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#FLYERS(金糸文って言うらしい)

 入学式とは名ばかりのGM的なオッサンの挨拶が終わり、自分らの所属クラスに散ってゆく生徒諸君。

 改めて見ると、割と俺と歳が近いユーザーが比率的に多いのが分かる。高くても30代前半ってところがラインじゃないだろうか。

 意外に青春をやり直したい若年層の方が多数のようだ。ジャンクのような中年のおっさんが≪あおはる学園≫入学するのは厳しい現実。

 確実に浮く。

「一般ユーザーのロールは自己紹介の時に決定するんだってさ。粋な感じ出てて良さげだと思わないかい。ぼくのはもう分かっちゃってるから、粋も何もないけど」

 小学生以来となる教室に入ると、前を歩いていたロニが入り口付近の自席に腰掛け言って来る。明るい場所に長居するのはご無沙汰だったので、そろそろ頭痛がしてきそうだ。

「お前のロールの説明見るに、皆の前で言ったら変な空気になる奴もいそうだな」

 ふと考える。どうしようか、≪エロい仕事を斡旋する同級生≫とかだったら。俺の特性上あり得ん事もない。

「≪攻略対象外の同級生≫より酷いのは無いと信じてるよ。はてさて、君は何の≪同級生≫になるかドキドキだな。面白いのを期待してるぞ」

「面白いのか。≪学園一のモテ男≫だと色々と都合が良いな」

「都合が良いって……なんか言い方が通報案件」

 ドン引きの視線を食いつつ、俺も窓際の自席へと戻って教員を待つ。懐かしいかな木目の机に頬杖をつき、改めて周りを見やる。意外に他サーバーのオシャレアイテムを付けてるユーザーが居て、制服姿よりアメコミのキャラみたいなガチャガチャとしてる雰囲気が全体としてある。

 男女比は同等に配分。学生と言うより、大学生や新社会人のノリがクラスとしては漂ってる。

「よーし皆、席に付け。ホームルームを始めるぞ」

 という、なんとも手垢のつきまくった台詞とともに体育会系のおっさん教員が教室に入ってきた。

 周りが妙にテンション上がっているのは気のせいか? これぞ学園モノのベタシーン、的な。

 台本が予め分かるとロールプレイってのはやる気が出るらしい。

「という事で、まずは皆んなの自己紹介をしてもらう。言ってもらう事は黒板に書いてある通りだ。分からない項目は生徒手帳を見てくれ。それでは出席番号1番の蟻琴から」

 などと担任NPCの掛け声により始まった自己紹介を、俺はよく聞きつつ、確保出来そうな女を探す。クラスメイトという立場なら接触し易いし、プライベートな話も耳に入ってくる。

 こういう場でのスカウトは基本的に相手の懐に入るところから始まる。信頼を多少稼げれば、あとは外堀を埋めて手軽さをアピール。さすれば必ず落ちて来る。そのためにも、この自己紹介のターンは聞き逃し厳禁。兎としての価値と評価をこっそりとメモして行く。

(…………この女は……ツラが厳しいな。こっちの女はイケなくないが、所属のコミュニティがデカすぎる……)

 などと黙々と個人のデータ収集をしつつ、この学園のメインであるロールについても整理して行く。大方王道のモノばかりでロニより面白みがないのは残念だが、これに合わせてユーザーが行動していくって事は思わぬ"釣り"があるかもしれない。

≪一生懸命な体育委員≫とか、≪物知りな文学少女≫とかは微妙だが、≪好奇心旺盛な保健係≫や≪こっそりモテる優等生≫なんかは入り込み易そうな空気がある。手始めにここらを攻めて行くのもありかもしれない。

「次、金糸文(かねいとあや)。金糸ー。いないか」

 頭の中で算盤を弾いている最中、入学初日だと言うのに欠席してるのが居てか、周りの反応が薄らと騒がしくなる。

 いや、ぱっと見有名人って感じなんだろうか? 聞き覚えのない名前なので俺は知らんが。

 止まった自己紹介が再開し、着実に俺まで回ってきて、データ集めを一旦終了。少しばかりの緊張が走る。何年振りだろうかこの感覚。人前に立って何か話すのは落ち着かない。

「次、雪日向」

「……ああ」

 さっきのロニとのやり合いの俺は何処へやら、陰気気味になりつつ声を絞り出し、自分の名前やらを言う。ずっと特定サーバーに引きこもってると弊害あるな、なんて実感しつつ、最後に自分のロールを生徒手帳から確認する。

「ロールは……」

 と、ここで思考が停止した。てっきり≪実は人畜有害なエージェント≫とか、≪背徳のエースストライカー≫とかを予想していたのだが(なんだこの予想)――全然違った。


「ロールは、≪学園の爆弾処理班≫」


 場が、固まった。

 嘘じゃない。ロールの欄にマジでそう書いてあるんだ。

 俺だってよく分からん。

「爆、弾……?」

「どういうこと……?」

「あれか、警察的な……」

「いやそんなサーバーあったか?」

「分かった! あれだ、メモリアル的な方の爆弾!」

「はっ、つまりそれって」


「「「ギャルゲーの主人公やんけ」」」


 …………お、おう。

 何故かこういう時に限ってクラス団結して来て俺を辱めるのか不明だが、つまりスーパーゼノが判定した俺へのロールはそういう事らしい。

 あれか、俺が「しばらく働かなくても飯が食える程の人材はいないもんか」って日頃念仏のように脳内で唱えてたから判定装置がキレたのか。どういうこっちゃ。

 ついでにフレンド登録したロニからメッセが飛んで来た。

『前髪で目隠さなきゃなw』中指。

 反応に困ってしばらくぼーっとしてから席に着く。クラス内に俺の名は知れたかもしれないが、なんか羞恥心。

 突っ伏す。

 爆弾処理て。

 一見女釣る名目としてはアリかもしれないが……それじゃスーパーゼノにとって俺が爆弾になりかないという懸念点。どうなるんだこれ。

 ロールってのは、そもそもRPGで言うところのジョブ的なものの筈。このキテレツなのが、学園内でどう適用されるのか全然分からん。

 データ収集を中断したまま合理的なロールの使い方について考えつつ、全員自己紹介という名のロール決定が終わった。担任NPCが諸連絡を口頭で伝えて初回のホームルームを終えようとする。

 この後はデータ整理して、ロール含みの挙動の確認やムーブについて考えていた、その時であった。

「…………」

 無愛想な顔で着崩した制服の女生徒が何も言わずに教室に入ってきて、空いてた席へと向かっていった。

 そうだ。欠席じゃないのかって話だった生徒――金糸文だ。

「お、入学初日から遅刻とはなかなかやるな」

 担任NPCの軽口にも動じず、金糸は長い亜麻色の髪を鬱陶しそうにしながら荷物を机に置く。自己紹介と書かれた黒板を見て自分以外は終わってるのを察したのか、ぶっきらぼうな口調で

「金糸文」

 とだけ言って、席に座る。出身とかロールとか一切無く、それだけを述べてつまらなそうに。

 なんだあの女。いくら遅れたのが気まずいからって態度が良くない。和気藹々としていた空気も水を差されたような――ん?

 なんだ、周りの一部のやつら。金糸の事をコソコソ言ってる。いや、陰口とかそんな陰気なのでなく、少し好奇を含んだ感じで。

「…………これは」

 そして感じる。今までの陽気に満ちた春の匂いとは違う、どこか湿り気のある、虫の知らせのような微かなざわめきを。

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