#ワンダーソング(蟻琴ロニとは久方ぶりらしい)
「……見た感じ、若いやつらの方が多いな……釣れるかは分かんないが」
昇降口に貼られた「クラス発表」と書かれた紙に群がる人の波。男女比は半々くらいで、結構リアル学生のやつとか居る雰囲気だった。
新コンテンツ初日ならではの喧々轟々を見ながら人材を観察し一息。一応俺の配属先クラスも見ておこうと思ったが、人の影にすぐ隠れる。
通信制であまり登校経験が無いとは言え、意外に学園に入ってみれば驚く物も感動する物も程々のレベル。流石にそんな一々目を輝かせるほどガキじゃない。
しかし、鬱陶しいなこいつら。もっとマナーを守ってくれ。
「やあやあ、久しぶりだね渓國くん」
と、人混みに舌打ちをしてたところ、ふと俺の横から女子の声が聞こえ、振り返る。
が、何も居なかった。
ふむ。
「幻聴か」
「ちょ、ちょっと、いるから! もっと視線落として! ほら、ここ!」
腕を引っ張られ、ようやく俺を呼んでいた正体を認識する。髪を行儀良く二つ結びにし、ぴょこっと跳ねるまるで小学生のような体躯。背負ったスクールバッグがランドセルみたいなそいつが、大きな目でこちらを見上げる。
蟻琴ロニ。俺の知り合いだった。
「ロニ……なんだ、ここにアクセスしてたのか」
「なにその反応。ぼくがこの学園に入学しちゃおかしいのか? こんな見てくれでも君と同い年だぞ。アクセスする権限はある」
ロニは俺と幼馴染み……と言っていいか分からないが、実家が近い関係で子供の頃に遊んだ仲だ。一緒に居た回数は多くないが、波長が合うのか、会えば言葉を交わす間柄だった。まあ旧友って感じだろうか。高校くらいからは俺が引越してしまったので疎遠になったが、実家に帰った道中に偶然顔を合わせた時なんかはそのまま話し込んだりした記憶がある。
それでもなかなかに久方ぶりの再会になったが、まさかここで会うとは。
「いや、ロニはこういうのあんまりやらなさそうなイメージだったからな。何というか、青春にカロリー使いたくないって風味の女というか……」
「どんな風味さ、それ。まー、確かに出会いのためにアクセスしてないけどね。その実、バイトでアクセスしてる身分だし」
「バイト、だと?」
俺が首を傾げると、ロニはホロディスプレイを起動して自分の生徒手帳を見せてきた。
画面を目で追ってみる。
生徒名:蟻琴ロニ
アカウントの種類:非GMアカウント
ロール:≪女の子の好感度を教えてくれる攻略対象外の同級生≫
「……ロールが先に決まってるのは良いとして、えらく悲しい一文だな」
一通りユーザー概要を見て納得する。なるほど。非GMアカウントって事は、ゲームマスターの程の権限はないが、ある程度ゲーム側に関与できる運営側のアカウント、って感じのようだ。要はNPCと立場は同じユーザー。そりゃ攻略対象外だろうな。
しかし、ロニはなんのバイトしてんだ。スーパーゼノの運営がバイトなんて募集してた記憶なかったが。
「20歳の女が女子高生のコスプレをしてバイト……」
口に出してみると、怪しいそれだった。確かにこいつの見た目なら合法的に行けそうだが……ワンチャン兎小屋あるか?
「よし、"蟻琴ロリ"って源氏名でどうだ?」
「なな何を言ってるんだキミは!? 身に覚えのない勝手な設定を付加するのはやめてくれよ全くもう! というか、まるでぼくがいやらしいバイトをしてるみたいな前提はなんだ……もっとこう健全な――いやJKコスするバイトが不健全とは言い切れないが――ちゃんとした理由があっての事なんだよ!」
「切ないな」
「まだ何も言ってないぞ!?」
ロニが足りない身長差から俺をグイッと見上げてきた。顔も身体も昔から変わらないという貴重な能力を遺憾なく発揮してくれるお陰で、ちょっとだけ小学校の頃に戻れたみたいだ。
「はぁ。大学の課題なんだよ、これ。ぼくの研究室の教授が、スーパーゼノ運営のリンクイン社にパイプがあってさ。新サービスのアルバイトをすると実際のフルダイブのデータやら、独自プロトコルの中身について教えてくれるんだって。それで、ぼくが人柱になったの。けどさぁ、なんなのさ好感度教えるお助けキャラって……」
ロニは都内の大学に通っているのは何となく知っていたが、そこまで研究漬けの日々を送っているところまでは初情報。スーパーゼノにアクセスしたのも研究の一貫で、これから仕組みとかの勉強をさせられてるのだとか。俺には遠い次元の話だが、こいつもこいつで大学生として頑張ってるのが分かった。
「んで、渓國くんの方は出会い目的か? はん、チャラチャラしちゃって」
「いや。俺の場合は――」
兎目的だ。
と、いきなり旧友に言うのはアレな気がするのでそこまでで辞めといた。こいつにはR18でマップで生計を立てている事は言う必要ないだろう。
その時が来るまで(来るのか?)。
「……中高通信制だったからな。たまにはこういうのもいいかと」
「ああ……そういう事かい。残念ながらぼくとはラブコメ出来ないけど、バイトとは言え、君が楽しい学園生活を送れるようにサポートするぜ。よろしくなっ」
子供みたいに笑ってロニが俺の背中を叩いた。しばらく会わなくなっても、こうやって昔みたいに接してくれるのはロニの良いところだろう。持つべきものはなんとやら、縁は大事にしなきゃな。
「それにしても、”攻略対象じゃない”ってなんか悲しいな……仕方ないから、"幼少期は男友達だと思ってた幼馴染みが、再開してみたら美少女だった件"みたいな感じで、もう一回再会シーンからやり直そう」
「君は真顔で何を言ってるんだい!? ぼくは昔から女と思われてた認識だぞ!? 男だと思ってたの!?」
喚きながら適当なノリでやり合ってると、いつの間にか人だかりが疎になり始め、クラス発表の紙は見えるようになっていた。
ロニと一緒に近づいて自分の名前を探して、名前を見つける。
「俺もロニも1-Cか」
「ありゃ偶然。ま、ぼくは知ってたけど」
「そうなのか?」
「じゃなきゃ君にわざわざ声掛けに行かないよー。ほら、さっさと行こうぜ。入学式は後5分後に開始だ」
からっと笑って、小さな背中が俺を追い越す。まるで小学校の頃みたいに――互いが男女の隔たりに気を使わなくて良かった時のように、懐かしい気持ちになりながら、俺はチャイムの音色に手を引かれながら進んだ。