味な事言ったの? おやおや、素直じゃないねぇ若者よ。ツンデレは相手に優しくしないとツンデレにならないから」
崩れた本を直し終わった河合田に肩パンされた。
仮想だが感触は確かに感じる。
「ふむ。あんたをメインヒロインしたら即日R18行きだな」
「いやどういう事だい! 全年齢対象でお願いしたいんだけど!」
「安心しろ。あんたなら数日もやれば稼げるようになるぞ」
「あれー!? 完全にヤバイ人のそれなんだけど! ゆっきー君マジもんなの? ねねマジの人なの? お姉さんちょっと困るよ!」
やんややんや、とやり合いをしつつ俺は窓から外を眺める。
春の心地よい陽気の下、用意された青春の謳歌をする若人たちのを眼下に、今までと正反対の色彩に黄昏れの感情が湧く。
俺の過去を振り返っても、こんなに綺麗な桜並木は見下ろせなかった。家庭の事情で通信制の学校で義務教育を受けつつ、家の窓から他の奴らの"普通の青春"を見ていた。
青春を楽しんでいる奴らの中に入り込めた筈なのに、そこに自分が居ない事を、なんとなく悲しく思う。
彼らもきっと現実と同じ事を仮想でもしていて、俺も現実と同じ事を仮想でもしている。
現実だろうが仮想だろうが、人間はきっと、変われないのだ。
などと青臭い事をモノローグが香ばしくなってきたところ、窓から顔を出してたせいで羽虫がこちらに向かって来た。なんだようざったい、と舌打ちをして手で避けようとした時。
グラウンドで大きな砂嵐が上がった。